悪筆
『スイッチバック』の記事が伝わりづらかった理由は語彙の問題だけではない。
基本的に記事は手書きで書いており、それに大きな問題があったのだ。
つまり……
字がお世辞にも綺麗とは言えないのである。
『これ……字が読みづらくない?』
ボクは気を使いながら部員たちに言った。
手書きで書いていた記事は部員によって筆跡はまちまちで、とにかくみんなそんなに字はきれいではない。一応、工業高校なのでパソコンもあったので、もし悪筆があまり良くならないということであればパソコンで記事を書くという方法もある。
もちろんいくら後輩や仲の良い友人だからと言って『あんたは字が汚いからダメだ』というような失礼な言い方をしたわけではない。
その証拠に部員の大半がボクの意見に頷いてくれた。
『なるべく綺麗に書くようにしますね』
『いや、ボクも人のことは言えないから……』
こんな感じの会話がなされたのを覚えている。
『だったらオレはもう書かん!』
唯一、怒ったのは同級生の森くんだった。
『いや、そういうことじゃなくて……』
ボクはその言葉を飲み込んだ。
彼にボクの言葉がどうとらえられたのかは分からない。しかし、彼が怒ったというのは事実である。何を言っても彼は自分を曲げないだろう。ボクはそう思ったから何も言わなかったのだ。
『別に手書きでなくてもいいと思うんだよね』
いつものように小声で言う保田くん。
珍しく部長らしい発言をしているものの、その発言が耳に伝わったのは近くにいたボクだけだった。
『パソコンもあるしな……』
ボクも小声で言った。もうこれ以上、森くんを怒らせたくないので小声で聞こえないように言った。
『てゆうか……保田くんは原稿、出来上がったの?』
『ん?』
『ん?……じゃなくて……』
『書けたか書けなかったか、物事はそんな小さな視点で見てはいけないのだよ』
『悪かった。それは申し訳ない。で、大きな視点で物事をとらえた上で話をするけど、君が担当する記事は書けたのか?』
『う――ん……字が……』
『どれ、見してみ?』
ちなみに保田くんの字はそんなに汚くはない。
まあ、本人がパソコンを使いたいというのなら止めるつもりはなかったのだが……。
『ちょ……ちょっと待て』
『何?』
『あわてるなって』
『あわててないよ。見せてくれよ』
『いや、いい機会だから君に言わなきゃならんことがある』
『なんだ?』
『すまん』
『え? 何? 急に改まって。そんな頭を下げる仲じゃないだろ。字が汚ければパソコンで打てば問題ないさ』
『違う……』
『だから何が?』
『その……あれだ。不測の出来事があってだな……』
『不測の出来事? 何??』
『ウインクの新曲が良すぎて……』
『なるほど。てゆうかボクも相田翔子、好きだよ』
『そうじゃない!』
『え? 何?? どうでもいいけど早く原稿見せてくれよ』
しびれを切らして保田くんから原稿を奪うボク。
もうこの時点で賢明な読者なら予想はついているだろう。当時のボクも保田くんが言いたいことは分かっていたのでニヤニヤしながら原稿を見た。
そこには……
何も書かれていなかった。
保田くんの場合は字が綺麗とか汚いとか言う以前に、記事を書くのが遅いのだ。
大抵、彼に依頼していた原稿は誰か他の人が間に合わせで書くことになる。
結局……
彼と森くんは卒業するまでスイッチバックの記事を書くことはなかった。
挿絵が関係ないものであること。
記事の内容が分かりづらいこと。
字が汚いこと。
『スイッチバック』がダメだった理由はこの3つの要因だけではない。
雑誌自体も書くことがなく、中身も薄いものになりつつあった。
そんな状態だったから、ボクらは顧問の先生に怒られることも少なくなかった。




