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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第五章 灰を食う街と、子どもたちの箱

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第24話 灰の中のささやかな明かり

 サキにとって、帰り道の灰は数値で見れば行きとほとんど変わらない。けれど膝の上の呼吸が一定で、それだけで肩の力が少し抜けた。


〈HUD〉[酸素飽和度: 96%/心拍: 安定]


 前方モニター隅の表示を見て、サキはユウタのマスクに目を戻す。内側の白い曇りは増えては消え、呼吸も穏やかだった。足元から伝わる振動は規則正しく、画面の下では白帯が一本の光の線になって伸びている。


 ユウタの指先が毛布の端を弱くつまんだ。


「寝ててもいいよ。ちゃんと戻るから」


 前席で、アキヒトの肩がわずかに動いた。


 沈黙が続いたあと、不意に声が飛んでくる。


「なあ、ひとつ聞く」


「はい?」


 見えるのは彼の背中と、その向こうの灰だけなのに、言葉を選んでいる気配が伝わった。


「なんで、あいつらはユウタをあそこまで欲しがる? お前の話だと、"普通の孤児"なんだろう」


 診察室のガラス越しに見た白衣たちの目がよぎる。肺の画像と、「E6因子」「自然発生例」という言葉も。


「うん」


 サキは短くうなずいて、続けた。


「ユウタは、最初から灰の外で生まれた子だよ。私や、グレイランスにいる子たちのほとんどは、"灰の中"で生まれてる。企業の施設とか、灰膜が当たり前にある場所で」


「私たち?」


 アキヒトが短く返す。サキは、いま口にした言い方を押し戻せず、そのまま言葉をつないだ。


「施設では検査が多い。数字を取られて、役に立つって判断された子は別の場所へ連れていかれる。何も出なかった子だけが、白帯沿いの孤児院に"移されて"いくの。光の園も、そのひとつ」


 言ってしまってから、サキはユウタの頭に手を置いた。いまは眠っている小さな重みが、余計な言い訳を止める。


「移送の途中で襲われて、車列がばらばらになって。拾われて来た子もいる。私も、その一人」


 前席から返事はない。HUDの数値は変わらないのに、自分の息だけが少し乱れる。


「でもユウタは違う。企業の街の中で生まれて、フィルターのきいた空気で育った。灰をほとんど知らないまま、ここに来た子だった」


 そこでサキは言葉を切る。「普通の子」というラベルを、また口にしそうになって飲み込んだ。


「あ、ごめん。今の、忘れて」


 しばらくして、アキヒトが短く返す。


「そうか」


 問い詰めも、慰めもない。ただ受け取っただけの声で、サキはそれ以上言えなくなった。


 その沈黙を、別の声が割る。


「ここ、どこ?」


 ユウタが目を開けていた。マスク越しの瞳が、ぼんやり計器とHUDを追い、フロントモニターの灰の世界と一本の白帯で止まる。


「ユウタ? 起きちゃった? 苦しくない?」


「だいじょうぶ。ちょっと、へんなにおい」


 鼻をひくつかせたあと、ユウタの目がぱっと大きくなった。


「すごい。ほんものだ。おっきい」


 その一言で、さっきの重さが少しだけ遠のいた。


「アキヒトの、きかい?」


 アキヒトの肩が揺れる。振り向きはしないが、横顔の硬さがわずかにほどけた。


「機械じゃない。RF-17SC、ストレイ・カスタムだ」


 語尾がほんの少しだけ柔らかい。


「今日は特別にお前の救急車だ。調子に乗るな」


「うん。とくべつ、すごい」


 ユウタの声が、マスク越しに弾む。サキは、その横顔がいつもより軽く見えるのに気づき、何か言いかけてやめた。ここで言葉を足すと、いまの空気まで崩れそうだった。


「また、のってもいい?」


「調子に乗るなって言ったばかりだ。それに、これは遊び場じゃない」


「そっか」


 肩を少し落としても、ユウタは笑っていた。


〈HUD〉[索敵: 前方3,000メートル、味方艦影/IFF: グレイランス]


 モニターの奥に、鈍い灰色の塊が浮かぶ。地表を滑る陸上戦艦、グレイランス。側面の艦番号と擦り減った塗装が見え、近づくほど側面ハッチへ伸びる誘導ラインと、甲板の係留設備が形を持った。


 アキヒトは操縦桿をわずかに倒し、着艦ハッチへ進路を合わせる。


 *


 着艦ハッチが開き、格納庫の灯りが広がった。白枠の中でストレイ・カスタムが止まり、頭上でクレーンが動く。背中の固定金具にフックが噛みつき、かちり、とロックピンが鳴った。


〈HUD〉[機体固定: 完了]


「戻ったよ」


 サキはユウタに声をかけ、膝の上の体を支え直す。


「今から降りるね。怖くないように、ちゃんと支えるから」


「うん」


 コクピットハッチが開き、冷たい艦内の空気と油と金属の匂いが流れ込んだ。外側のざわめきが一気に近づく。


「戻ったぞー!」「ユウター!」


 子どもの声が真っ先に飛び込んできた。格納庫に集まった子どもたちの輪へ、ストレイ・カスタムの胸部から梯子が降りる。アキヒトが先に下り、サキがユウタを抱えたまま慎重に続いた。


「サキ先生!」


「ユウタ!」


 床に足をついた瞬間、子どもたちが駆け寄ってくる。


「ユウタだけずるい!」「中、どんなだった?」「こわくなかった?」


 口々の声に、ユウタは少し照れたように笑った。マスクはつけたままでも、目元で分かる。


「すごかった。ボタンがいっぱいで、まえが、ぜんぶ、がめんで」


「いいなあ!」「おれも乗りたい!」


「だーめ」


 サキが笑って手を広げる。


「今日は特別なの。勝手に乗ったら怒られるよ?」


 輪の中がまた騒がしくなる。


「ねえねえ、それなに?」


 誰かがユウタの手元を指さした。ユウタが握っていた白い筒状の吸入器だ。透明な部分に、わずかに色のついた液体が見える。


「あ、これ。くすり。とくべつなんだって」


「特別?」


「うん。ぼくのためのやつ。これ、すったら、ぜんぜんくるしくない」


「すごーい」「いいなあ」「ぼくも病院いったらもらえる?」


「それは困るから、元気でいてね」


 サキが笑って制した。


 輪の少し外側に、アキヒトが立っている。声の届く距離で、輪の中には入らない場所。腕を組んで、静かに見守っていた。


 ふと視線を上げると、格納庫の奥でRF-17Cヴァルケンストームの肩の上にヒロがいる。工具ベルトからケーブルを引き出し、シールド側のパネルを開けようとしていた手を止め、工具を宙ぶらりんのまま下を見ていた。


 子どもたちの輪の中のサキとユウタ、その少し後ろで外側を守るように立つアキヒト。音だけなら、いつもの賑やかな格納庫だ。だが、その一角だけは、見え方が変わる。


 ヒロは小さく息を落として、ひとつだけ言葉にする。


「そう簡単に、捨てられる顔じゃないな」


 誰のことかは、はっきりしないまま。ヒロはもう一度だけ輪を見下ろし、工具を握り直した。


 灰の中では、まだUDFの補給車列が灯りを並べている。グレイランスは、そのあいだに浮かぶ、小さな一隻だった。



 ――次回、

 第六章 ヴァイス艦長のひまつぶし

 第25話「筋肉バカと脚部整備と艦長のため息」へ続く

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