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13.

 ある日の夜。事前にも事後にも犯行声明が出されないまま、ここ、いざなみ市において、人殺しが五件、立て続けに発生した。いずれのケースも九ミリでヘッドショット。線条痕から見て、同一犯の仕業だというのは明白だ。とはいえ、ただの事件とはなにかがが異なる。異質な匂いがすると言っていい。直感的に、犯人には使命感、あるいは義務感があるのではないかと思わされた。ヒトを殺さなければならない理由。いったい、どういうことなのだろうか。


 後藤さんの居室。あるじは一人掛けのソファについた。俺っちと伊織さんとが向かいの二人掛けに座る。本庄君は突っ立ったままだ。年功序列という観点から見ると、自然とそういう配置になる。


「いよいよ五件スか。俺達はいつだって後手に回るより他にないスね」

「とはいえね、朔夜君」

「わかってるッスよ、後藤さん。言いたいことは、全部わかってるッス」

「そうだ。どこかでストップをかけなくちゃいけない」

「『OF』が手を下したとなると、捕まえられればなにか訊き出せるかもしれないってことですよね?」

「そうだよ、ハジメ君。でも、それは理想だ。巣を訊き出して根こそぎ駆除できればそれに越したことはないけど、現実はそうもいかないだろう」

「わかります」

「ハジメ、アンタ、ホントにわかってる? っていうか、肝に銘じてる?」

「姐御、というと?」

「いざという場面に出くわした時に臆病風に吹かれるのはゆるされないってこと。もし尻込みするようなら、容赦なく教育するよ。具体的には体罰しちゃうから」

「お、おおぅ、姐御は相変わらず厳しいことを言ってくれるぜ。俺っち、泣いちまいそうなんだぜ」

「泣けば?」

「お、おぅ、この上なく容赦がないんだぜ」

「私に認められたいなら、フィジカルとメンタルをとことん鍛えな。朔夜みたいにマッチョになりな」

「誤解すんなよ、伊織。俺は別に筋トレが好きなわけじゃねーよ。そんなマゾい発想は持ってねー」

「とかなんとか言いながら、ジム通いをやめられないじゃない」

「タフでなけりゃ男じゃねーだろうが」

「そういう考え方が、私は好き」

「うるせー」

「見事なおと漫才だね」

「後藤さん、俺はいつから女房持ちになったんスか」


 その時、マホガニー製の机に置かれているデスクトップPCが、ピロリロリンとなにかの着信を告げた。後藤さんは「はいはい」と言いつつ立ち上がり、腰を折り曲げ、ディスプレイを覗き込む。そして、マウスを操作すると、「おや、まあ。なんというか、万が一にも自前の人員は失いたくないということなのかなあ」と発した。


 伊織さんは「『情報部』からだね?」と投げ掛け、後藤さんは「そういうことだ」と肯定した。


「ここからは二十キロ以上二十五キロ未満ってところだね。まちなかの裏路地でヒトを射殺した男を、警ら中の警官が偶然見つけたらしい。一般人の立ち入りは制限しているようだ。素早い仕事だ。素晴らしい」

「凶器は?」

「ただの拳銃ってことで間違いないそうだ」

「ふぅん。そうなんスか」

「朔夜君、まあ、ウチで片づけるべきだよね」

「でしょうね。やぶさかじゃあないスよ」

「まあ、実績をあげたい僕達と、署員に被害を出したくないっていう警察。二つの組織の考えが合致しているという事実もある。先述した通り、包囲網が敷かれている。犯人を怒らせないようにしつつ、まあ、頑張ってよ」




 まず接敵したのは俺っちだった。ほとんど街灯も届かない路地裏だ。その真ん中あたりで、犯人とおぼしき人物がマガジンを交換している様子が確かに見えた。中肉中背の男である。坊主頭。カーキ色の作業服、つなぎをを着ている。やがてこちらに気づいたようで、九ミリを向けてきた。


「む、無駄な抵抗はするなよ」


 しょっぱなからどもってしまった。そのせいで男に大声で笑われてしまった。


「なんだよなんだよ。もっとスゴい奴が出てくるもんだと思ってたのによ。とんだ弱虫だな。おまえ、ドンパチの経験、少ないだろ?」


 ビビッてしまっているのは確かだ。至近距離で一対一。そんなシチュエーションはほとんど経験がないのだから、ビビッてもおかしくない。正直、真っ向からの撃ち合いになってしまうと、勝つ自信なんてないのだ。


「死ねよ、テメー。俺が殺してやる」


 そこまで軽んじられているのに、やっぱり撃てそうもない。情けない話だ。本当に俺っちはここで死んでしまうのだろうか。


 そんなことにはならなかった。後方から一発の銃声。男は右の太ももあたりを貫かれ、ひざから崩れ落ちた。「ぎゃあっ!」という醜い叫び声とともに拳銃を放り出した。


 振り返る。銃を懐におさめて、近づいてくる本庄君の姿があった。


「本庄君……」

「申し訳ないッスね。さっきから会話、聞かせてもらってたッス。でもッスね、この稼業を続けていくつもりなら、ビビった時点で負けッスよ」

「それはもう、痛いくらいにわかっているんぜ、ベイベ……」


 太ももを押さえて地面に転がり、痛がっている男に本庄君が近づく。俺っちもあとに続いた。


「誰なんだよ、何者だ? 俺は本庄朔夜だ。ほら、言ったぜ? テメーも身分を明かしてみろ」

「フジイ・マサヒロだ」

「場合によっちゃあ、見逃してやる」

「ホ、ホントか?」

「ああ」


 本庄君は敵とおぼしきやからの胸倉を右手で掴み、力ずくで引きずった。その体を叩きつけるようにして壁にぶつけた。男は壁面に背を預ける格好になる。その姿勢のまま、「へ、へへっ」と軽薄そうに笑ってみせた。


