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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第七章 白の外で会う者たち

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第30話 レゾナンス残骸迎撃戦

 アキヒトの視界の先に、目標地点――灰に埋もれかけた広い窪地――があった。灰霧の向こうで地形がゆるく沈み、中央には四角い塊が半分だけ顔を出している。崩れた土砂とひび割れたコンクリートの隙間から、鉄骨の骨組みと剥き出しの白い壁がのぞいていた。


〈ノルン〉『目標区域、視界内。窪地中央の構造物を旧研究施設と推定』


 ヴァルケンストームの少し前で、アキヒトのストレイ・カスタムが足を止める。脚部センサーが灰の厚みと地面の硬さを拾い、踏み込みの感触を細かく返してきた。


〈ヒロ〉『全機、窪地の縁で一度止まれ。足元の強度を確認しろ。不用意に踏み抜くな。下が空洞の場所がある』


〈ゴーシュ〉『了解』


 ゴーシュの重装型がわずかに姿勢を沈め、ガンモの機体も盾を少し下げて斜面を見下ろす。灰は濃くないが流れが絶えず、遠景は白くぼやけていた。レーダーと光学が同時に霧の奥を掃き、回線の沈黙が短く伸びる。


〈ノルン〉『広域スキャン開始——』


〈ノルン〉『窪地内部に複数反応。数、20〜30。修正、最大で40前後。サイズはすべてRF未満。人型でもない。小型多脚機とホバーユニットの混成と推定』


〈VOLK-3/リュウ〉『RFじゃないのか?』


〈ノルン〉『反応の形と熱の出方が、RFの傾向と一致しない。推定全長2〜4メートル級。地上を走る多脚タイプと低空を滑走するホバータイプを確認』


 モニターに簡易シルエットが浮かぶ。蜘蛛のような脚を持つ塊と、底面に円盤状の推進器を抱えた箱の影。どちらも「乗る」ための形ではない。


〈ノルン〉『識別を照合中。一部反応から古い識別タグを検出。タグ形式、旧レゾナンス軍事研究所のコードと一致』


「レゾナンスの軍事研だと?」


 ゴーシュの声に、嫌な色が混じった。


〈ノルン〉『タグ自体は廃止済み。ただし識別パターンの一部が残存。現行の軍用ドローンでは使用されていない形式』


(ただの古い防衛システムじゃないな)


 反応数がじわじわ増える表示を見ながら、アキヒトは格納庫で見た子どもたちの顔を一瞬だけ思い出し、すぐに視線を前へ戻した。食い扶持だと割り切っても、この迎え方では笑えない。


〈ヒロ〉『全機、武装セーフ解除。近づきすぎるな。味方同士で撃ち筋が重ならない位置を取れ。窪地の縁から様子を見る』


 各機のモニター上で、武装ステータスが「SAFE」から「ARMED」に切り替わる。


 ——その瞬間だった。窪地の中央で、何かがわずかに光った。


 灰をかぶった地面があちこちで割れ、黒い影がいっせいに跳ね上がる。蜘蛛型の多脚機が脚を広げて走り出し、その上をなぞるように箱型のホバードローンが低空を滑ってきた。


〈ノルン〉『敵ドローン、起動。こちらのレーダー照射に反応したと推定』


「ずいぶん派手に迎えてくれるじゃねえか」


 ゴーシュがぼそりと毒づく。


〈ヒロ〉『前衛、散開。距離を取れ。リュウ、ポチ、高所を取れ。群れをまとめてるやつを探せ』


〈リュウ〉「了解。VOLK-3、右側斜面を上がる」


〈ポチ〉「VOLK-5、左側。索敵を広げる」


 リュウとポチの機体が斜面に沿って駆け上がり、窪地の縁へ向けて多脚ドローンの群れが跳び出してくる。先頭の1機が脚を止め、砲身をこちらに向けた。


 細い光が瞬き、アキヒトの視界の端で装甲が弾ける。


「っ――」


〈機体システム〉『被弾。左肩装甲、貫通なし』


〈ノルン〉『弾種、対装甲の徹甲系と推定。機能への致命的損傷はなし』


 続けざまに、別のドローンが丸いカプセルを射出する。空中で弾が割れ、白い閃光とともに、ざらついたノイズがセンサー画面を覆った。


〈ノルン〉『電磁干渉。強い電磁パルス。複数センサーに一時的な乱れ。LSLへの直接ダメージはなし。補正負荷が上昇』


(徹甲に電磁。やっかいだな)


 距離を詰めれば干渉で照準が踊り、灰霧も重なって当てづらい距離へ引きずられる。


〈ヒロ〉「接近戦は避ける。射撃で削る。前衛は縁を使って上下差を取れ。頭じゃなく、動力部と脚を狙え」


〈ゴーシュ〉「VOLK-2、了解」

〈リュウ〉「VOLK-3、了解」


 ゴーシュの重装機が腰のキャノンを構え、ガンモの機体は盾を前へ出して一歩だけ前に出る。味方の撃ち筋を広げるための動きだった。


 アキヒトは上半身の旋回に合わせてアサルトライフルを振り、引き金を刻む。灰の中に赤い線が走り、駆けてくる多脚ドローンの脚が順に折れた。一体、二体。倒れた個体を踏み台にして後続が飛び越えてくるが、そこに迷いはない。


