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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第八章 名前のない兵士

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第44話 番号じゃなく、名前で

 HUDの端が赤く点滅していた。


《MAIN 48V 残量 3%》

《外部パック 0%/0%/0%》

《推定稼働時間 約2分》


 ノルンの声が、いつも通り平坦に告げる。


《このままでは、機体停止まで百二十秒です》


「分かってる」


 白帯本線から外れた荒野に、放棄されたトラックや工業機械が灰の上で転がっている。そのうちの一台、横倒しになった輸送トラックの腹へ、RFのアームを食い込ませていた。


 コクピットから降りる余裕はない。


 俺は右腕のアームを伸ばし、輸送トラックの装甲をこじ開けた。むき出しになったバッテリーユニットへ太いケーブルを突き立て、変換器のスイッチを入れる。


《外部入力 接続確認》

《入力電圧 40V→出力 48V》

《効率 29%》


 接続部で火花が跳ねた。


 焦げた臭いが外装を伝って、薄くコクピットまで届く。


《入力電圧不安定。変換器温度上昇中。出力をさらに落とすことを推奨します》


「ここで止めたら終わりだ」


 ケーブルの固定を確かめ、抜け止めのラッチを叩く。もう一度だけ力を込めると、トラックの歪んだ金属が嫌な音を立てた。


「せめて次の残骸くらいまでは持たせる」


《了解。現在の設定で継続します》


 わずかな電流が48Vラインへ流れ込み、HUDの表示が少しだけ持ち上がった。


《MAIN 48V 残量 5%》

《推定稼働時間 約3分》


「延命だな」


 ノルンは返さなかった。


 そのとき、センサーが別の反応を拾った。


《方位40度、距離3.2km。白帯本線上に複数の48V反応。RFおよび車列と推定》


 画面の端に、導光ラインの白い筋がかすかに映った。


 白帯本線。


 その上を、数機のRFと補給車両が列を作って進んでいる。歩調は揃っているが、UDF本隊ほど硬くはない。軍の匂いが薄い。けれど、ただの商人でもない。


《識別信号照合……クレイヴ・アクト所属ユニットと一致》


 クレイヴ・アクト。


 最近、名前が広まり始めた傭兵組織の一つだった。


 同じころ。


 白帯本線上を進む隊列の中でも、別のHUDに警告が出ていた。


 オペレーターの報告が、クレイヴ・アクトの指揮回線に入る。


「クレイヴ・アクト01、ルート外で電力異常を確認。方位40度、距離三キロ。48Vラインの吸い上げ反応あり。武装RFの可能性」


 ヴァイスは前方を見たまま尋ねた。


「位置は白からどれくらい外れている」


「白帯本線から一・五キロ外側。現行ルートには影響ありません」


「了解。列は予定通り進め。ヒロ、白から離れすぎるな」


 別の機体から、落ち着いた声が返る。


「了解。隊長、そっちはどうする」


「確認する。すぐ戻る」


 先頭を歩いていた一機が、白帯から外れた。


 RF-06A《バッファロー》。


 重いはずの機体なのに、脚運びは沈まない。指揮官向けの調整が、そのまま動きに出ていた。


 左腕の半身盾。胴体の厚い装甲。進路だけは、まっすぐ荒野へ向いている。


《接近中のRF反応。クレイヴ・アクト01と識別》


「こっちに来るか」


 俺はケーブルをすぐには外さなかった。


 今抜けば、残量が落ちる。次はもう持たないかもしれない。


 見えてきた機体は、装備の整った現役のRFだった。


 肩に載せた武装。装甲の状態。脚の動き。まともな整備を受けている機体だと、すぐに分かる。


 対してこちらは、残骸にケーブルで繋がれた半死状態のRFだ。


 装甲の一部には、ヘルマーチ時代の濃緑と赤い斜線の塗装がまだ残っている。上から灰と傷で潰しても、見る者が見れば分かる。


 相手も、一目で見分けたようだった。


 こちらは通信を切っている。


 開けば、そのぶん残り時間が削れる気がした。実際には大した差ではないのだろうが、あのときは一秒でも惜しかった。


 相手の外部スピーカーが開いた。


「そこの機体。48Vを拾ってる奴。聞こえるか」


 男の声は落ち着いていた。


 気は抜いていない。


 俺は迷った。


 黙っていれば、通り過ぎるかもしれない。開けば、余計なものまで拾う。所属、過去、番号。面倒なものが、全部こちらへ戻ってくる気がした。


 結局、最低限の回線だけを開いた。


「聞こえてる」


