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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第十四章 曇りの輪郭

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第74話 白帯を止めるな

 夜明け前、灰の空が薄くほどけるころ白い線だけが妙に浮いて見えた。

 グラウバッハ工業都市の南端、廃墟になった旧市街の割れ目を白帯の導光ラインが1本だけ貫いている。ひしゃげたビルの骨組みと倒れた高架の間を白だけがまっすぐ抜けていた。


 その入口でヒロのヴァルケンストームが膝をついている。コクピットのHUDに映る白い線をヒロは動かさず見つめた。


 白帯の上には避難車列。トラック、バス、工場の社用車が連なる。グラウバッハのラインガード車両が先頭と最後尾につき、外側をRF-08G《エレファント》が塞ぐ。白い線の外だけを押さえる位置取りだ。


〈ラインガード隊長〉『VOLK-6、こちらラインガード隊長。いつでも出せる。合図をくれ』


〈ヒロ〉『了解。VOLK、全機、最終チェック。先頭と最後尾の上を押さえる。白帯の左右にそれぞれ1機ずつ。VOLK-1は左側のビル影、VOLK-3は右側の高所。飛び出す足場を見ておけ』


〈アキヒト〉『VOLK-1、了解。左側、上から来るやつは全部もらう』


 ストレイ・カスタムが瓦礫の交差点で姿勢を落とし、崩落した高架と広告塔の死角へ沈む。推進を絞り、崩れた構造物の一部として待った。


 ヒロは視線を少し上げ、灰の向こうの黒い山影を見る。巨大構造物。あれが動き出したせいでこの工業都市の人間は白帯へ押し出されるしかない。


 白帯。久しぶりにその言葉を任務の要件として聞いた。


 B3区画の橋が折れた日、誘導灯が途中で途切れていった光景が短くよみがえる。セーブルの「白に縛られるな」という声も同じ場所に引っかかったままだ。


〈ヒロ〉『VOLK、回線チェック。順に返せ』

〈アキヒト〉『VOLK-1、問題なし』

〈リュウ〉『VOLK-3、良好。右側監視、いける』

〈ガンモ〉『VOLK-4、いいぞ。盾も脚も動く』

〈ポチ〉『VOLK-5、後方支援席、いつでも。白帯の上はラインガード任せだ。俺らは外側を見る』

〈ゴーシュ〉『VOLK-2、問題なし。空気は最悪だがな』


 返答が揃うほどあの日の欠落が逆に浮く。最後にセーブルの回線だけが返らなかった。


〈ヒロ〉『よし。ラインガード、先頭から動かせ。速度は白帯の規定速度で。途中で詰まるな』

〈ラインガード隊長〉『了解。全車列、発進——』


 白い線の上で車列がゆっくり動き出す。子どもを乗せたバスの窓から小さな紙切れが揺れた。手描きの工場マスコット。灰にまみれた街でもそれだけは色を残している。


 旧市街は風の抜けが細く、ビルの谷間に入ると視界が落ちた。灰の溜まりと削れが短い距離で入れ替わりワイパーが止まらない。吸気フィルタの詰まりを嫌ってラインガードは速度を上げられない。白帯だけがその真ん中をまっすぐ通っていく。


〈ゴーシュ〉『右側ビル地下に弱い熱源。キーテラの可能性あり。数は多くない』


〈ヒロ〉『VOLK-3、右前方を見ろ。ラインガード、白帯から出るな。外側はこっちで押さえる』


〈リュウ〉『VOLK-3、了解。右前方、低層階に動き』


 崩れたビルの玄関から黒い塊が飛び出す。蜘蛛型のキーテラ。壁を蹴って白帯へ斜めに駆け上がる。


〈リュウ〉『1体。処理する』


 レイヴン・アイのライフルが頭部を抜いた。黒い体が滑り落ち、白い線の手前で転がる。


〈ラインガード先頭〉『先頭車両、そのまま通過しろ! 足元を見るな、進め!』


 トラックのタイヤが残骸を踏む。散発だ。だが奥へ進むほど瓦礫の影や屋上からぽつぽつと増えて寄ってくる。


〈ゴーシュ〉『左上、2体。処理する』


 ブルロアーの砲がビル中腹を抉り、崩れたコンクリートに混じって脚が落ちた。


〈アキヒト〉『その下、1体抜けた。もらう』


 ストレイ・カスタムが壁を蹴って跳び、白帯へ降りかかろうとした個体の首を短いブレードで切り上げる。黒い体が外側へ転がった。バスの窓で子どもの影が一瞬揺れてすぐ隠れる。


〈ヒロ〉『VOLK、前列の間隔を詰めすぎるな。白帯の上はラインガードに任せる。俺たちは外側と上だけ見ろ』


〈ガンモ〉『了解。盾は列から半歩外に出す』


 《バッド・バンカー》が車列の外へ盾を押し出す。白い線の内側に影を落とさないように。


 言葉としては正しい。だが判断の端にB3とセーブルが残る。守っているつもりだった日々がいまも足を引く。



 旧市街の中央寄り。左右のビルがさらに高くなり、白帯がトンネルのように細る区間に入った。瓦礫が増えRFも脚の置き場を選ぶ。


〈ラインガード先頭〉『こちら先頭。前方、視界不良区間に入る。速度を少し落とす』


〈ヒロ〉『了解。VOLK、先頭の左右は距離を詰めすぎるな。何かあったら上から押さえる』


 そのとき別の回線が割り込む。


〈ラインガード後尾〉『後尾隊、こちら後方指揮。待て、最後尾の手前にもう1台?』


〈工場便トラック3号〉『こちらグラウバッハ工場便トラック3号! 出発が遅れて今白帯に合流中!』


 HUDに遅れて走るトラックが赤いマーカーで浮かぶ。工業地区外れから白帯沿いの側道を追いかけてきている。同時に側道へ数体の熱源がにじんだ。瓦礫の山から蜘蛛型のシルエットが首をもたげる。


