序章9
…あぁ、ここで終わってしまうんだな。
せっかくよく分からない人に助けてもらったのに。生き延びれたと思ったのに。
なんだか悔しい…。あの時、岩が刺さって何とかそれでもあの男を倒そうとして岩を砕いて動けるようにして必死にピンチをチャンスに変えようとして最後の賭けにでたようとした。その瞬間自分の横を誰かが風のように飛んできて、光を放ち、あの男を代わりに倒してくれた…そして自分は…。
『…すまなかった、あそこで私が指示を出していればこんなことにはならなかった…私のミスだ。犯してはならない…ミスだ』
男の人の声が聞こえる。自分の内なる力の主だ。
『もっと君と対話する機会を増やしておけばこんなことにはならなかったな』
「…違うよ。俺の力不足さ。あそこで簡単に巻き返せると思ってた自分が悪いし…実力ってやつだよな。まぁまだあれで戦ったの2回目だけどな…ハハハ…。それにあそこでテュールが話しかけたとしても俺の耳にはきっと聞こえなかったよ」
『…まぁしかし、よかったぞ』
ぼんやりとしていた空間がはっきりとしてくる。黒い霧が晴れるように、白い世界が開かれる。あの草原、あの遠くに見える大きなお城、そして現れるは身長の高い紳士的な男テュール。彼は少年…ソラの頭を撫でて笑みを見せている。…なにがよかったのか、全く分からない。敵に倒されて何が良かったというのか。ソラは唖然としていた。
『…おや、何か疑問かね』
「…いや、あの…よかったって…何が?急に”よかったぞ”なんて言われたらそりゃ誰だって”えっ?”で返したくなるだろ」
『ハハハ、すまんすまん。我の言葉不足だった。やられてしまったとはいえ君はやはり戦士に向いているな。動きが戦士らしい。俊敏で力のある動き…見事だった』
「でも…負けたら意味が……」
ぐっと拳を握りしめるソラ。…本当に悔しかったのだろう、少し体と声が震えている。誰かからよく分からない使命を受け、”選ばれし者”として過ごし、まだ戦闘数は少ないとはいえここでダウンしてしまうとは…なんとも情けない。負けるということは死ぬということ。友達や家族にも会えなくなってしまう…まだ別れの言葉を告げていないのに。ソラの目には涙が溢れていた。
『まぁ、悔しい気持ちはわかるが…君の責任じゃない』
「……。」
『これを次に生かせばいいのだ』
「は?何言ってんだよ…次も何もないじゃないか!」
『まぁまぁ、そう声を荒げるでない少年』
テュールは草原のほうに歩きだした。風が柔らかに吹くその草原に光の粒が現れだした。…あれは何だろうか。と思うと後ろからチチチ…と鳥の鳴き声もしてきた。後ろを振り返ると小鳥たちが5羽くらい草原に向かって飛んでいく。ソラも草原のほうへ歩き出した。テュールは草原で光の粒を集めてなにやらしている。あの光の粒は……妖精?絵本で似たようなものは見たことがあるが…まさか本当に妖精があんな風だったとは。テュールの左肩に1人、腕に2人の妖精が留まっている。その妖精たちが一斉にソラのほうを向いた。そして彼らはテュールから離れ、ソラのほうにやってきた。遊んでくれ、かまってくれ、と言っているようだ。テュールはその光景をみて笑った。そしてこう言うのだ。
『君はまだ死んだわけではない』
…何をふざけたことを。あの瞬間、自分は力尽きた。何でもできると思っていたが、限界に直面して力尽きた。
『…いわばこれは反省会だ』
「…反省会…?」
『我も…まだまだ不完全だな…。もっとソラに関しての知識が必要なようだ』
「…俺についての…知識…」
『次に”災い”と戦う時は、大勝利を収めよう少年』
フラリ、白い世界が揺れて視界がまたぼんやりしていくのを感じた。だんだん小鳥のさえずりも聞こえなくなり、またあの黒い霧がかかり世界が暗くなった。
『………じょ…うぶ……?!』
まだはっきりしない中誰かが話している声が聞こえる。その声はだんだん大きくはっきりしてくる。
『……だいじょうぶ…?!』
…これは自分に話しかけてきているのだろうか。
その時、自然と重く閉ざされていた瞼がゆっくりと開いていく。…光が見える…誰かが目の前にいる…ぼんやりとしていてまだ分からない…。
「無理しないでいいわよ。あなた…相当な怪我で治癒に時間がかかったわ。…でもよかった、助かって」
……誰だ?
