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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第十六章 大艦巨砲の葬式

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第84話 安全減衰、無効

 アストレイア艦の格納庫は、いつもより騒がしかった。床には見慣れないコンテナが積まれ、カルディア、アストレイア、グラウバッハの技術者が入り混じって動いている。


 中央では、2機のRFが骨組みごと手を入れられていた。RF-17SCストレイ・カスタムとRF-17Cヴァルケンストーム。肩と胸に増加装甲、腰に追加ラック、背中には塗装前の金属色のブースターユニットが載る。


 オーバードブースト。


 グラウバッハの主任が、ストレイの脚を見上げた。


「装甲はこれ以上盛るな。ブーストが負ける。ギリギリだ」


 視線だけで上を示す。


「昇るときは迷うな。一回で行け。途中でやめたら落ちる」


「楽しい話だな」


 アキヒトは口元だけ動かした。


「上で殴れればいい。落ちるかは、そのあと考える」



 ストレイのハッチの中から、トキの声が上がる。


「ん?」


 画面を見る指が止まった。


 LSLユニット:K-LSLモード

 安全減衰:無効


(安全が切れてる)


「ナロアさん! LSL、Kになってます!」


 レンチの音が止まる。

 ナロアが梯子を上がり、コクピット縁のアキヒトの胸元の服をつまんだ。


「エース」


 声が低い。


「K-LSLが何か分かってる? 安全のブレーキを外して、神経をそのまま機体に流す。正式運用はヘルマーチと試験場くらい。普通は門前払い」


 つまむ指に力が入る。


「しかも切り替えただけじゃ動かない。本人がK用の適合処置を受けてないとリンクが通らない。反射も痛みの逃がし方も、そっちに合わせて作り替える。そこまでやって、やっと使える」


「知ってる」


 アキヒトが短く遮る。


「適合は済んでる。経験済みだ」


 それだけ言って前を向く。


「前の部隊で?」


「ああ。ヘルマーチにいた間は、ずっとそれだった」


 ナロアは一拍黙り、吐き捨てるように言った。


「ほんと、ろくでもないところから来たよね、あんた」


 指を離す。


「ベヒモス相手に、あのままじゃ足りない」


 アキヒトの声は淡々としていた。


「コンラートに、余裕残したまま勝つのは無理だ」


「きれいに言わなくていい」


 ナロアが切る。


「中身は"壊れてもいい"でしょ」


 アキヒトは返さない。否定しない沈黙に、ナロアが短く息を吐く。


「勝手にしな」


 背を向ける。


「トキ」


「は、はい」


「このままはまずい。反応だけ少しやわらげる。設定はあとで送る。合わせといて」


「了解です」


 ナロアは梯子を降りながら袖で目元をこすり、床に降りると、上を見ずに付け足した。


「エース。Kにするのは止めない。止めても聞かないのも分かってる。だから、生きて帰ってきなさい」


 返事はない。代わりに、上から手すりを短く叩く音が響いた。


 トキはハッチの奥へ戻り、設定をKのままわずかに人間寄りへ引いた


「エースもナロアさんも、勘弁してほしいな」


 ぼやきが消えると、格納庫の音が前に出る。

 レンチ、溶接の火花、背部のオーバードブーストのノズルが鈍く光った。


 アキヒトは最後に自分で調整を加えた。

 余裕があるふりは、ここでは無駄だ。届かない速度で勝てるほど、相手は甘くない。設定を上げる。壊れるなら壊れるでいい。その分だけ前で止める。後ろを戦場にしない。


 

