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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第七章 白の外で会う者たち

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第29話 線の内側の約束

 翌日、格納庫へ続く通路を曲がったところで、黄色い境界の内側に小さな列ができているのが見えた。


『光の園』の子どもたちとサキだった。


「来た!」


 先頭にいたタクトがこっちを見つけて手を振ると、隣の子どもたちもつられて手を上げた。小さな手がいくつも揺れて、通路の空気が少しだけ柔らかくなる。


「今日は白帯? 灰の中のやつと戦うの?」


 タクトがヒロを見上げて聞いた。


 ヒロはその目を正面から受けて、少しだけ言葉を選んだ。


「今日は違う。外の調査だ」


「調査?」


「遠くまで行って、様子を見て、帰ってくる」


「ふーん」


 タクトは分かったような、分かっていないような顔をしたが、すぐに別のことへ興味が移った。


「じゃあさ、帰ってきたら、またゼリー食べてもいい?」


「お前、そこかよ」


 ゴーシュが笑うと、子どもたちが一斉に反応した。


「この前の青いやつ!」

「わたし赤いのがいい!」

「ぷるぷるしてたやつ!」


「ゼリーは隊長じゃなくてジルに言え」


 ヒロが苦笑すると、ジルは肩をすくめた。


「補給と相談だな。無事に帰ってきたら考える」


「やった!」


 子どもたちが小さく跳ねる。そこでポチが、黄色い境界の内側を指で示した。


「ゼリーの前に、ここから出るなよ。前にやったろ。帰ってきたら、この中だけでかくれんぼ」


「あー、あれ!」

「捕まらないようにするやつ!」


「そう、それ。だからちゃんと待ってろ。黄色いところの内側でな」


 ポチは端にいた小さな子の頭を軽く撫でた。いつもの軽い言い方だったが、そこだけ声が少し低かった。


 別の子が、俺の袖をつかんだ。


「ねぇアキヒト、お土産話、持って帰ってきてよ。外って、どんな感じか知りたい」


「外って言っても、灰ばっかりだぞ」


「それでもいい」


 袖を握る手に、少し力が入った。


 俺はその手を見てから答えた。


「帰ってきたら話す」


「約束?」


「ああ。約束だ」


 その返事で子どもは満足したのか、ぱっと手を離した。布に残った引っ張られた感触だけが、少し遅れて指先に残る。


 子どもたちの後ろにいたサキが、ヒロへ近づいた。


「ヒロ。……今日は、本当に白帯じゃないんだよね。橋のときみたいなことは、もう……」


 途中で言葉が止まった。


 B3の橋が落ちた日のことは、ここにいる全員が覚えている。サキも、子どもたちも、俺たちもだ。


「白帯には出ない」


 ヒロは先にそこだけ言った。


「企業の依頼で、外の施設を見に行く。安全とは言わない。ただ、あの日とは違う」


 サキは小さく息を吐いた。


「分かった。子どもたちは私が見てる。だから、ヒロたちは……ちゃんと帰ってきて」


「分かってる」


 ヒロは子どもたちの方を見た。


「あいつらにゼリーの話をされたからな。帰らないと面倒だ」


 サキは少しだけ笑って、子どもたちの列へ戻った。


「じゃあ、ここから先は危ないから、黄色いところから出ないこと。約束、覚えてる?」


「はーい!」


「声だけ元気でもだめ。足も出さない」


「はーい!」


 返事はさっきより少し雑だった。


 俺たちは、それぞれ子どもたちの頭や肩に軽く触れてから、格納庫へ続く扉へ向かった。


 扉の影に入ったところで、ゴーシュが小さく言った。


「結局、こういう企業の仕事も、あいつらの飯代になるんだよな」


「弾も燃料もタダじゃない。飯も勝手には出てこない」


 ガンモが返す。


「気に入らなくても、誰かが行かなきゃ回らない」


「で、残ってるのが俺たちってわけだ」


 ポチが言った。


「ほんと、うんざりする」


「うんざりしないやつは、たぶん傭兵に向いてない」


 リュウがそう言って、薄く笑った。


 俺は何も言わなかった。


 さっき袖を握った手の感触が、まだ残っている。あの子がB3のあと、艦内で泣きながらサキにしがみついていたと聞いたことがある。今は笑って手を振っているが、あの日のことが消えたわけではない。


 白帯護衛ではない。


 カルディアの仕事だ。


 それでも、艦を動かす金がいる。食料も、医薬品も、整備部品もいる。きれいな理由だけで艦は走らない。


 気に入る必要はない。


 仕事は仕事だ。


 格納庫の扉が開くと、RFたちの影が並んでいた。整備員の声が飛び交い、油と金属の匂いが流れてくる。


 頭上のスピーカーから、艦内管制の声が響いた。


「VOLK各機、搭乗開始。VOLK1から順次確認」


 俺はストレイ・カスタムのはしごを登り、コックピットへ入った。


 シートに沈み、ハーネスを締める。起動スイッチを順番に入れると、モニターに任務情報が浮かんだ。


《任務プロファイル確認》

《依頼種別:企業依頼/カルディア社》

《目的:旧レゾナンスシティ外周施設調査》


 B3のときには、そこに白帯護衛の表示があった。


 今回は違う。


 ただ、表示が変わっても、やることは大きく変わらない。前へ出る。敵がいれば止める。帰る場所を残す。


 俺は操縦桿を握り、機体の反応を確かめた。


「VOLK1、起動確認。ストレイ、問題なし」


 続いて各機の声が回線に入る。


「VOLK2、ブルロアー起動。弾は積んだ。撃ちすぎたらジルに怒られる」


「VOLK3、レイヴン・アイ起動。高い場所がないなら、今日は不機嫌だ」


「VOLK4、バッド・バンカー起動。盾は出せる」


「VOLK5、ブレイン・モール起動。ドローンも起きた。地下で迷子にならないことを祈る」


 ヒロの声が最後に入った。


「VOLK6、ヴァルケンストーム起動。各機、予定通り出る。外で企業軍や他の傭兵と当たる可能性は高い。先に撃つなよ」


「了解」


 返事が重なる。


 機体がカタパルトへ固定される振動が、シート越しに背中へ伝わった。


 艦内管制がカウントを始める。


「カタパルト1、射出準備。三、二、一――」


 体が座席へ押しつけられ、視界が前へ伸びる。


 グレイランスの格納庫を抜け、灰色の荒野が広がった。


 白帯ではない。


 企業の依頼で、灰に沈んだ施設へ向かう。先に何がいるかは分からない。ミュータントか、企業軍か、他の傭兵か、もっと厄介なものか。


 だが、戻る場所は決まっていた。


 黄色い境界の内側で、列を作って待っている小さな背中たち。


 そこへ帰るために、俺たちは灰の中へ出た。


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