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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第七章 白の外で会う者たち

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第31話 灰の窪地の全滅跡

 アキヒトは窪地の中央にある施設へ向けて、ストレイ・カスタムを慎重に進めていた。さっきのドローン群を片づけてから、地図上の距離ではまだそう遠くまで来ていない――そのはずなのに、HUDの表示が急に騒がしくなる。


〈システム〉『前方100メートル。金属反応が異常に密集している領域を検出』


〈ヒロ〉「異常?」


〈システム〉『さきほど交戦したドローン残骸の密度と比較すると約3倍。加えて大型金属反応を複数検出。サイズはRF級』


「先客がいたってことか」


 ゴーシュが低くつぶやく。


 灰霧の向こうに、黒い塊がいくつも浮かび上がってきた。距離が詰まるにつれて輪郭がほどけ、地面一面に転がる小型ドローンの残骸が見える。脚だけになったもの、胴体が割れて中身をぶちまけたもの。その間に、巨大な人型の影が横倒しになっていた。


「リッターか?」


 アキヒトが思わず声に出す。灰にまみれても分かる独特のシルエットだ。グラウバッハ社製RF-18G《リッター》の倒れた姿が4機、ずんぐりした重装型、RF-08G《エレファント》の残骸も同じように4機並んでいる。


〈システム〉『IFFログを照会。識別コード、RF-18G《リッター》4機。RF-08G《エレファント》4機。所属タグ、グラウバッハ社・第7戦術試験中隊と一致』


 回線の向こうで、短い沈黙が落ちた。


〈ヒロ〉「グラウバッハ? ジル、事前情報では?」


〈ジル〉『依頼書には“現場に他部隊なし。カルディア側のドローン偵察のみ”ってあった。IFFログに偽装の痕跡はない。これは……いや、これは事実だ』


〈ヴァイス〉『依頼主が出してくる情報というのは、えてして依頼主にとって都合のいい“切り取り”だけ、ということだな』


 ヴァイスの声は静かで、その冷たさだけがはっきり残る。


〈ヒロ〉「それにしたって、ここまで黙ってるのは悪質だ」


 ヒロは視界モードを切り替えた。RFのカメラが倒れたリッターの状態を映し出す。胴体側面には、さっきのドローンと同じタイプの徹甲弾の跡が無数につき、装甲板は削られ、抉られ、熱で変色していた。


「コクピットまわりだけ、やたらきれいに抜かれてるな」


 ゴーシュが映像を拡大しながらうなる。頭から胸部にかけて集中的に撃ち抜かれた穴がいくつも空き、角度もまとまり方も「乱射」ではなかった。


〈システム〉『各機の損傷状況を解析。全8機とも、コクピットブロックへの直撃で沈黙。一部に、ドローンの使用弾頭とは異なる弾痕を確認』


〈ヒロ〉「異なる?」


〈システム〉『高初速・高貫通の小口径弾と思われる。多脚ドローンの射撃パターンとは弾道特性が一致しない。照準精度も明らかに“狙っている”』


「やっぱり狙撃だ。ドローンの仕事じゃねえ」


 ゴーシュのつぶやきに、アキヒトも同意するしかなかった。ドローンは群れで押してくる。削って壊すのはできるが、こんなふうに止める一点だけを抜く撃ち方は別物だ。エレファントも同じで、分厚い前面装甲には傷が散っているのに、最後に止めを刺したのはコクピット付近の一点だった。


〈システム〉『生命反応の有無を確認中——』


〈システム〉『ほとんどの機体から生命反応は検出できない。ただし前方のリッター1機から微弱な反応あり。コクピットハッチが半開状態』


「生き残りか?」


 ヒロが視線を向ける。ズームした映像に、リッター胸部のハッチがわずかに開いているのが映った。そこから人影が一人、ぶら下がるように外へずるりと出てこようとしている。


〈ヒロ〉「アキヒト、ゴーシュ。降りろ」


「了解」


 アキヒトは機体をリッターの近くまで歩かせ、姿勢を低くする。コクピットを開けてハーネスを外し、外へ出た。灰まじりの外気が流れ込み、口の中がざらついた。


 ハッチの縁には、内側から爪を立てたような跡がいくつも残っている。パイロットは自力で出ようとしたのだろう。縁に片腕だけをかろうじて引っかけた男が、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 グラウバッハのパイロットスーツは胸部が焼け焦げて破れ、ヘルメットのバイザーは血で濡れている。虚ろな目が、アキヒトたちをとらえた。


