砂漠の光
一日一話目標に……
通常時でさえ扱いが大変なガーネットだ。
さぞ珍道中だっただろうなと同情しつつ黙って話を聞く事にする。
「まずガーネットは騎士団を辞めざるを得なくなった者達の家を片っ端から調べさせ私達を連れて一軒一軒訪ねる事を始めた。
怪我をしている者には魔法での治療を持って痛みを取り除き、家族を失い一人きりになって家に閉じこもってた者には力任せに引っ張りだし、暴獣の乱の影響で意味のなくなってしまった城塞を女王から無償で譲り受け人が住める場に建て直すように命じた。
後は我々も知っているように、乱れた治安を正すように見回りをし、職を失くした男女子連れ子供だろうがなんだろうが関係なく動ける者は城塞の修復に関わらせて安い賃金だが食事と修復の間の家を確保し、大所帯となった所でガーネットにギルド運営を提案させられたんだ。
獣暴の乱以前は周囲の国と同盟関係がうまくいっていて治安もよく、そのうえ国としては周囲と比べても小さいために騎士団だけで警備が行き届いていたのだが、獣暴の乱以降は騎士団自体が存続の危機に立たされていた為にそれを補うと言う形でアルカーディア国のギルドを真似て治安維持を図る事になった。
式典や礼典に関わる事がないからな。
腕がなかろうか足がなかろうが関係なく人をかき集めた中でガーネットは純粋な強さだけで順位付けをする事にした。
これが今では一般的に広まっているランククラス方式だ。
もちろんハンデがある者達が不利になる。
が、ガーネットは培った知識は力だけの強さを凌ぐと説き続けて魔術の習得を学ばせるようにした。
当然個人の才能も必要になる。
ならばと言って馬の調教、畑の世話と手に職をつけさせ全員に仕事を与えた。
生きる希望を失った人はギルドと言う家族とは違う人と人のつながりに意欲を取り戻し、それを見た他の人達も真似ていくつものギルドを立ち上げて行った。
もちろんすべてがすべてうまく機能したわけじゃない。
夜盗の集団としたギルドもあったし、ならず者の集団にもなった。
そこで我々はギルドを国から切り離したギルド評議会と言う形を作り、身分の証明をする為の登録制として制御し、信頼性を見る為にも各々の一定の成果でギルド自体にもランクを定めた。
ギルドのランクは信頼性を。
個人のランクには仕事に対する能力を。
今を持ってまだ試行錯誤の途中だが、ガーネットが提案したことは全部至極簡単な制度で誰もがわかりやすいが、まだ改善の余地のある育てがいのある制度だった」
言って襟についたギルドランクのバッチを一撫でする。
暗がりでも輝くのはゴールドの輝き。
ギルドランクには信頼性を込めて上位から金銀銅の三段階、そしてさらに各ランクの中に星を刻印する事でさらに三段階に分けている。
紅緋の翼も雌黄の剣も共にゴールドの星三つの最上級ランクに位置するが、実際規模や内容によってランクでもカッパーでもゴールドクラスが頭を下げている光景はちらほらと見られ、一概にもそれが正しいとは言えない事も時折ある。
そしてさらに三段階に分けたのはどうしても生まれる優劣を客観的に一目で区別する為、ランクが上がって調子にのる奴らの歯止めを掛けたりといった暴走対策が狙いだ。
「ギルド評議会は時の王を議長とし、5年前に設立されたギルドの統合に取り組む機関になります。
ギルドの発展、人権、ギルド運営協力、法による支配、文化の発展の5項目を重点においた組織作りですね」
セイジの評議会の説明にアイスブルーの瞳の男が手を上げる。
三番隊の隊長を務めていた男だ。
「国とは切り離した独立機関なのに評議長が王なのはなぜですか?」
「アドニスは知らない……か。
議長が王なのはすべてのギルドに平等である為、と王の息子が言うのも変な話だが。
評議会を立ち上げたメンバーの……
まぁ、ガーネットなんだが、5年前の戦いを踏まえて国が機能していないと評議会で判断された時に代わりの機関として国の防衛的や政治的にもカバーできる機関とする事を位置付けている。