「もういっぺん訊くぜ。確認させろ。テメーはどこのどいつなんだ? でもって、なんで殺しなんかに手を染めた?」

「捕まることなく十人殺したら、『OF』の幹部にしてもえるって話だったんだよ」

「誰と話をつけたんだ?」

「それこそ、幹部を名乗る男さ」

「どうやって接触した?」

「そういうWebページがあったんだよ」

「具体的に話せ」

「へ、うへへっ。アンタは強面ってだけじゃないって思う。有能なんだろ? でも、なんにも知らないんだな。なーんにも」

「だからこうして訊いてんだろうが」

「サイトがあったんだ」

「サイト?」

「俺達は”グレー・サイト”って呼んでた。フツウの検索エンジンだと引っ掛からないところだ。サイトに登録したらメールでリプライが来る。そして、指示っていうか、提案が記されていたんだ」

「おまえはそれにのったってわけか」

「ああ。ある意味、『OF』は俺達のヒーローだからな」

「ヒーローねぇ」

「『OF』はつまらない世の中をを浄化してくれる唯一の存在だ」

「サイトがあったって言ったな? つまり過去形だ」

「ア、アンタ、勘が鋭いんだな」

「それくらい、ピンと来て当たり前なんだよ」

「サイトはもう閉鎖されてる。きっと目当ての数が集まったからなんだろうな。その上で俺みたいな手練れを欲しがってるんだ。優れたニンゲンなら欲しがって当然なんだ」

「オーケー。大体のことはわかった。でもな、あんちゃんよ。そんな強固で頑固な組織に、テメーみてーな弱っちいザコが幹部として迎え入れられるわけがねーだろうが」

「ち、違う。そんなことはない。俺は賢いんだ。やり手なんだ。だからアイツは約束してくれたんだ」

「二度も言わせんな。おまえの存在は『OF』からしたらどうだっていいんだよ。言わば単なる鉄砲玉でヤツだ。もっと言うなら、おまえは捨て駒にすらなれなかったってこった。幹部連中に遊ばれたんだよ」

「う、嘘だっ!」

「要するに、テメーは腐ったクソだってことだ。だから今死ね。ここで死ね」

「そ、そんな」

「うっせーよ。このタコ」


 本庄君が男の頭に二発三発と銃弾を浴びせる。死んだのは明白だった。そのうち、伊織さんがやってきた。


「朔夜、アンタね、本当に血の気が多すぎ」

「見くびってんじゃねー。ある程度の情報が得られたから殺したんだよ」

「そうは思えないけど」

「上から目線でモノで言ってんじゃねーよ」

「私は先輩だよ」

「けっ」

「なにを訊き出したの?」

「やっぱ、遊んでやがるみたいだぜ。『OF』さんはよ」

「目的もなく?」

「今んとこは、そうとしか言えねーだろうな」

「タチ悪っ」

「んなこた前からわかってんよ」


 二人が会話を交わしている中、ヒトが死んで転がった姿を見ている俺っちは、なんだか悲しい気持ちになっていた。そんな折に、伊織さんにバシッと背中を叩かれてしまった。


「割り切れ、ハジメ。ちょっと鈍感なくらいのほうがいいんだから」

「わかってるんだぜ。そんなことくらい、ベイベ……」


 男は駆けつけた救急隊員にストレッチャーにで運ばれてゆく。南無南無と合掌しておいた。


「本庄君」

「なんスか?」

「仏さんが『OF』の幹部界隈と接触していたというのは嘘なんだね?」

「そりゃそうでしょう。そう簡単に幹部殿が出てくるとは思えないッスよ」

「ハジメ、アンタが感じたことを詳しく話してみな」


 俺っちは起きた事象、知った事情、そしてそれにまつわる情報を、かくかくしかじか、すべて伊織さんに説明した。


「裏サイトで構成員を募ってたのか。となると、ウチの落ち度だね。誰もそのことに気づかなかったわけだから」

「その通りだと、俺っちも思う。それでも、なんだけどよ」

「なに?」

「いや、ウチの『情報部』だって頑張ってるんだぜ?」

「私だって、彼ら彼女らを責めるつもりはないよ。問題はこれからの話」

「サイトを閉じられたんじゃあ攻めようがないぜ」

「朔夜は? どう思う?」

「情報収集は俺達の役割じゃねー。それこそ『情報部』に期待してる。後藤さんもそう考えるだろうな。だから、今まで通りの仕事と変わりゃしねーよ。なんだかんだ言ってもな、やっぱ荒事が俺達の専門なんだよ」

「って朔夜は言ってるんだけど、ハジメ、アンタはどうしたい?」

「任務を振られたら精一杯やる。それだけさ」

「ビビりのくせによく言ったもんだね」

「志は高いのさ。それに体力と精神力がついてこないというだけであって」

「頑張っていこうか」

「そう、そうだ。頑張っていこうぜ」

「俺、頑張るって言葉、あんまり好きじゃないんス」

「そうなのかい?」

「そうなんス」


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