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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第一章 白帯を歩く子どもたち

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第1話 灰と光

 ――白帯東部防衛線、D6区画。


 灰の大地は硬い。踏むと沈まず、表面だけが粉になって靴底にまとわりつく。風が吹くたび、粉は軽く舞い上がって、鼻の奥に刺さる匂いを残した。金属と乾いた土。それに、燃え残りの臭い。


 空は低い。雲というより、層になった灰の膜が広がっている。遠景は霞み、瓦礫帯の輪郭だけが帯のように黒く横たわっていた。崩れたビルの骨、折れた高架、ねじれた鉄筋。木々は立っているものほど中身が抜けている。枝は残っているのに葉がない。幹の表面だけが白く粉を被り、ところどころ剥がれて黒い芯が覗いていた。


 その灰の上を、白い線が走っている。


 白帯。地面に描かれた光だ。塗料でも照明でもない。掠れず、風で揺れず、瓦礫を跨ぐ箇所だけが不自然に明るい。線のそばには細い標識杭が等間隔に立ち、杭の根元だけが灰に埋もれず、踏み荒らされてもすぐ形を戻す。ここだけ世界が別の規則で動いているように見える。


 線の内側では避難民の列が途切れず進んでいた。家族の手、荷車のきしみ、背負った袋。音は小さいのに、数の重さだけが伝わる。行き先はE-7。白帯沿いに南へ、さらに東へ。止まれない流れだ。


 白帯の外縁、D6区画。瓦礫帯の手前で、RFバッファローが立っている。厚い装甲が風を受け、関節の隙間から熱が逃げているのが見えた。足元の灰が重さで平らに押しつぶされる。


 その周囲にスケルトンが四機。縦に長い躯体。薄い装甲板が重なり、脚は細いのに歩みだけは確実だ。さらに瓦礫帯の陰に歩兵が散る。ラインガード分隊。白帯の縁を割らせないための歩兵だ。目を外へ出す時間を最小にして、互いの位置だけを確かめ合っている。