 固定が胸、腰、足の順に入る。最後に背が押され、頭の遊びだけが消えた。

 続いて機体の固定ラッチが閉じる音が、艦の腹から順に上がってくる。


 左に、VOLK-6《ヴァルケンストーム》。

 右に、VOLK-1《ストレイ・カスタム》。


〈システム〉《主電源オンライン。補機系統チェック完了》

〈システム〉《オーバードブースト接続確認中──》


 ヒロは表示から目を離さない。インジケータが黄色から赤へ揺れ、数秒後に緑で落ち着く。


〈システム〉《全系統、軍用基準内。VOLK-6、出撃可能》


「VOLK-6、システム最終チェック完了」


 通信メニューを開き、2機だけのサブチャンネルへ落とす。


〈ヒロ〉「VOLK-6。アキヒト、聞こえるか」


〈アキヒト〉「VOLK-1。聞こえてる」


 外は整備員の声と工具音が続く。ラッチが閉じるたび、機体が固定されていく感触だけが増える。


〈ヒロ〉「今回は、遅れない」


 橋も補給車列もセーブルも、ここでは言わない。


〈アキヒト〉「白帯は見えてるか」

〈ヒロ〉「見えてる」

〈アキヒト〉「どこまで通す」

〈ヒロ〉「全部だ」


 短い間が落ちる。


〈アキヒト〉「欲張りだな」

〈アキヒト〉「それでいい」


 外部回線が割り込んだ。


〈管制〉「カタパルトA、VOLK-6発進準備完了。カタパルトB、VOLK-1発進準備完了。両機、カウントに入る」


 足もとでレールロックが締まり、機体がわずかに沈む。


〈システム〉《カウントダウン開始。5──4──》

〈システム〉《カタパルト最終同期完了》

〈システム〉《オーバードブーストユニット、圧縮燃料加圧》


 機体後方から低い唸りが伝わる。推進系が負荷を受け入れる音だ。


 ヒロは内ポケットを指で押さえ、すぐ離した。増強剤。持ってきたのは、白帯が途切れた先を想像したからだ。


 守りたいものがある、壊したくないものがある、帰りたい場所がある。

 ここで負けたら、全部、灰に沈む。


 だから封は切らない。勝って、帰って、次も守る。

 ここで壊れて終わるなら、最初から負けと同じだ。


〈艦隊回線〉「ガングート、ロスティスラブ、レトヴィザン、全艦レールガン発射準備完了」


 前方モニタに戦場の縮尺図が重なり、灰の海の向こうでベヒモスが鈍い光をまとって進んでいる。


〈艦隊回線〉「200mmレールガン『ルーチ』発射」


 灰の幕の向こうで、3隻の陸上戦艦が一斉に口を開いた。白い閃光が走り、弾道がベヒモス前方へ突き刺さる。灰の中にうごめいていたドローン群が、その線に触れた瞬間、まとめて輪郭を失った。


 左右ではカルディアのミサイル、グラウバッハの51cm砲が外周を削る。地上ではエレファントの重RF部隊が一列に展開し、200機近い砲身が同時に火を噴いた。


 その連打で、灰の層がいったん押し出され、次に逆向きへ戻る。遠景が薄く滲み、だが崩れきらない縁が残った。


 空に、まっすぐな"穴"が開く。


 モニタ上でその筋は、VOLKの位置から垂直に伸びていた。ヒロとアキヒトが駆け上がれる道は、そこだけだと分かる。


〈システム〉《カタパルトチャージ完了》

〈システム〉《3……2……1》


〈アキヒト〉「生きて戻れ、VOLK-6」

〈ヒロ〉「そっちこそ、VOLK-1」


 ハーネスを握り直す。視界の端でストレイの姿勢マーカーが同じ角度で止まった。


〈システム〉《0》

〈管制〉「射出」


 機体が前へ跳ねる。衝撃で視界が一瞬流れ、格納庫の灯りが線になる。


 生活区の扉の前がヒロの脳裏をよぎる。子どもたちの寝息。鳴らないホイッスルが掌の中で冷たい。鳴らないままでいい。帰れれば、それでいい。


 次の瞬間には、ヴァルケンストームは灰色の通路を撃ち出されている。出口の切り取り線だけが、まっすぐ前に伸びた。


 先にヴァルケンストームが外気へ抜け、わずかに遅れて重装のストレイ・カスタムが同じ筋をなぞる。


 K-LSLが衝撃を圧力へ変える。身体の境目が薄くなる。

 壊れてもいい、じゃない。壊れてでも前で止める。


 記憶の端に流れる、ナロアの赤い目。

 笑いながら銃口を自分の顎に当てた戦友。

 壊れてもいいと判断した、あの瞬間。


 忘れたかったものがある。けれど、忘れたくないと思うものができた。

 ヘルマーチの記憶。サキや子どもたちの笑顔。

 この手が壊すものがあいつらの未来になる。なら、これが俺の掛け金の全部だ。


 神経が機体側へ直結していく感覚だけが残る。


 灰の空に2本の尾が生まれ、同じ方向へ重なる。腰の後ろから伸びていた太いケーブルが限界まで張り、根元から順にちぎれていく。


〈システム〉《外部給電ライン切断》


 黒いケーブルが灰の中へ投げ出され、後方へ消える。


 次に背中のノズル群が一斉に白い炎を吹き、灰を焼き払いながら尾を伸ばした。

 2機はレールに乗せられたまま引き抜かれ、加速がさらに一段上がる。

 シートが体を押さえつけ、呼吸が詰まる。


〈システム〉《オーバードブースト出力、最大》


 前方の灰の層が裂け、先行3艦が空けた空白へ2機が突入した。


 その先に、ベヒモス内部へ続く闇が待っている。


 同じ瞬間、外では地上戦線が崩れかけていた。


〈艦隊回線〉「突入2機、確認。VOLK-6とVOLK-1はベヒモス内部へ。地上、ヘルマーチが前進。突入艦隊の前に出る!」



――次回、第85話「対地艦砲、優先」へ続く

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