〈ポチ〉『VOLK-6、側道沿いにキーテラ反応。数は4〜5。トラックの進路と交差する』


〈工場便トラック3号〉『助けてくれ! 子どもが乗ってるまだ白帯に——』


 声がノイズに埋もれ、側道の先で黒い影が列を横切る。


 ヒロは一瞬だけ手を止めた。白帯の本隊を止めて後方へ戻すか。本隊は前進させ遅れたトラックは後尾とエレファントに任せるか。


 止めればこの細い区間で列が詰まる。前を空ければ後ろを切る。


 B3区画の橋。叫んでも間に合わず退避列ごと落ちた日。続いてロード・ゼロ。先頭車両が横倒しになり押し切るか切り捨てるかで縫い目が裂けた。最後に判断線を引いたのは自分ではなくセーブルだった。


〈ポチ〉『VOLK-6、工場便トラック3号、側道で足を取られてる。段差を踏み抜いた。キーテラ接近、距離800メートル』


〈ラインガード後尾〉『白帯の列を止めるか? 指示を——』


 答えが出ない。止めれば固める。止めなければ切る。その両方をもう選びたくなかった。


「——隊長!」


 同じ回線の向こうから別の声が割り込む。


〈アキヒト〉『VOLK各機、1と5で後ろを拾う。3は距離を取って上から見ろ。2と4は本隊の左右につけ。白帯を止めるな』


 ストレイ・カスタムがヒロの前をかすめ、白帯の外側、瓦礫だらけの側道へ飛び込んだ。


〈リュウ〉『VOLK-3、了解。距離を取って射線確保。後方の見通しはこっちで持つ。VOLK-6、本隊は任せろ』


〈ポチ〉『VOLK-5、了解。ブレイン・モール、目を出す』


〈ゴーシュ〉『VOLK-2、白帯左側を維持。上を掃く』


〈ガンモ〉『VOLK-4、了解。盾を列の外側に』


 指示が先に形になる。ヒロはようやく声を乗せた。


〈ヒロ〉『本隊、前進継続。白帯の上は止めるな。後ろはVOLK-1と5に任せる。ラインガード後尾、トラックを白帯に乗せたらすぐ列に組み込め』


〈ラインガード後尾〉『了解!』


 遅れた一瞬をアキヒトの声が埋めていた。



 ポチのドローン映像がHUDの小窓に入る。側道は道と呼べない。崩れたビル1階、折れた電柱、倒れた車の隙間に工場便トラック3号が無理やり突っ込んでいた。


 その前にキーテラが4体、脚を広げて立ちはだかる。


〈工場便トラック3号〉『うわっ——!』


 1体がボンネットへ飛び乗り、フロントガラスへ身を寄せた瞬間上から影が落ちた。


〈アキヒト〉『動くな。その場で伏せてろ!』


 ストレイ・カスタムの脚が背中を踏み抜く。死体を足場に前へ出ると残る3体へ一気に距離を詰めた。短い噴射で低い跳躍を繰り返し脚を折り、頭を蹴り飛ばす。側道の狭さを最初から前提にした動きだった。


〈リュウ〉『2体目、頭部を抜いた。残り1』


 レイヴン・アイの弾が瓦礫の影に潜んでいた最後の1体を撃ち抜く。黒い体がほどけ壁に張り付いた。


〈アキヒト〉『トラック、走れるか』


〈工場便トラック3号〉『だ、だいじょうぶだ。タイヤは持ってる。白帯のほうへ——』


〈アキヒト〉『急げ。本隊が通り過ぎる前に合流しろ。後ろにつけ』


 ストレイ・カスタムが横につき、側道から白帯への合流点まで押し込む。



 白帯が廃墟の谷間を抜け、開けた平地へ出る。左右の圧迫が消え避難車列の先頭から小さな歓声が漏れた。


〈ラインガード先頭〉『旧市街区間、全車両通過確認。後方も問題なし。VOLK、助かった』

〈ヒロ〉『了解。VOLK、全機、損害報告』


〈ゴーシュ〉『VOLK-2、軽微な被弾のみ』


〈ガンモ〉『VOLK-4、盾に酸。表面だけだ』


〈リュウ〉『VOLK-3、弾消費多め。被弾はなし』


〈ポチ〉『VOLK-5、外装ちょっと持ってかれた。まだ走れる』


〈アキヒト〉『VOLK-1、機体は無傷。あとで話がある』


 最後の一言でヒロの操作が止まる。


〈ヒロ〉『ああ』


 任務としては成功だ。白帯の列は1台も欠けず工場便トラック3号も最後尾へ滑り込んだ。だが「遅れた」という事実だけが残る。遅れたのはキーテラではない。自分の判断だ。


 あの一瞬何も言えなかったことをアキヒトは見ていた。たぶん他の連中も気づいている。セーブルが判断線を引いて死んだ場所を思い出しながら今度は自分が線の前で立ち止まった。



 避難車列を南の安全圏へ引き渡すまでに数時間が過ぎた。そのあとVOLKはグレイランスへ帰投する。


 後部の着艦ハッチの向こうの格納庫は久しぶりに少しざわついていた。ヒロはヴァルケンストームの膝を折らせ、区画の指示灯を確認してからゆっくり降ろす。


 任務は終わった。だがこのまま終わりにはならない。


 アキヒトの「あとで話がある」という声が灰の匂いより強く耳に残っている。


――次回、第75話「止まった1秒」へ続く

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