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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第七章 白の外で会う者たち

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第28話 食うための任務

 ブリーフィングルームで、アキヒトはB3の橋が落ちてから艦にまとわりつく重さを、数字として見せつけられていた。白帯護衛の出撃は減り、代わりに企業からの「相談」が増えている。


 モニターには直近6か月の収支ログ。白帯護衛の売り上げは下り坂で、その他請負とRF整備費だけが逆に伸び、端に赤い「−12%」が刺さっていた。


「このままだと数か月のうちに予備弾薬の仕入れに制限がかかる。RFの大規模オーバーホールは、もう先送りになってる」


 ジルは事実だけを並べた。アキヒトは黙って数字を見る。白帯任務を失えば、ここは「白帯の護衛部隊」でいられない。そうなれば、自分がここにいる意味も薄くなる感覚だけが残った。


「で、次だ」


 腕を組んでいたヴァイスが立ち、端末を操作する。表が消え、灰色の地図が出た。灰に覆われた地形、細い白帯、その少し外側。赤い丸で一点が囲われ、カーソルが点滅している。


「依頼主はカルディア社。案件番号C-27。場所は旧レゾナンスシティ外周部。地形崩落で、最近になって地上からアクセスできるようになった地下施設だ」


 カルディアの名が出た瞬間、室内が一段静かになる。アキヒトの脳裏を、B3のあの日がかすめた。橋を落とされた側がカルディアだと分かっていても、「企業」を丸ごと信用できない感覚は残る。


「カルディアの説明では、“レゾナンスシティ時代の研究施設”だそうだ」


 ヴァイスが淡々と続ける。


「目的は三つ」


 画面右に箇条書きが並んだ。


「一つ。施設周辺の安全確認。ミュータントや旧式兵器、不審なRFがいないかの確認と排除。

 二つ。施設内部のセキュリティ確認。罠や自動防衛装置の有無。

 三つ。施設の“データバンク”と“中枢コア”の確保。物理的に回収するか、向こうの指定手順で遠隔削除」


「中枢コアって、なんのコアだよ」


 リュウが頬杖のまま言う。


「そこは“企業秘密”だな。軍事か資源か、その辺りだろう」


 ジルが肩をすくめ、別シートを呼び出した。契約書の抜粋が重なる。


「問題はこっち。ログとデータの扱いだ」


 ジルがスクロールを止め、数行を指で追う。


「現場で取ったセンサー記録、映像、音声、それから施設内部のシステムログ。これらは全部、カルディアの暗号キーを通してリアルタイムで送信すること。……これが条件になってる」


「リアルタイムって、全部そっちに直行ってこと?」


 ポチが目を丸くする。


「ああ。うちの端末やノルンでいったん受け取るが、同時にカルディア側のサーバにも飛ぶ。さらに“ログの二次利用禁止・外部持ち出し禁止”。こっちで自由に使うのは契約違反だ」


「俺たちが見たものを、自分の判断であとから使っちゃダメってことか」


 ゴーシュが顔をしかめ、契約書の文字をにらむ。


「現場で命張って集めた“目”まで、企業の持ち物ってわけだ」


「おおむねそういうことだ。現場の映像も施設データも、“カルディア抜きでは使うな”って条文が付いてる」


 ジルが苦い顔で補足した。


「そのかわり報酬は通常出撃の2倍。燃料費と弾薬費は一定範囲までカルディア負担。ただし」


 ジルの指が画面下へ移る。


「“事故および戦死に対する補償”は薄い。死亡時は最低限の弔慰金と、RFや装備の損害の一部補填だけ。長期の治療が必要な負傷への上乗せは、ほとんどない」


「現場で死んだら、その数字で終わりかよ」


 ガンモが低く言い、椅子に沈めた拳が小さく鳴った。


「死んだやつや壊れた機体には、この額で我慢しろってことだな」


 ゴーシュが舌打ちする。


「うちはカルディアにいい顔するために動いてるわけじゃねえぞ、艦長。ログは向こうの取り放題、こっちは危ない場所を先に踏んで、補償はスカスカ。……カルディアにだけ、先においしいところを拾わせる仕事じゃないか」