少年は目をパチパチさせる。 視界がはっきりした今分かる。
自分が今いる場所は男と闘って倒れた場所。自分の家の近く。そしてまだ太陽が明るいことから時間はまだ昼下がりの午後。ただ分からない。自分の目の前にいる女性が、誰なのか。ただ一つ分かる情報としては自分と同じルーチェ聖学院の生徒だということだ。
「…あの……もしかして、あの時助けてくれたのって…」
「えぇ…私よ」
「…ルーチェ聖学院…の生徒なんですか?」
「2年よ」
…そういえばいつかの夢で言っていた。
『―――まだ大きな事態に至っていないから安心だが…恐らく奴らは君たちを狙うだろう』
「…君たちって……俺一人じゃないのかよ…」
『確かに、周りに被害が及ぶかもしれん。しかし我が伝えたかったのは君の他にも神のお告げを受けた人がいるということだ。』
「…え?」
『我々は”選ばれし者”と呼んでいる。君ひとりでそんな責任重大なことは押し付けないさ』
「…俺以外にも、この力を使える人がいる…ってことですか?」
『そうだ』
…なるほど、そういうことか。彼女もまた予言をきき、使命を預かり、内なる力を呼び覚まして”災い”の息の根をとめ、世界を守るために戦う”選ばれし者”の1人だったのか。これからの戦いを共にする仲間と言うことか。
「…ありがとう、助けてくれて…。そういうや名前を…」
「私はプリローダ。私も”選ばれし者”の1人です」
「俺はソラ!…本当に、助けてくれてありがとう…」
「どういたしまして」
ソラは体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。…また気が付けばあのボロボロだった道路も、家も、電柱も、全て元通りになっていた。
「なんだか不思議ですよね…。まるで夢を見ていた気分」
「”別次元界”ね。私も最初何が何だか…よく分からない気分でした」
あぁ…そういえば何だか聞いたことがあるぞ。確かあの男3人が言っていたような…。ソラはぼんやりと頭でそんなことを考えながら自分の家へ向かおうとした。
「あ…よかったら俺の家にきます?」
「えっ?」
「せっかくですし…大したお礼できないですけど。ここにいるのもなんなんで」
プリローダはあたふたし始めた。男子の家に上がり込む?しかも如何にも彼女がいそうな雰囲気がしている男子の家に上がり込む?プリローダは男子の家なんぞ上がったことがない。親戚の家は別として赤の他人の男子の家に入ったことなど一度もない。それでさえ友達の家に遊びに行くことなんて滅多にない。彼の家に上がり込んだとしよう、そのあとどうする?何を話せばいい?分からない!プリローダはいよいよ混乱し始めた。
「あの…どうしました?」
…プリローダちゃん!
せっかくですしお邪魔させていただきましょうよ。
大丈夫よ、私もついてるって言ってるじゃない。
「あっ、いえ…すいません。ではお言葉に甘えて…」
フレイヤの言葉で混乱が解けて勇気が出たか、プリローダは初めて男子の家にあがることになった。
数分歩いたところにある一軒家。屋根の色は紺色で、外壁の色は白、ドアの色は黒。どこにでもある普通の大きめの一軒家だ。ドアの前に着き、カバンを開けて鍵を探す…が見当たらない。暫くゴソゴソと探してみるもののやはりない。ポケットの中にもない。…ふとドアノブに視線が移った。
(「…そうだった…あの時、鍵開けようとして…」)
ちょうど家に入ろうとして鍵を回そうとした瞬間、あの男が現れたことを思い出した。…少し離れて後ろで待っていたプリローダは何かあったのか疑問に思い「どうかされましたか?」と声をかけた。その声でハッとして咄嗟に「いえ、鍵探してただけですので…大丈夫です」と答え、ドアノブに既に刺さったままの鍵を回しロックを解除してドアを開けた。
「どうぞ、入ってください」
「すいません…お邪魔します」
「あ、ちょっとここで待っててください」
「はい、分かりました…」
プリローダは相変わらずソワソワした様子だ。…玄関先があり、すぐ突き進むと居間につながるドアがあり、左右にも部屋がる。どちらかがお手洗いなのは間違いなさそうだ。
一方ソラは「ただいまー」と言いながらドアをあける。…そういえば成績表!早くお母さんに見せたい!その気持ちがあったもののどうやら母親はいないらしい。どこか買い物にでも出かけたのだろうか?テーブルの上に何やらメモがある。
『ソラへ。ごめんなさいね、お母さん今日仕事が入ってしまったので帰りが夕方過ぎになります。夜遅くなるかもしれないのでその時は電話入れます。なるべく早く仕事終わらせて帰れるようにはします。母より』