〈中隊長〉「UDF東部方面軍。第23混成機械化旅団。第4RF大隊。第3中隊。各小隊、配置報告」


 無線の声は淡々としている。淡々としているのに、どこか古い。灰が降る前を知っている世代の声だとヴァシリは思った。景色の記憶が、声の奥に残っている。


〈一小隊長〉「一小隊、F-3区画。展開完了。バッファロー1、スケルトン4、ラインガード20。白帯外縁、異常なし」


〈二小隊長〉「二小隊、E-2区画。展開完了。こちらも同編成。避難列、通過継続」


 続けて自分の番が来る。


〈ヴァシリ〉「三小隊、D6区画、瓦礫帯前。展開完了。バッファロー1、スケルトン4、ラインガード20。白帯外縁、監視継続」


〈四小隊長〉「四小隊、C7。展開完了。風が強い。視界悪い」


〈中隊長〉「よし。四個小隊で線を張る。内側は避難民だ。外側は灰だ。間違えるな」


 バッファローの操縦席で、ヴァシリは短く息を吐いた。素顔のまま吸い込む空気が喉に引っかかる。ここに来るたび匂いで思い出す。灰は慣れない。慣れたふりを覚えただけだ。


 ラインガードの若手が瓦礫の影から白帯のほうを見た。白い線が避難民の足元を照らしている。あの光が安心に見えるのが、ヴァシリにはむしろ怖かった。


「これ、切れたらどうなるんですか」


 声が小さすぎて無線には乗らない。隣の班長だけに届く。


 班長は返さない。返す前にヴァシリが拾う。


「切れたらまず止まる。人が止まる。物が止まる」


「物?」


「水。薬。弾。食い物。運ぶ道が白帯しか残ってない区画が多い。切れれば遠回りもできない。灰原を横切った車列は帰ってこない」


 若手が唾を飲む音がした。指が白帯の内側へ寄りそうになる。それを班長が肘で押し戻す。


「線に寄るな。寄ったら逆に狙われる」


「狙うって、あいつら?」


 若手の視線は瓦礫帯の外へ向く。灰の向こうは見えない。見えないものに名前だけがある。


 ヴァシリは言うべきことだけを言った。


「灰から出る。ミュータントだ。白帯を襲う。道を切れば避難民が止まる。止まった列は群れにとって食い物だ」


 若手の手元が震えた。マガジンを落とし、金属音が小さく鳴る。すぐ拾い上げるが、手袋越しでも震えは消えない。


 その音にスケルトンの一機が反応した。頭部センサーがわずかに振れ、瓦礫帯の裂け目へ踏み出しかける。


〈ヴァシリ〉「スケルトン2、止まれ。線から出るな」


〈スケルトン2操縦者〉「反応、出てる。今なら拾える。追う」


 若い声だ。ヴァシリには分かる。勢いだけが前に出る。灰を怖いと思う前に成果を欲しがる。


〈ヴァシリ〉「追うな。外に出たら戻るために線が薄くなる」


〈スケルトン2操縦者〉「薄くなってもこっちで処理すれば――」


〈ヴァシリ〉「処理じゃない。守りだ。縁を割らせない。お前が出れば歩兵が穴埋めで動く。避難列が止まる」


〈スケルトン2操縦者〉「避難列はまだ距離が――」


〈ヴァシリ〉「距離の話じゃない。止めた時点で終わる。白帯は道だ。道が止まれば後ろが積む。積んだ人間は灰の中で一番弱い」


 言い切ったとき中隊長の声が割って入る。


〈中隊長〉「三小隊。若いのに言っとけ。灰の前は道なんて意識しなかった。どこへでも行けた。今は違う。一本切れたら町が一つ死ぬ」


 その言い方が妙に静かで、ヴァシリの背中に重く落ちた。昔を知っているからこそ言葉を盛らない。


 スケルトン2がまだ前へ出ようとする。命令に従っているふりをして角度だけを変え、瓦礫の裂け目へ視線を刺す。ヴァシリには焦りが透けて見えた。


 その瞬間、瓦礫帯の奥で灰が動いた。


 ひとつ影が出る。続けてもうひとつ。低い姿勢。地面を舐めるように走る。灰色の体が瓦礫に紛れ、見失いかけたところで白帯の光だけが輪郭を浮かせた。


〈スケルトン3〉「熱源、複数。キーテラ」


 その名でヴァシリの喉が渇いた。


 キーテラは灰から出る。そこまでは誰でも知っている。厄介なのは出方だ。姿を見てから構えても遅い。灰の膜が膨らむ。瓦礫の影がずれる。気づいたときには足元だ。


 外骨格の板が重なった獣。虫に似て脚が多い。低く滑るように走り、瓦礫を音も立てずに越える。撃てる場所には出てこない。狙うのは白帯の縁、避難列が寄る角、人が必ず踏む場所──そこへ先に回り込む。


 倒す相手じゃない。切りに来る相手だ。


 白帯が止まれば列が止まる。列が止まれば人が消える。


 ヴァシリは外部カメラ越しに裂け目を睨んだ。影は増えている。散っているのに向きが揃っている。


 名前が出た途端、ラインガードの若手の呼吸が早くなる。吐く息が白くならないのに胸だけが波打つ。


「こっちには来ないはずだろ」


 若手が半分泣きそうな声で言う。理屈に縋っている。ヴァシリにはそう聞こえた。


 班長が吐き捨てる。


「来るかもしれないからここにいる」


 ヴァシリも同じ結論を別の言葉で繰り返す。


「前衛はE-7に寄せた。あっちには外で削れる連中がいる。俺たちはここを割らせない。白帯の縁だけは絶対に空けるな」


〈スケルトン2操縦者〉「了解……っ」


 返事が遅い。遅さが怖さだ。あるいは欲だとヴァシリは思った。


 中隊長が低く言った。


〈中隊長〉「よく聞け。ミュータントは賢い。撃てる相手じゃなく切れる場所を噛む。白帯だ。避難列だ。補給だ。人間が守ってるものを狙う。だから守る側が迷った瞬間を突く」


 バッファローの胴体がゆっくり正面を向き直る。外部カメラの視界に瓦礫の裂け目が映る。灰の中にさらに影がある。数が増える。はぐれの動きじゃない。まとまりがある。


〈ヴァシリ〉「全員、持ち場固定。スケルトンは縁を跨ぐな。ラインガード、内側を見ろ。避難列を止めるな」


 命令は短くした。長く言うと足が止まる。


 次の瞬間、スケルトンの脚が一段速くなる。バッファローが一歩踏み出し、灰が跳ねた。


 最初の発砲音が灰の膜を叩いた。


 ――同じころ、白帯の内側では。


 *


 白帯の内側は匂いが違う。消毒と濡れた布。人が集まる場所の匂いだ。風が灰を運んできても線の周りだけは粉が薄い。踏んだ足跡がすぐに消えない。


 サキは子どもたちの列の脇を歩いた。手を引く子、背中にしがみつく子、黙って前だけを見る子。泣き声は出ない。出してはいけないと身体が覚えてしまったみたいに。


「離れないで。前だけ見て」


 言葉は短くした。余計な説明はここでは足を止める。


 遠くで鈍い音がした。砲声か崩落か、区別はつかない。けれど線の外で何かが始まっているのは分かる。ラインガードの兵が無線を聞き、口元を硬くした。


「D6、接触。数、増加――」


 言いかけて通信が別の報告で割り込まれる。


「E-7区画南。距離4キロ。前方熱源多数」


 サキは呼吸をひとつ整える。子どもたちを見た。見返してくる目がある。見返してこない目もある。


 線の内側にいる。それでも安心はない。

 歩く。止まらない。


 やがて白帯の外側に大きな影が立ち上がった。


 見慣れたラインガードのRFとは輪郭が違う。角ばった肩、背の武装、灰に汚れても消えない濃いマーキング。


「先生、あれ……いつものと違うよ?」


 袖をつまむ手に力がこもる。

 サキは昔の自分を思い出した。


 避難の列の中で立ち尽くし、泣き声も出せないまま動けなくなっていたとき、誰かが腕を掴んで白帯の内側へ押し戻してくれた。痛みより先に「ここにいろ」と言われた気がして、そこだけが救いだった。


 そのときも外側に巨大なRFが立って道を切り開いていた。


 顔も名前も覚えていない。「進んでいい」と許された感覚だけが今も薄れずに残っている。


「大丈夫。あれは外側を守るRFだよ」


 言った瞬間、思い出が遠い話じゃなくなる。


 あのときの心細さと支えられた強さが、いまの白い光の上で重なっていく。


「今日はね、外で戦う人たちが助けに来てくれてるの」


 子どもに言いながらサキ自身もその言葉で足場を作っていた。


 誰かが今日も同じ場所に立ってくれている。それだけで前を向けた。


 風がやみ、白帯の上の空気が張りつめた。


 外側で前衛のRFがゆっくり起動し、巨体の関節が動き出す震えが地面越しに足元へ伝わってくる。


 サキは小さく息をのみ、隣の子どもの肩をそっと抱き寄せた。


 ――次回、第2話「前衛、起動」へ続く

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