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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第五章 灰を食う街と、子どもたちの箱

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第22話 後編 合理の外にある“家”

 サキの指先が震えカルテに皺が増えた。


 *


「あなたも最初は"プログラム"の対象だった。その結果、今こうして生きている。だからこそユウタ君にも――いえ、この症例にも同じ可能性を与えられる」


「思い出したくて残してる記録じゃないんです」


「感情的な抵抗は理解します。しかし――」


「黙れ」


 壁から離れアキヒトが割って入った。声は低く冷えている。


「サキのことをその口で並べるな。お前にそんな資格はない」


 トギの視線がアキヒトへ移る。


「合理的なのは分かる。治すための環境、数字、条文。頭ではな」


 アキヒトは一歩前に出てトギを見据えた。


「だが――お前らの"合理"は子どもの側には立っていない」


「というと?」


 アキヒトは顎でモニターの方向を示す。


「さっきのガラスの向こうだ。あそこでこの子を"患者"として見てたやつが何人いた? 何人が"サンプル"の目をしてた?」


 ヘルマーチのラボと大差はない。アキヒトの中で答えはもう出ていた。


「誤解です」


 トギは表情を崩さない。


「研究と医療は対立しません。データを取ることは彼自身の治療にもなるし将来の患者のためにもなる。あなた方がどう感じようとここではそれが正しいやり方です」


「サンプルとして欲しいならそう言え」


 アキヒトが椅子の背に手を置いた瞬間、サキのカルテが小さく鳴った。


「ただしその言い方を選ぶなら――」


 トギが机横のボタンへ指を伸ばしかける。警備の呼び出しだ。


 その前にアキヒトが言葉を重ねた。


「さっきの診断ログと会話、全部グレイランスに送ってある」


 トギの指が止まる。サキが息を飲みかけてこらえた。


「こっちのノルンとお前らのシステムはゲートの時点で同期してる。今もグレイランスのブリッジにはこの部屋の音声と映像がミラーされてる」


 どこまで通っているかは賭けだが要点だけでもジルが拾っている――アキヒトはそう信じて言い切った。


「UDF経由で灰災孤児保護条約の監督局に上げるのにボタン1つだ。孤児を救急搬入しておきながら企業都市が"研究目的"で囲い込もうとしたログが残る。それが条約機関に流れたら、カルディアやグラウバッハが黙ってると思うか? 都市を叩く口実が欲しい連中だ」


 トギの顔色が落ちる。


「それでもやるなら勝手にしろ。俺は――押すだけだ」


 部屋が静まり返った。モニターの心電図だけが一定の動きを続ける。


 数秒のあとトギの口元がわずかに動いた。笑っている。


「面白い。UDFに送るですか」


 端末を操作しながら視線を上げる。


「では"一時退院"として処理しましょう」


 声の調子がさっきまでと違う。


「そこまで言うなら"一時退院"の形にしよう。必要な薬と簡易吸入器一式を出す。ただし――月1回、必ず診察に戻ってくること。それが条件だ」


 トギはサキを見る。


「次回からはこの子だけで来てください。あなた方のような保護者は治療の妨げになる」


 さらに露骨に刺す。


「それと――次に似た真似をすればその"ログ"ごとこちらで処理する」


 サキの視線が揺れた。モニターのユウタとトギとアキヒト。その間を迷うように行き来する。


 灰の中へ連れ帰るのか。光の園の声が届く場所へ。

 それともここに残すのか。きれいな空気とガラス越しの視線の中へ。


「それなら」


 サキの声がかすかに震える。


「薬があれば、あの子は――」


「戻る」


 アキヒトが遮った。短くはっきりと。


「あいつの家はあっちだ。ここじゃない」


 サキの目が少しだけ大きくなり次の瞬間、表情に力が戻る。


「はい。ユウタを連れて帰ります。薬と吸入器、使い方を教えてください」


「了解しました」


 トギは端末を操作しながら言う。目の冷たさはそのままだ。


「看護師に薬と器具、それと簡易マニュアルを持たせます。次回の診察目安もそのときに伝える。忘れないことです」


 最後にアキヒトへ視線を送る。


「さっきのような脅しは二度と通らないと思ったほうがいい。次はこちらも正式な手順で対応する」


「好きにしろ」


 アキヒトは淡々と返す。


「その前にここからいなくなってる」


 必要なのは薬と知識だけであとは自分たちで抱える。モニターの中でユウタが小さく寝返りを打ちマスクの内側がふっと曇った。


 その曇りが消える前にこの街を出る――アキヒトはそう決めた。


 トギが立ち上がりかけてふと足を止める。


「ああ、そうだ」


 振り返らず背中越しに告げた。


「薬は4週間分しか出せません。それ以降はこちらで直接管理します」


 カルテを閉じる音が静かに響く。


「灰の中でこの症例がどれだけ持つか。S-09の時より条件は悪い。3ヶ月、持てばいい方か」


 独り言のようにしかしはっきり届く声で。


 扉が閉まった。


 部屋に残された二人はしばらく黙ってモニターを見た。ユウタの呼吸はゆっくり上下していてその小さな動きだけがここに連れてきた理由を言い続けていた。



――次回、第23話「フィルター塔に向けた照準」へ続く

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