「動くな。今、固定する」


 アキヒトはとっさに声をかけ、ゴーシュと一緒に身体を支える。地面に寝かせると、男は苦しそうに息を吐いた。


「おい、生きてるか」


 ゴーシュが呼びかけると、男は喉を鳴らし、かすれた声で返す。


「ああ。まだだ」


「何があった。ここで何をしていた」


 アキヒトが問うと、男は一度だけ目を閉じ、言葉を探すように口を動かした。


「カルディアに先を越されたくなくてな。うちにも情報が回ってきた。“穴が開いた”って」


 そこまでは想像どおりだ。男は続けようとして咳き込み、ヘルメットの内側に赤がにじむ。


「施設に近づいたら、ドローンが出てきた。最初は数で来るだけだった。あれはまだマシだ。パターンさえ読めば押し返せた」


 息を整える間も短く、男は視線を宙へ泳がせた。


「問題は、そのあとだ。ドローンが急に引いた。掃除が済んだと言わんばかりに後ろへ下がって……次に来たのが、上だ」


 男の喉が鳴る。


「黒い影が上から降りてきた。隊長機のコクピットだけ、順番にだ。一発ずつ抜かれていった」


 アキヒトは反射的に周囲の静けさへ耳を向ける。いま聞こえるのは風と、機体の低い駆動音だけだった。


「ドローンなら撃ち返せた。だが、あれは照準の間がない。気づいたときには——」


 言いかけて、また咳が男の身体を揺らす。アキヒトは支える手に力を込めた。


「無理にしゃべらなくていい」


 それでも男は、倒れたリッターたちへ目だけを向けた。


「……ヘル」


 掠れた音が出て、男は眉を寄せて首をわずかに振る。


「違うかもしれない。でも、あの動きは」


 ひどい咳が続き、バイザーの内側に血が飛び散る。男は呼吸の間をつなぐように、最後の情報を押し出した。


「黒と緑の機体だ。肩に、折れた翼の赤いマークがあった」


 一拍、風の音だけが大きくなる。そこまで言うと、男の身体から力が抜け、ヘルメットの中の目が焦点を失った。


〈システム〉『意識レベル低下。バイタル、限界に近い』


「医療班を呼びたいところだが、時間も距離も足りねえ」


 ゴーシュが悔しそうに歯を食いしばる。アキヒトは男のバイザーをそっと閉じた。


(黒と緑の機体。肩に、折れた翼の赤いマーク。ヘルマーチ)


 頭の中でいくつかの影が重なり、嫌な一致だけが残る。


「ここまできれいにコクピットだけ抜かれてるの、やっぱりドローンの仕事じゃねえよな」


 ゴーシュが周囲を見回しながら言った。


「誰かが、このドローンと一緒に動いてたか、あとから横取りしたかだ」


 アキヒトは口を引き結ぶ。ドローンだけならまだ単純だが、「人間の狙い」が混ざった瞬間、空気が変わる。


〈ヒロ〉『アキヒト、ゴーシュ。そっちはどうだ』


「グラウバッハの生き残り一名。重傷。ドローンに押されたあと、別の何かに隊長機から順番に頭を抜かれたと言っていた。いまは意識がない」


 アキヒトはありのままを報告する。ヘルマーチの名は口に出さなかった。似た影が世界にもう一つくらいあってもおかしくない――そう言い訳できる余地を、かろうじて残すためだ。


〈ヒロ〉『了解。システム、他に熱源は?』


〈システム〉『周辺に活動中の反応はなし。ヘルマーチ系のIFFタグも検出していない』


〈ヒロ〉『ジル。カルディアからの事前情報と、今の状況がまったく合ってない』


〈ジル〉『ああ。「現場に他部隊なし」って言っておきながら、実際にはグラウバッハの試験中隊が丸ごと沈んでる。カルディアが気づかないはずがない規模だ』


〈ヴァイス〉『依頼主が出してくる情報というのは、えてして依頼主にとって都合のいい“切り取り”だけ、ということだな』


 ヴァイスの言葉に、ヒロが短く息を吐く。


〈ヒロ〉『最初から、こっちに渡すぶんは削ってあったってことか』


 激しい怒りではなく、冷たい苛立ちがにじむ口調だった。


〈ヒロ〉『ここでグラウバッハがどれだけやられるかも、カルディアにしてみりゃ、ただの“実験”なんだろうな』


〈ジル〉『その実験の材料にされてるって意味じゃ、うちも同じだ。現場の詳細ログは、契約どおりカルディアに即時送信されている。さっきのドローン戦も、この残骸地帯のデータも、もう向こうのサーバに上がってる』


 アキヒトは灰に膝をついたまま目を閉じた。弾薬ログやLSL負荷ログ、倒れたリッターのコクピットを外からなぞる映像――それらが、そのままカルディアの手に渡っている。


〈ゴーシュ〉『ってことは、俺たちが見たグラウバッハの“全滅現場”も、丸ごと向こうの材料か』


〈ジル〉『そうなる』


〈ヴァイス〉『企業同士の情報戦に、うちのログが勝手に組み込まれている、ということだな』


 ヴァイスの声にあからさまな怒りはない。だが、その静けさが重い。


〈ヒロ〉『ログを止めることはできない。止めたら止めたで、今度はこっちが契約違反だ』


 ヒロは一拍置いて続ける。


〈ヒロ〉『向こうが見るのは画面の中だけだ。ここで実際に灰かぶってるのは、俺たちだけだ』


 アキヒトは倒れたリッターと、その足元に転がるドローンの残骸を見渡した。無人機の群れ、その隙間に残された人間同士の殺しの跡。レゾナンスの残骸と企業の都合とヘルマーチの影が、白帯の外側で動いているはずなのに、結局ここまで流れ込んでくる。頭の中の靄は濃くなる一方だった。


〈ヒロ〉『ここで足を止めても状況は好転しない。グラウバッハが何と戦って、どう倒れたのか。それを確かめるためにも、先へ進むしかない』


 誰も反対しなかった。


 アキヒトは静かに立ち上がり、倒れたパイロットを一瞬だけ見下ろす。


「行こう」


 ゴーシュが小さくうなずいた。二人はRFへ戻り、再びコクピットに乗り込む。機体が立ち上がると、残骸地帯が足元で小さく見え、その向こうに半分だけ顔を出した研究施設の影が、じっとこちらを待っていた。



――次回、第32話「白のない通路で」へ続く

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