第6話 説明会は“歓迎”の顔をしている
クランの施設は、ギルド支部よりもずっと“会社”だった。
ガラス張りのエントランスに受付。入館証の発行。監視カメラ。エレベーターのカードキー。壁には企業ロゴと、スポンサー企業のプレートがずらりと並ぶ。
ここは冒険者の拠点じゃない。
攻略特化企業――クランの本拠だ。
優奈は入口の前で立ち止まり、深呼吸をした。制服の胸元を押さえ、いつもの敬語スイッチを押し込むみたいに口を開く。
「……結城くん。わたし、ちゃんとできますか!?」
「できる」
「根拠は!?」
「ここまで来た。逃げてない。だからできる」
「……はい!」
優奈の「!」が少し戻る。
その横で、シュウが腕を組んで言った。
「緊張するのはいい。調子に乗るよりマシだ」
「は、はい!でも……すごいところですね……!」
「すごいよ。金があるからな」
シュウはさらっと言って、エントランスを見上げた。
「金があるってことは、敵も寄る。だから守りも固い。――覚えとけ」
優奈が頷きかけて、そこで思い出したように言う。
「……あの!シュウさん!」
「ん?」
「わたし、一つお願いがあるんです!」
いつもより声が強い。逃げない時の優奈だ。
「一人でダンジョンに入って活動するのが不安なので……結城くんと一緒の活動を許可してほしいです!」
シュウは、驚くほどあっさり頷いた。
「もちろん」
「えっ、いいんですか!?」
「そもそも、その条件じゃないと取引として不成立だし」
取引。
優奈の表情が一瞬だけ固まる。
そして、眉が動いた。
――顔に出る。
(取引……?)
優奈の視線が、俺の方へ滑る。
(初心者の私をNo.1クランに入れる取引で、等価交換って……どんな条件で取引したんだろ)
優奈の頭の中で疑問が形になっていくのが分かる。
俺は黙る。
答えたら、余計に怖くなる。
「……まあ、そうかと思う」
俺はそれだけ言った。
優奈が口を開きかけて、閉じる。
聞きたい。でも聞けない。
それを飲み込む時、優奈の敬語は強くなる。
「わかりました!……じゃあ、結城くん、今日もよろしくお願いします!」
「いつも通りでいい」
受付を通され、会議室みたいな広い部屋へ案内される。
椅子が並び、前方にはスクリーン。壁際には撮影機材の展示、配信用の簡易ブースまである。
まるで新人研修だ。
いや、新人研修なのだろう。
優奈の隣に俺が座り、その少し前にシュウが座る。
シュウの後ろには、例の四人――無言の上位メンバーが立っていた。座らない。警戒の姿勢を崩さない。
それだけで、この場が“ただの説明会じゃない”ことが分かる。
会議室の扉が開いて、スーツ姿の女性が入ってきた。
笑顔が綺麗すぎる。視線が柔らかすぎる。声が整いすぎている。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
女性が頭を下げる。
「クラン運営管理部の――担当をしております、相良と申します」
相良、と名乗った瞬間、優奈が小さく息を飲んだ。
“担当”。昨日のメッセージの相手だ。
「空下優奈さんですね」
相良がにこやかに言う。
「ようこそ。……まずは、安心してください。あなたの学業と生活は優先します」
優奈が反射で頷く。
「は、はい!ありがとうございます!」
敬語の形が勝手に出る。こういう相手にはそうなる。
相良はスクリーンを操作し、スライドを映した。
タイトルは『所属者向け活動規定(新人)』。
優奈が小声で言う。
「うわ……ほんとに会社ですね……!」
「会社だ」
俺が答えると、相良がこちらを見た。
笑顔のまま、目だけが少しだけ鋭い。
「まず、所属条件についてご説明します」
相良が淡々と進める。
「一、配信は必須です。活動を記録し、公開できる範囲で公開する。――これが当クランの基本方針です」
優奈が即答した。
「問題ありません!もともとその予定です!」
「素晴らしいです」
相良が笑う。
「二、収益配分です。ダンジョン由来の売上は、クラン利益と個人利益で五対五」
優奈が固まった。
「……えっ」
声が漏れる。
「えっ!?五割も!?むしろ個人が五割あるのが衝撃なんですけど!?」
会議室の空気が少し和んだ。
相良が笑いながら頷く。
「よく言われます。ですが、当クランは“継続して稼げる仕組み”を整えています。装備、医療、講習、ギルド窓口、炎上対応……個人でやるにはコストが大きい」
「なるほどです!それなら納得です!」
優奈の「!」が増える。
その反応に、相良の笑顔が少しだけ深くなる。
「三、情報の取り扱いです」
相良が次のスライドへ進めた瞬間、空気が冷えた。
『機密保持(NDA)/危険情報ガイドライン/ログ提出』
優奈の背筋が伸びる。
昨日のギルド。黒塗りの言葉。
それが蘇る。
「配信では言えないことがあります」
相良の声は優しい。優しいまま、逃げ道を潰す。
「A以上の効率化に関する情報、再現可能な条件、特定個体の誘導……視聴者の行動を変える情報は扱いが別です。基本、当クランの監修を通してください」
