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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第十六章 大艦巨砲の葬式

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第81話 ルールを変える

 最初に揺れたのは、カルディアの会議室だった。


 壁面モニターの非常回線が、許可もなく立ち上がる。数秒遅れて、アストレイアの地下ブリーフィングルームでも、グラウバッハの工業都市の作戦室でも、同じ映像が開いた。


 UDF前線指揮所では、テントの骨組みに引っかけられた旧式端末が、ノイズを噛んで明滅する。錆びた発電機のうなりの隣で、画面だけが不自然なほど鮮明だった。


 クレイブアクトの母艦〈グレイランス〉でも同じだ。ブリッジのメインパネル。格納庫の片隅の小型端末。食堂の簡易モニター。作業の手が、一斉に止まる。


 ——同じ紋章が映っていた。


 赤い斜めの3本線。片翼の折れた翼。

 ヘルマーチの紋章。


 その前に、黒いロングコートの男が立っている。

 顔はガスマスクのような仮面で覆われ、企業の礼装でもUDFの制式でもない軍服を着ていた。右腕に縫い付けられたパッチだけが、紋章と同じ赤を返している。


『——聞こえているな』


 くぐもった声が、回線が繋がっている場所すべてで、同じ調子で響いた。


『白帯を頼みにしている連中へ。——全員だ』


 カルディアの会議室で誰かが息を呑み、アストレイアの地下で士官が椅子の肘掛けを掴む。UDFのテントでは、若い下士官が反射で背筋を伸ばした。


『灰原で燃えた部隊。消えた鉱山。黙った工業都市。見てるはずだ』


 淡々と続ける。


『あれは事故じゃない』

『誤射でも、行き過ぎた報復でもない』


 一拍置いて、言い切った。


『“片付け”の始まりだ』


 仮面の奥の視線が、わずかに近づいたように感じられる。画面の向こうで、誰かが無意識に唾を飲んだ。


『白帯は、便利だったな』


『線は守るためじゃない。責任を切るために引かれる』


 短い言葉だった。だが、その短さが刺さった。


『細い線を一本引いて、“ここから中は安全地帯です”と書けば済んだ』

『あとは報告書に数字を並べるだけだ』


『何人運んだ。何トンの資源を出した。何機のRFを通した』

『線の外で何人死んだかは、小さな欄外に押し込んでおけば済む』


 カルディアで誰かが舌打ちし、グラウバッハで老将校が腕を組んだまま目を細めた。


『白帯は避難路じゃない』


 声の温度は変わらない。


『企業と——傭兵評議会が、人間を“資産”として寝かせておくための棚だ』

『働けるやつも、戦えないやつも、一本の線に並べて』

『都合のいいときだけ、数字として取り出すための線だ』


『線の内側にいるかぎり、お前たちは本気で戦わずに済む』

『“ここさえ守っていれば大丈夫だ”と、自分にも部下にも言い聞かせていられる』


 低い声のまま、言葉だけが鋭くなる。


『だから壊した』


 画面の隅に、灰の海を進む巨大な輪郭が重なる。

 灰を割り、地形を押し潰し、地表そのものを“履く”ように進む影。


『あれを、俺は《ベヒモス》と呼ぶ』


 画面の隅に、灰の海を進む巨大な輪郭が重なる。

 街ひとつ分の装甲。地下から浮上し、地表ごと引き剥がしながら進む影。

 白帯も、建物も、線も——全てを履帯の下へ飲み込んでいく。


『白帯に寄生してる街も、工場も、鉱山も』

『あいつの履帯の下に入った場所は、もう"安全地帯"じゃない』


 仮面の奥の目が、笑ったようにも見えた。


『勘違いするな』


 わずかに声を落とす。


『俺は正義を名乗らない』

『弱い者を選んで救うつもりもない』

『民間人だけをきれいに避ける気もない』


『このやり方の結果は、俺が引き受ける』


『戦えない連中が巻き込まれて死ぬのは分かっている』

『それでも、いまの地図を引きはがすには——それだけの数が要る』


 UDFのテントで拳が握られ、グレイランスの格納庫で整備兵がレンチを握り直した。


『これから灰の上で残るのは、1種類だけだ』


『戦えて、考えられるやつ』


『白帯の内側で指示待ちをしてるだけのやつは、ここで終わる』

『紙の上の安全地帯から一歩も出られないなら、古い線と一緒に沈め』


 どこかの会議室で椅子が軋み、立ち上がりかけた影が、また座り直す。


『ルールを変える』


 右手で空中に一本の線を引く仕草をした。


『今から、白帯の上を“安全”の名目で走る列は、全部敵だ』

『資源輸送でも、避難列でも、護衛部隊でも同じだ』

『白帯を盾にして動く武装は、まとめて狩る』


 息を呑む音が、あちこちで重なる。


『逃げ道に白帯を使うやつもだ』


 念を押すように、淡々と言う。


『白帯に縛られているかぎり、この世界は変わらない』

『お前たちはいつまでも、誰かが引いた線の上で数字を数え続ける』


 仮面の奥の視線が、画面の向こうの誰かを見据えた。


『灰の上に、新しい線を引く』


『誰がいつ引いたか分からない白い線じゃない』

『ヘルマーチの脚で踏んだ跡を、そのまま線にする』


『その線の内側に残りたいなら——白帯を捨てて降りて来い』


 最後まで調子を崩さない。


『灰の中に出て、自分の脚で立て』

『自分の頭で状況を見て、自分で引き金を引け』


数秒の沈黙。


『それができるやつだけが、次の地図に名前を残す』


 UDFのテントの端で、古い地図が風に揺れる。

 グレイランスのブリッジで、誰かが歯噛みした。


『できないやつは——俺の知ったことじゃない』


 短く切り捨てた。


『助けもしない。悼みもしない』

『報告書の数字が一行増えるだけだ』


 最後に、低く名乗る。


『俺はコンラート・ヴェルナー。ヘルマーチの隊長だ』

『線の外に立つ側だ』


 わずかな間を置いて、締めくくる。


『どこに立つかは——お前たちが決めろ』

『線を引くなら、自分の手で引け』

『切った責任は、切った側が持て』


 映像がぷつりと切れた。

 ヘルマーチの紋章だけが一瞬残り、灰色のノイズに溶けて消える。


 灰の世界のあちこちで、同じ沈黙が落ちた。



――次回、第82話「円卓は英雄を呼ばない」へ続く


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