表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第七章 白の外で会う者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/79

第35話 036だった頃のこと

 レゾナンスコアの唸りが遠のき、耳を塞ぐようだったノイズが切れた。ホールに残ったのは薄暗さと血の匂いだけだ。


〈ノルン〉

『中枢区画、共振収束。アキヒト、ヒロ。生命兆候、両名とも安定域ぎりぎり』

『ヒロ:右膝、靱帯損傷の疑い。側頭部打撲。歩行は推奨されない』

『アキヒト:右肩〜右脇腹、深い切創。止血は仮処置。大きな動作は危険』


 床に倒れたまま、アキヒトは目だけ動かす。身体が沈み、右肩から脇腹へ痛みがじわりと広がっていった。深く吸い込むだけで、傷が内側から開きそうになる。


「ヒロ。動けるか」


「無理だ」


 少し離れた場所から返ってくる声は、今日は妙に遠い。


「足が死んでる。立とうとしたら、その場で倒れる」


「診断は聞きたくなかったな」


 ヒロが小さく笑い、すぐに苦しそうな息へ変わった。アキヒトは首を動かすのをやめ、視界の端に横たわる脚だけを確認する。


「こっちも寝転んだままのほうが安全そうだ」


「好きで寝てるわけじゃない」


 短く息が落ち、しばらくはノルンの機械的な監視音だけが間を埋めた。血の落ちる音と遠い機器の作動音。さっきまでこの場にいた人間の気配だけが、綺麗に抜けている。


「さっきの男、知り合いか」


 沈黙を破ったのはヒロだった。


 アキヒトは目を閉じる。嘘をつく理由はない。ただ、全部を一気に出すと、今ここで踏ん張っているものまで崩れそうだった。


「ヘルマーチの隊長だ。俺の昔の隊長。あっちでは036って呼ばれてた」


「ゼロ……サンロク」


 ヒロが数字を反芻する。


「名前はいらなかった。全員、番号だけで呼ばれてた」


 訓練場の声が耳の奥で蘇る。灰の中で「036」と呼ばれるたび、身体だけが反応していた頃の感覚。


「名前をくれたのはヴァイス艦長だ。036じゃなくて、“アキヒト”って呼んだのは、あの人が最初だ」


 ヒロは床に視線を落としたまま黙り込む。さっき見た顔を頭の中で何度もなぞっているのが分かった。マスクの下から覗いた片側の頬、火傷痕、皺の深さ。昔の横顔と今の形が無理やり重なっていく。


「俺の父親だ」


 低い声が落ちた。


「コンラート・ヴェルナー。白帯B3を割ったのもあいつだ」


 アキヒトは一度だけ瞬きをした。


「そうか」


 それ以上は続かない。自分の“昔の隊長”が、目の前の“今の隊長”の父親。整理できるはずがなかった。


 ヒロの声が鋭くなる。


「黙ってるつもりか。悪いが、何も知らないまま同じ戦場に立ち続ける気はない」


 少し間を置き、言葉を継ぐ。


「お前があっち側にいたときの話を聞かせろ。ヘルマーチにいた頃、お前が何を見てたのか。036だったお前が、どうして今こっち側にいるのか」


 痛みで歪んだ顔のまま、言葉を押し出す。


「知らないままじゃ、コンラートが何を狙ってるのかも分からない。さっきの“戻ってこい”の意味もな」


 アキヒトは天井を見る。崩れかけたコンクリートの隙間から、薄い灰色の光がのぞいていた。


「楽しい昔話じゃないぞ」


「楽しい話が聞きたいわけじゃない」


 即答だった。


「だからだ。聞かせろ」


 アキヒトは痛みをやり過ごしながら、短く頷く。


〈ノルン〉

『アキヒト。痛覚反応が上昇。今すぐ話さなくても――』


「いい。どうせすぐには動けない。だったら今のうちに済ませる」


 目を閉じて一度だけ整え、ヒロのほうへ視線を向けた。


「分かった」


 言葉を探す間にも、光景がいくつも浮かんでは消える。灰の街で拾われた日。名前の代わりに番号を与えられた日。036として初めて白帯を“踏み抜いた”日。


「じゃあ、最初からだ。灰の街で、初めてあいつに拾われた日の話から」


 視界の端でレゾナンスコアの光がゆっくり明滅している。その光をぼんやり見ながら、言葉は過去へ沈んでいった。


 ――まだ「アキヒト」という名前を持つ前。

 ただの子どもで、ただの036だった頃の話を。



――次回、

第八章 名前のない兵士(アキヒトオリジン)

第36話「化け物を見る目」へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