〈ノルン〉『敵群の行動パターンを解析中——』


 高所に上がったリュウ機から長射程ライフルの発射音が回線越しに届く。


〈ゴーシュ〉「右側、ちょっと変なやつがいる。脚の本数が少ない。ほかより動きが落ち着いてる」


〈ポチ〉「左も同じタイプ確認。頭のところにアンテナ束みたいなのがある」


〈ヒロ〉「“アンテナ付き”を優先して落とす。群れの中で動きが違うやつからだ」


〈アキヒト〉「ノルン、“アンテナ付き”をマークしろ」


〈ノルン〉『了解。信号のやり取りから推定。“アンテナ付き”は周囲への指示を集約している。群れの中枢と判断』


〈ヒロ〉「VOLK-3、VOLK-5。まずその“中枢”から落とせ」


〈リュウ〉「言われなくても」


 高所からの一射で、右側の“アンテナ付き”の頭部が吹き飛ぶ。同時に、その周囲の数機の脚が同じタイミングでもつれた。


〈ノルン〉『中枢ユニット1機撃破。周辺ユニットの動きに乱れ』


〈ポチ〉「左の“アンテナ付き”、マーク入れる」


 ブレイン・モールの腹部ハッチから小さなドローンが灰のすぐ上を走り、多脚の足元へ取りつく。発信機弾を1発だけ貼りつけるように撃ち込んだ。


〈ノルン〉『マーキング完了。座標を狙撃席へ共有』


〈リュウ〉「受け取った。2体目、いく」


 もう一射。印をつけられた“アンテナ付き”の頭部が弾け、周囲の動きがまとめてぎこちなくなる。


 その隙を逃さず、前衛ラインから火線がいっせいに走った。味方同士の危険な重なりは避けたまま、敵の進路だけを交差射撃で潰していく。


「まだだ。数を減らす」


 アキヒトは迷いの種をトリガーの反復に押し込み、撃ち続けた。白帯のときのような「ここから先は通さない」という線は見えないが、撃つ相手は同じだ。灰の中から出てきて、こちらを殺しに来るもの。


「ゴーシュ、そっちの側面、空いてるぞ!」


〈ゴーシュ〉「分かってる!」


 キャノンが火を吹き、斜面を駆け上がろうとしていた多脚ドローンが一列まとめて吹き飛ぶ。破片が雨のように降り、灰に突き刺さった。


〈ノルン〉『敵残数、15。10。修正、8』


〈ヒロ〉「押し切る。前衛は一歩だけ詰めろ。出すぎるな。残りを散らす」


 ガンモの盾が飛んできた徹甲弾を弾き返し、その影から伸びたバルカンが近づいたホバードローンを蜂の巣にする。リュウの狙撃とポチの誘導データに合わせるように前衛の撃ち筋が寄り、灰の中で黒い影が一体ずつ崩れていった。


 最後の1機が爆ぜ、窪地の中にしばらく煙だけが残る。


〈ノルン〉『全周スキャン。敵反応、現時点でゼロ。一時的に制圧完了と判断』


 アキヒトはようやくトリガーから指を離す。モニターの隅に自機のログが出た。


《弾薬残量:主兵装 約半分/副兵装3割弱》

《LSL負荷:ピーク値8割》


(干渉で補正が跳ねたか)


 ゴーシュ機のログも共有され、重装機ですら主砲の残弾が目に見えて削れているのが分かった。


〈ノルン〉『交戦データの解析、ひとまず完了。共有する』


 ノルンの声が戦闘時より一段落ち着く。


〈ノルン〉『今回のドローンは動きが揃いすぎている。反応速度は高いが、行動の型が固定されている。中枢機を通じて、施設内のどこかから同じ指示が流され続けている可能性が高い』


「つまり、こいつらだけが残ってるわけじゃないってことか」


 ゴーシュが低くうなる。


〈ノルン〉『旧式の防衛システムにしては、数も密度も異常。何者かが、あるいは何かが、まだ制御を続けていると考えるほうが自然』


 窪地の中央に顔を出した施設の影が、改めてアキヒトの目に入った。さっきまで埋もれていた建物が、いまはじっとこちらを見ているように感じる。


(ただの残骸じゃない)


 銃口から立ちのぼる熱と、LSL越しに伝わる微かな疲れが腕にまとわりつく。まだ施設の内部には入っていない。いまの戦いは玄関先の応対に過ぎないと思うと、次の重さが増してくる。


〈ヒロ〉「ノルン。弾薬と負荷のログをまとめろ。さっきの交戦ぶんも全部だ」


〈ノルン〉『了解。共有フォルダへ送信。契約どおり、カルディアへの送信も開始済み』


 画面の片隅で「データ送信中」の表示が点滅する。


(撃った弾も、拾ったログも、まっ先にカルディアの机に乗る)


 思考の端に、別のざらつきが残った。橋を落としたのはヘルマーチだ。そこは分かっている。それでも、あとから回ってきた報告書で太字になっていたのは「損失」と「コスト」だけで、あの橋にいた人間のことは一行もなかった。


 その紙を書いた連中に、いま自分たちの戦いの数字を流している。言葉にしないまま、引っかかりだけが残る。


〈ヒロ〉「前衛は斜面を使って、慎重に下へ降りる。リュウ、ポチはそのまま上からカバー。これはまだ入口の確認にすぎない。油断するな」


「了解」


 白帯はない。歩幅を揃える導光ラインもない。それでも、この先に進む理由だけはアキヒトにもはっきりしていた。


(どこで戦おうと、最終的に灰が向かう先は白帯だ。だったら、ここで知らないふりはできない)


 ストレイ・カスタムの足が、ゆっくりと窪地の斜面へ踏み出した。



――次回、第31話「灰の窪地の全滅跡」へ続く

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