表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3 year  作者: MIKI
PR
9/9

別れ

そっと、白い布に手をかける。

震える指先は思うように力が入らなかった。

「冬美さん……。無理にとは言いません。」

町井さんの声が耳に入る。

でも、ここまで来て目を背ける訳にはいかなかった。

僕は小さく頷き、白い布をゆっくりと持ち上げた。


『…………。』


父親だった。

昨日の朝まで笑っていた父さんが、そこには眠るように横たわっていた。

「父さん…?」

返事はない。

当たり前だ。

返事が返ってくるはずなんてない。

それなのに僕は何度も声を掛けてしまう。


『父さん…。父さんってば…。』


肩に手を伸ばそうとしたその時だった。


「申し訳ありませんが、ご遺体にはお手を触れないようお願いします。」

町井さんの言葉で我に返る。

夢じゃない。

これは現実なんだ。


僕は震える手を下ろし、隣へ目を向けた。

二枚目の白い布。

嫌な汗が額を伝う。

心臓の音だけが部屋中に響いているようだった。

ゆっくりと布をめくる。


『……母さん。』


僕の紛れもない母親。

僕を産んでくれた母さん。

毎朝、「悠樹、遅刻するわよ。」

そう起こしてくれる母さん。

いつも優しく笑っていた母さん。

その笑顔はもうどこにもなかった。


『なんで……。』


涙が一滴、床へ落ちる。

まだ信じたくなかった。

受け入れたら全部終わってしまう気がした。


最後に残った一番小さな白い布。

見なくても分かっている。

だけど、見なければいけない。

ゆっくりと布を持ち上げる。


『っ想真…………。』


弟だった。

昨日の朝まで、「兄ちゃん、クリスマスプレゼント何?」

そう何度も聞いてきた僕の弟。

習い事から帰ってきたら、一緒にケーキを食べよう。

そう約束したのに。


『…………。』


言葉が出ない。

頭の中が真っ白になる。


父さんも。

母さんも。

想真も。

誰も動かない。

寝ているようだ。


『……違う。』

小さく首を振る。


『違うよ……。』

こんなの家族じゃない。


今日はクリスマスなんだ。

みんなで笑って、ケーキを食べて、プレゼントを開けて。

そのあと父さんが酔っぱらって、母さんに怒られて。

想真が横で笑って。

そんな夜になるはずだった。


『なのに……。』


『なんで、ここにいるんだよ。』


『ねぇ……。』

涙が止まらない。


『起きてよ……。』

声が震える。


『もう帰ろうよ……。』

膝から力が抜ける。

その場へ崩れ落ちた。


『クリスマスなんだよ……。』

床へ落ちた涙が地面を汚す。


『ケーキもあるんだよ……。』

昨日、急いで帰ったせいで少しだけ崩してしまった。

母さんに怒られると思って。

家族に気付かれないように。

箱についた生クリームを拭いたんだ。


『ちゃんと冷蔵庫に入れてあるんだよ……。』


『みんなで食べようよ、ケーキ。』

誰も返事をしない。


『父さん……母さん……想真……。』


『お願いだから……帰ってきてよ……。』


『クリスマス‥、まだ始まってないじゃん‥。』


それ以上、言葉にならなかった。

嗚咽だけが静かな部屋へ響く。

町井さんが僕の肩へ手を置いた気がした。

何かを話している。

でも、何も聞こえない。

視界が滲む。

呼吸が苦しい。

胸が締め付けられる。


もし。

もし、あの時。

ケーキなんて取りに行かなければ。

僕も一緒に車へ乗っていたら。

僕が父さんたちを止められていたら。

違う未来があったのだろうか。

嫌だ。

嫌だ……。

もう一度だけでいい。

もう一度だけ。

みんなに会いたい。


その瞬間だった。

視界が真っ白に染まる。

音が消える。

体がふわりと浮き上がるような感覚。

意識がゆっくりと遠ざかっていく。






「悠樹!」

どこか懐かしい声が聞こえた。

「ちょっと、悠樹ってば!」

優しくて、温かい声。

毎日聞いていたはずの声。

『…………。』

「何ぼーっとしてるの?」

『……え?』

「そんなところで立ち止まって、どうしたの?」

聞き覚えのあるその声に、ゆっくりと視線を向ける。


そこには、エプロン姿の母さんがいつもと変わらない笑顔で立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