…仕事か、まぁ仕方ない。今すぐには見せられないが家に帰ってきたらすぐにこの成績表を見せよう。そう思い、忘れないようにテーブルの上にそれを置いた。ソラは玄関先に戻りプリローダを呼んだ。
「どうぞ、中に入ってください。親が仕事でいないんで」
「え、勝手に…大丈夫なんですか?親御さんがいないのに…」
「大丈夫ですよ。いつも親、いないんで」
何だか腑に落ちないままプリローダは靴を脱ぎ「お邪魔します…」ともう1度小さな声でいい、居間にあがった。とても広く開放的に感じる居間だ。テレビ、テーブル、ソファなどの家具や家電はもちろん、大きな窓にピアノ、フィギュアが並べられた棚、そして家族の思い出の写真など…。
「あの、先に2階にあがってもらっていいですか?今、飲み物用意するんで」
「あ、はい…」
「俺の部屋は多分分かると思います。看板でもないですけど、ドアのところにあるので」
「はい、わかりました」
プリローダはゆっくりと階段を上った。よく分からないが脈が速くなるのを感じる。今日顔を合わせたばかりの、しかも男子の家に上がり込むなんて…緊張のせいか心臓がうるさい。これが女子だったら随分と変わっていたことだろう。階段を上り切るとドアが3つ現れた。その1つに”ソラの部屋”と書かれた札のようなものがドアノブに掛けられている。…先に2階にあがって部屋に入れと遠回しに言われたものの、なんだか入る勇気が出ない。果たして入っても大丈夫なのか?彼自身が言ってるからいいのだろうけど、なんだか悪い気がしてならない…。そう考えていると階段を上る音が聞こえた。
(「……ど、どうせ入ることには変わりないから…入って大丈夫…よね。そうよ、彼が女の子だと思えばいいのよプリローダ…。ここは…そうね、セルバの家だと思うのよ…」)
ガチャリとドアノブをまわし、ドアを開ける。男子の部屋の割に片付いていて綺麗だ。…プリローダのイメージとしては男子の部屋は汚くて片付けられていなくて、服や本、ゲームなどでぐっちゃぐちゃなイメージがあったのだが見事それが崩れた。
「なんか、何もなくてすいません」
続いてソラが入ってきた。部屋にある小さいテーブルに飲み物とお菓子を置くと、カバンを机の上に置き、着ていた制服のブレザーを脱いでハンガーにかけた。「どうぞ座ってください」とソラに言われ、プリローダはテーブルの前に座った。
「本当に今日はありがとうございました」
「いえ、大したことではないわ。それに…同じ”選ばれし者”でしょ?」
…気まずい。実に気まずい。プリローダはもちろんそうだが、誘った本人のソラも若干気まずかった。同じ学校の生徒だからといって初対面の、しかも女子を、家に招いて…気まずいこの上ない。
「あの、名前…プリローダさんでしたっけ?」
「えぇ」
「…周りに何て呼ばれてますか?あ、俺のことはもちろんソラで構わないので」
「ソラ君…でいいのかしら?私はそのままでいいわよ」
「じゃあ…プリローダさんで」
プリローダは薄々気づいた。ソラというこの男子生徒、恐らく自分の苦手なタイプであると。教室でワイワイ騒いで友達がとても多い子だろうと何となく察した。…何てことだ。勝手に決めつけて申し訳ないが苦手センサーたるものが彼女の中で発動した。
「あの…もしかして家近いんですか?」
プリローダはギクリとした。この質問にどう答えればいい?「あなたを追いかけてたんです」何ていったら確実にひかれる。通報レベルだろう。どうしよう?ここは嘘をついたほうが絶対にいいのか?どう答えれば嘘に聞こえなくなる…?迷うプリローダにまた差し伸べるようにフレイヤが声をかけた。
『そうねぇ…こういうのはどうかしら?”あなたの危険を感じ取ってやってきたんです!”って。これならいいんじゃない?ついでに”透視能力”のことも話せるし。…ちょっとは慣れなさいよ?プリローダちゃん』
「…あの、どうしました?そんな正確に考えなくていいんで…」
「…あっ、すいません。なんかどうも物事を…正確に考えようとする癖があって…。近いとは言えないんですけど……その…あなたが危機的状況にあると感じ取ったんです」
「俺が、ピンチだということを感じ取ってここまで来たんですか?!す、すごい能力ですね…」
「”透視能力”っていうんですけど…人の過去を見たりすることができるんです」
…フレイヤの言う通りなんとかうまく誤魔化せたようだ。
プリローダは未だに緊張が解けないものの自分の内なる力について語り始めた。
~To Be Continued…~