「カルディアだけじゃない」


 ジルが口を開いた。


「この施設の噂は、もう他の企業にも回ってる。評議会の共有ログを見る限り、すでに他社の調査部隊も計画を出してる。……うちが行かなくても、そのうち別の傭兵団が踏む」


「つまり取り合いか」


 リュウが天井を見たまま笑う。


「ミュータントと旧兵器だけじゃなくて、企業同士の撃ち合いもあり、ってやつだな。ヘルマーチが混ざってきたら、笑えねえけど」


 短い沈黙が落ちた。


「今は、白帯護衛だけじゃグレイランスを回せない」


 ジルが静かに言う。


「艦の維持費も、子どもたちの生活もタダじゃない。弾も燃料も、誰かが代わりに払ってくれるわけじゃない」


 誰もすぐには返さなかった。アキヒトはモニター隅の「乗員生活費」に目をやる。そこには光の園の子どもたちの食事や衣類、寝床の費用も含まれている。


 渋い納得だけが腹の底に残った。


「白帯に、直接は触れない任務だ」


 ヒロがようやく口を開く。隊長席から立ち、地図を見上げた。


「けどな、レゾナンス由来の施設をこのまま灰の下に放っとくほうが危ない。中に何が眠ってるか分からない。ミュータントの巣かもしれないし、古い兵器が勝手に目を覚ますかもしれない。そうなったら結局ツケは白帯に回ってくる」


「カルディアが拾ったものを、どう使うかまでは口を出せない。そこまで面倒を見る余裕は、正直ない」


 ゴーシュがあきれたように笑う。


「企業なんて、どこも似たようなもんだ。都合がよけりゃ白帯に物資を回すし、都合が悪くなりゃ切る」


「それでも、危ないものが野ざらしで残るよりはマシだ」


 ヒロは言い切った。


「俺たちが行って、何があるか確かめる。どこまでが危険かって線くらいは、自分たちで見ておきたい。そのあとカルディアが何をするかまでは、悪いが抱え込めない」


 アキヒトは横目でヒロの横顔を見る。言っていることは理解できる。拾ったものをどう使うかは企業が決める――そこがいちばん気に入らない。


「やらない理由にはならない」


 自分の声が思ったより小さく出た。ヒロが一瞬こちらを見るが、アキヒトは地図から目を外さず続ける。


「どうせ誰かが行く。だったら、まだマシなほうが踏んだほうがいい」


「“まだマシなほう”ってのが俺たちって話か」


 ゴーシュの口元が少しだけ緩む。


「ヘルマーチとか、訳分からん傭兵団に先に入られるよりは、マシかもな」


 苦笑が部屋に広がり、笑い切れない分だけ空気がわずかにほぐれた。


 ヴァイスは面々の顔と、モニター隅の「乗員生活費」を順に見てから、短く結論へ落とす。


「分かった」


 机に両手をつき、立ったまま告げた。


「これは白帯任務じゃない。評議会から降りてきた護衛案件でもない。だが、グレイランスと、ここにいる人間を生かすための仕事だ」


 声は大きくないのに、隅まで通る。


「カルディアを信じているわけじゃない。ログの扱いも一方的だし、拾ったものをどう使うかも向こう次第だ。それでも、この仕事を取れば、しばらくは燃料も弾も心配せずに済む。子どもたちの飯も削らずにすむ」


 一拍置き、決める。


「だから、この案件を受ける」


 ジルが小さくうなずき、端末で承認操作をした。モニター隅に「契約ステータス:成立」が出る。


「ただし」


 ヴァイスが言葉を切り、視線をVOLKへ向ける。


「この先で、明らかに白帯側の安全を損なうと判断したときは――契約条項に反してでも、撤退を優先する」


 ジルの目がわずかに見開いた。


「艦長、それは――」

「カルディアには言わない」


 ヴァイスが静かに遮る。


「企業同士が何を取り合おうと、白帯を守るために積み上げてきたものを、自分から崩すつもりはない。そこだけは、クレイヴアクトとして譲れん」


 アキヒトは内心でうなずいた。その一言が、薄くなりかけていた「ここにいる理由」をつなぎ止める。


「VOLK」


 ヴァイスが隊の名を呼ぶ。


「いつもどおり、各機の整備と補給を済ませておけ。出撃準備に入る。詳細な行動計画は艦内端末と各機のプロファイルに送る。現地で他社と当たる可能性も高い。覚悟しておけ」

「VOLK、了解」


 ヒロが立ち上がって敬礼し、アキヒトたちも席を立った。


 退出前に、ヴァイスが一言だけ付け加える。


「これは、食うための仕事だ。だが、守るものは変わらん。俺たちの白だ。そのことだけは、取り違えるな」


 その言葉を背中で受け、アキヒトは扉へ向かう。扉の向こうには、いつもと変わらない艦内通路が続いていた。先にあるのが白帯ではなく、その外側の灰の地だとしても。



――次回、第29話「線の内側の約束」へ続く

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