優奈が頷く。
「はい……!」
その頷きは少し硬い。
相良は続ける。
「四、活動形態です。新人の単独行動は原則禁止。同行者を付けます」
優奈が顔を上げた。
「えっ、ほんとですか!?」
「はい。空下さんは特に、です」
相良の笑顔が揺れない。
「あなたの魔法――《携行許可》は、戦闘スキルではなく“運用”を変えます。運用が変われば市場が変わり、治安も変わる。だから単独は認めません」
優奈が喉を鳴らす。
恐怖と、理解と、少しの誇らしさが混ざった顔。
「……じゃあ!結城くんとの同行は!」
優奈が勢いよく聞く。
相良が頷く前に、シュウが口を挟んだ。
「その条件がないと取引が成立しない」
言い切る。
相良は笑顔のまま、シュウを見る。
「承知しております、シュウ様」
声が丁寧すぎる。
“様”。
ここは会社で、上下ははっきりしている。
相良がこちらを見て、言った。
「結城悠真さん。あなたは空下さんの“活動補助”として、同行を許可します」
優奈が一瞬喜びかける。
しかし相良が続けた言葉で、その喜びが止まる。
「ただし、あなたにも規定が適用されます。機密保持、ログ提出、危険行動の監督責任。――違反した場合、空下さんの活動停止に直結します」
優奈が固まる。
「えっ……結城くんが何かしたら、わたしが止められるんですか!?」
「はい」
相良は笑顔で言った。
「ですから、空下さん。あなた自身も、同行者を管理する意識を持ってください」
優奈の顔が「理解できるけど納得したくない」に歪む。
「……それ、逆じゃないですか!?」
「逆ではありません」
相良は穏やかに否定する。
「未成年である空下さんを守るために、同行者を許可します。そして同行者の行動も含めて、空下さんの影響力として扱う。――それが、企業としての管理です」
優奈が小さく息を吐く。
「……首輪ですね」
ぽろっと出た。
言ってからハッとして口を押さえる。
相良は笑った。
否定しない笑いだ。
「そう感じる方もいます。だから、私たちは“守る首輪”であろうとします」
笑顔のまま言う。
「ただし、“守る”には条件が必要です」
優奈の心の声が、顔に出る。
(やっぱり……等価交換だ)
優奈が恐る恐る言った。
「……あの。取引って、何の取引なんですか?」
相良が一拍置く。
シュウが答える前に、相良が先に答えた。
「空下さんが当クランの管理下に入る代わりに――」
相良の目が、俺に向く。
「結城さんが“協力する”。それが取引です」
優奈の目が大きく見開かれる。
「えっ……結城くんが……?」
「余計なことは考えなくていい」
俺が言うと、相良が微笑んだ。
「いえ、大事なことです。空下さん」
相良は優奈に向き直り、丁寧に言う。
「あなたは初心者ですが、価値がないわけではありません。むしろあなたの魔法は、クランにとって非常に重要です」
優奈が息を飲む。
その言葉は、褒め言葉の形をしている。
でも中身は、「管理したい」という宣言だ。
相良が次のスライドを映す。
そこには大きくこう書かれていた。
『配信運用:当クラン監修/安全な目立ち方の設計』
シュウの言葉が蘇る。
“目立ち方をこちらで決める”。
相良が穏やかに言った。
「最後に、実務の話です。空下さん」
「はい!」
優奈は反射で返事をする。
その「!」が、今は少しだけ怖い。
相良は笑顔のまま、決定事項を告げた。
「配信は“明日から”お願いします。初回はうちで台本を作ります」
優奈の笑顔が、固まった。
「……台本、ですか?」
その一言は、優奈の中で“自由”が削れていく音だった。
相良は相変わらず優しい顔で頷く。
「はい。炎上防止と情報管理のためです。言い換え、伏せ方、見せ方。安全に続けるために必要なことです」
「……」
「もちろん、空下さんの個性は尊重します」
相良は言う。
「ただし、個性よりも優先されるものがあります。――安全です」
優奈は頷こうとして、頷けない。
喉が動いて、声が出ない。
俺は椅子の背に触れないまま、前を見た。
これが首輪の形だ。
柔らかい言葉で、当たり前みたいに嵌めてくる。
優奈が、俺の袖を掴んだ。
小さく。震える指。
「結城くん」
ささやくみたいな声。
「……わたし、ほんとに、大丈夫ですか?」
俺は小さく頷いた。
「大丈夫にする」
「……!」
優奈の目が少しだけ潤む。
相良が笑顔のまま、最後の資料を配った。
「では、規定と台本案を後ほど送付します。本日は以上です。ようこそ、“こちら側”へ」
こちら側。
その言い方が、やけに刺さった。
優奈はまだ、台本という言葉を反芻している。
自由が減る恐怖。
でも、自由がある場所に戻れば、今度は命が減る。
選んだのはどっちだ。
優奈は、ちゃんと分かっている。
分かっているから、怖い。
そして俺は思った。
明日の配信は、ただの“初回”じゃない。
クランが優奈を“商品”として世に出す最初の瞬間だ。
――その瞬間を狙う奴が、必ずいる。
(つづく)




