第29話 線の内側の約束
ヒロたちが格納庫へ続く通路を曲がると、黄色いラインの内側に小さな列ができていた。《光の園》の子どもたちとサキだ。
「来た!」
先頭のタクトがVOLKを見つけて手を振り、つられて小さな手がいっせいに上がる。
「今日は白帯? 灰の中のてきと戦うの?」
ヒロはタクトの目を正面から受けて、少しだけ言葉を選んだ。
「違う。今日は外回りだ」
「外回り?」
「遠くまで行って、帰ってくるだけ」
「ふーん」
タクトは首をかしげたが、すぐ別の方向に跳ねた。
「じゃあさ、帰ってきたら、またゼリー食べてもいい?」
「お前、そこかよ」
ゴーシュが笑うと、子どもたちが次々に声を重ねる。
「この前の青いゼリー! ぷるぷるのやつ!」
「わたし、赤いやつがいい!」
「ゼリーは隊長じゃなくて、ジルに言え」
ヒロが苦笑すると、ジルが肩をすくめた。
「補給状況と相談だな。無事に帰ってきてくれたら、考える」
「やった!」
小さな跳ね方が廊下に広がる。そこでポチが、通路の床をつま先で軽く叩いた。
「ゼリーの前に、ラインだろ」
「え?」
「帰ってきたら、また黄色いラインの内側だけでかくれんぼ。前にやったやつ」
「あー、あれ!」
「捕まらないようにするやつ!」
「そう。それ」
ポチは端の小さな子の頭をぽんと撫でて、声だけ少し真面目にした。
「だから、ちゃんと待ってろ。ラインの内側でな」
今度は別の子が、アキヒトの袖をつかむ。
「お土産話、持って帰ってきてよ。外って、どんな感じか、もっと知りたい」
「外って言っても、灰ばっかりだ」
アキヒトは口元をわずかにゆるめる。
「帰ってきたら話してやる」
「約束」
袖を握る小さな手が、ぎゅっと力を増した。アキヒトは、その重さを指先に残したまま視線を上げる。
子どもたちの少し後ろで、サキが控えていた。子どもたちを横目で確かめてから、ヒロへ一歩近づく。
「ヒロ。……危険な任務なの? 橋のときみたいなのは、もう……」
B3の光景が、言葉の先を止めた。
「今日は白帯じゃない」
ヒロは、まずそこだけを切って落とす。
「白帯には出ない。企業の依頼で、外の様子を見て帰る。安全と言い切れないが、あの日とは違う」
サキの肩から力が抜ける。
「分かった。子どもたちのことは、ちゃんと見てる。だから、ヒロたちは——」
「分かってる」
ヒロは視線だけで子どもたちを一巡した。
「こいつらの泣き顔は、俺も見たくない」
サキは小さく笑って子どもたちの方へ戻り、いつもの口調で釘を刺す。
「じゃあ、ここから先は危ないから、ラインの内側から出ないこと。約束、覚えてる?」
「はーい!」
元気な返事が返り、VOLKの面々はそれぞれ頭や肩に軽く触れてから、格納庫へ続く扉へ向かった。
扉の影に入ったところで、ゴーシュがジャケットの襟を片手で直しながら、ぼそりと言う。
「結局さ。こういう企業の仕事も、あいつらの食い扶持なんだよな」
「弾も燃料もタダじゃねえ。飯も勝手には出てこない。条件が気に入らなくても、誰かが行かなきゃ回らねえ」
「で、残ってるのが、うちらってわけね」
ポチが淡々と継ぐ。
「うんざりするけど」
「うんざりしないやつは、とっくにどこかで降りてるさ」
ゴーシュはそう言って、小さく笑った。
アキヒトは、さっき袖を握られた感触をまだ指先に残していた。橋が折れた日、あの子が艦の中で泣きながらサキの袖にしがみついていた——あとから聞かされた話が、ふっとよみがえる。
いまは笑って手を振っている。それでも、橋のあとで変わった何かは、もうあの子たちの中にもある。
(白帯じゃなくても、撃つ相手はそう変わらない)
灰の中から出てくるもの。企業同士の取り合いに混ざってくる武装した連中。ヘルマーチみたいな、何をしてくるか分からない相手。
(こっちが撃たなきゃ、あいつらが放り出されるだけだ)
理屈は立つのに、違和感だけが残る。
格納庫の扉が開くと、RFたちの影が並んでいた。整備員の声が行き交い、油と金属の匂いが混ざる。
〈艦内管制〉『VOLK-1、搭乗開始。VOLK-2、VOLK-3、順次続行』
頭上のスピーカーから落ち着いた声が流れ、アキヒトは自機のはしごを登りながら、視界の端に浮かぶ表示を追った。
《任務プロファイル確認》
《白帯タグ:——》
《依頼種別:企業依頼/カルディア社》
B3のときには《白帯護衛》の文字がそこにあった。タグの一行が変わるだけで、背負う重さの理由が入れ替わる。
(タグがどうであろうと、やることは変わらない)
自分に言い聞かせるようにシートへ身を沈め、ハーネスを締めてスイッチ類を順番に確認していく。
「VOLK-2、システムオールグリーン」
「VOLK-3、同じく」
各機から順に声が返る。
〈艦内管制〉『全機、発進シーケンスに入る。カタパルト1、VOLK-1をセット。2、VOLK-2。3、VOLK-3』
機体がレールに固定される振動が、コックピット越しに伝わってきた。
「よし」
ヒロの声が回線に乗る。
〈VOLK-6(ヒロ)〉「VOLK、出る。さっさと終わらせて、ゼリーの約束を守ってやるぞ」
回線の向こうで、誰かが小さく笑った。
〈艦内管制〉『カタパルト1、射出まで3、2、1――』
重力が身体を座席に押しつけ、視界が前へ引かれる。
灰色の荒野へ、白帯の外へ向かう。先に何が待っているかは分からないが、戻ってくる場所だけははっきりしていた。黄色いラインの内側で、列を作って待っている、あの小さな背中たちのところだ。
――次回、第30話「レゾナンス残骸迎撃戦」へ続く