「コールサイン、所属」


「フリーの傭兵だ。所属なし」


「そのフレーム。ヘルマーチ上がりだな」


 クレイヴ・アクトの機体がわずかに角度を変えた。古い塗装と傷を見ている。


「脱走か、生き残りか」


「どっちでもない」


 俺は少しだけ息を吐いた。


「死に損なったまま、東まで流れてきただけだ」


 一瞬、相手は言葉を止めた。ヴァイスは内部回線へ切り替えた。


「ヒロ」


「隊長、敵性か」


「RFの残骸と、その中身だ。今は電欠寸前で、拾い食いに必死だな」


「放っておけば勝手に止まる。危険なら、そのほうが楽だろ」


「白の外で止まった機体は、次に通る誰かの足場になる」


 ヒロはすぐには返さなかった。ヴァイスは続ける。


「それに、ここで腐らせた機体が、別の誰かに拾われて厄介なことになるかもしれん」


「拾うのか、捨てるのか」


「判断は後でいい」


 ヴァイスは、灰をかぶったRFをもう一度見た。


「まず、こいつが自分で何て名乗るかだ」


 外部スピーカーに戻ったヴァイスは、少し間を置いて言った。


「お前、自分の番号は言えるか」


 唐突だった。


「番号?」


「ヘルマーチなら、名前の代わりに振られていただろ。ゼロなんとかの、あれだ」


 喉の奥で、ゼロサンロクが引っかかった。


 長い間、その呼び方は聞いていない。逃げてからは、自分でも口にしていない。それでも、反射で出そうになる。


「番号はいい」


 ヴァイスは続けた。


「番号じゃなくて、名前はあるか」


 名前。


 母親が最後に呼んだときの声と、番号だけが飛び交っていた年月が、同じ場所でぶつかった。


 HUDの端に、小さな表示が出る。


《パイロット名:アキヒト》

《外部コールサイン:未設定》


 自分で登録した名前だった。けれど、他人に名乗ったことは一度もない。口を突きそうになったのは、いつもの冷めた理屈だった。


 今さら名乗ったところで、何が変わる。番号のままだとしても、やるべきことは同じだ。 だが、その理屈は途中でへし折れた。番号のままでいれば、自分はずっとあの隊に囚われたままだ。


 ヘルマーチの列。036番。


 撃てと言われた方向へ撃ち、壊せと言われたものを壊すための記号。それが嫌で東へ逃げてきたのだと、自分がいちばん知っているはずだった。


 喉の奥で言葉が詰まる。その躊躇いを見透かすように、ノルンの表示がもう一つ、滑り込んできた。


《外部コールサイン欄が空欄です。入力しますか》


「うるさい」


 小さく呟いてから、俺はマイクを開いた。


「アキヒト」


 静かな声だった。それでも、聞き取れるだけの強さで言った。


 短い間が空く。


《外部コールサイン:AKIHITO(暫定)》


 ヴァイスは内部回線で短く言った。


「聞いたか。名前はアキヒトだ」


 ヒロが返す。


「ああ」


 それだけだった。


 ヴァイス機が俺の機体の前まで進み、腹部の牽引ユニットを展開する。金属音のあと、太いケーブルが伸びた。


《接近中の機体から牽引ライン。接続要求》


「繋げ」


《了解。受け側ランチャー開放》


 俺の機体から簡易フックが伸びる。バッファローのケーブルが噛み合い、ロック音がコクピットの内側まで伝わった。


《牽引開始に合わせ、外部入力を遮断します》


「やれ」


 変換器のスイッチが落ちる。右腕が抜け止めを叩き返し、拾い食い用ケーブルを引き抜いた。先端のスパイクだけが、トラックの腹に刺さったまま残る。


《外部入力 切断》


 外部スピーカーが、もう一度開いた。


「了解した」


 ヴァイスの声が、今度ははっきりとした調子で続いた。


「行くぞ、アキヒト」


 その一言で、喉の奥が詰まった。


 数年ぶりに、人間の声で自分の名前を呼ばれたのだと気づく。


 番号じゃない。


 アキヒトとして扱われた。


 返事を作ろうとしても、喉が動かなかった。代わりに、LSLの向こうで心拍だけが跳ね上がる。


《心拍数上昇。異常なし》


 まだ、名前で呼ばれる場所がある。


 牽引ケーブルが張り、機体がゆっくり前へ引かれ始めた。


 灰に埋もれたトラックや折れたアンテナが、足元の影と一緒に後ろへ流れていく。


 少し離れた空には、白帯本線の導光が、夕方の灰の中で細く揺れていた。


 行くぞ、アキヒト。


 その声は、ノルンのデータログにも、LSLのさらに奥深くにも留まり続けた。


 036ではなく、ひとりの人間としての名前。


 この冷たい灰の上で、自分という存在を結び直すための、短い、けれど確かな合図だった。


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