よってギルド評議会5大項目にある通りギルドは国の法に則り法による支配下にならねばならない。
そこに法の専門家や国の重鎮がわんさか来てみろ。
ギルドはギルドとしての運営を手放し、国の犬にならなくてはならん。
評議会に参加もしくは見学した事のない者は判らないだろうが、評議会の場では王はたった一人で決定権だけを武器に誰に守られる事無く議長席に座っている。
王は君臨すれど統治せずとは言ったものだが、むしろ国が差し出した人質みたいだぞ」
「みたいって……」
「ロンサールは絶対王政なので王が何かの権力下にいるという事は信じられませんでしょうが……
我が国も獣暴の乱以前は大国ウィスタリアの法を見習っていたので類似点は多いのですが、乱以降は隣国よりも最強の方の意見の方が圧倒的に強くあるので、ね?」
「遠くからしか拝見した事ないのですが、ガーネット殿はその、やっぱりすごいのですね……」
どこか困惑気味にガーネットを理解しきれていない顔でアドニスは言うが、セイジは苦笑して
「彼女の伝説はここからが本番です。
なんせロンサールを焼き払ってギルドを設立し国家機関を復活させるまでにかかった期間は経った9日。
さらに隣国のアルカーディア、ドゥーブルの魔物退治まで出かけ、ロンサール国からの境界を作り三国同盟を作り、さらに同盟盟主をアルカーディアに祭り上げたまで5日。
合わせてたった14日間で三国の救世主となり、各国に紅緋の翼のギルドマスターとして接するようにと確約を取り付ける。
このロンサールからドゥーブルまで早馬車でも片道10日はかかると言うのに、どんな近道を使えば14日間で事を済ませれるのでしょう……」
その時俺はガーネットに拾われてガーネットの孤児院に移った頃だから知っている。
彼女はただ走っただけ。
とは誰に言っても信じないだろう。
ましてや内数日はあの酒場にどこかで狩ってきた魔物を持って帰ってきて子供達にたらふく飯を食わせて戯れていたなんて言ってもさらに信じてもらえない話だろう。
沈黙を持って彼女の伝説をより神話的にならないように妨害しておこうと思うのはたぶん俺の良心だと思う。
なので、ちらりと視線を移せばセイジと視線が合うも小首かしげてかわいく躱すだけにした。
「ま、さわらぬ何とかに祟りなしだと同じギルドに居れば居るほど身に染みるよ。
暗殺、毒殺、その他もろもろ嫌がらせを受けたが、デコピン一発でけちょんけちょんだ。
むしろ同情したぐらいだしね」
貰ったお茶の最後の一口を飲み干して立ち上がり
「外の様子をちょっと見まわってくる。
この季節だから明日は日が沈む直前に出立すれば朝には西の森の入り口に着く予定だ。
そこで西の森にすみついてるうちのギルドメンバーと一度合流して森の状況と案内をしてもらう。
ちなみにあいつに報酬は回らないから非戦闘員扱いでよろしく」
言って穴倉から出て外の乾燥した空気を肺いっぱいに吸い込み幾つも積み重なった岩山を天辺まで登る。
相変わらず生き物すら住み着かない岩山だがそれでもどこからか運ばれた種子が育ち草花は種を実らせ風に種を飛ばして広がっていく。
どうやってか移り住んだ虫がその草を餌に数を増やし、森から半日程度の距離に鳥達は羽を休めていたりする。
かつての地図ではここは小高いながらも小さな山があった場所だ。
ガーネットの魔術により吹き飛ばされてほぼ平らとなってしまった世界は恐ろしく遠くまで見え、地平線の彼方には王都の明かりがぼんやりと闇夜に浮かんでいた。
王都の明かりに向かって俺は取出した蝋燭に火をともして夜空に掲げる。
暫くした頃真っ暗闇の中に小さいけど確かに王都との明かりとは違う明かりが灯った。
点いては消えて、点いては消えて、その明りに返事をするように俺も火を点けたり消したりして光を送り、やがて光の点灯を止めて蝋燭を片付ければ
「なるほど。
光で合図を送っていたのか」
声に振り向けばそこにはクロームが立っていた。
「黙って後ろに立たないでよ。びっくりするだろ?雌黄の剣のギルドマスター殿」
「嘘つけ。気づいていたくせに」
肩をすくめながら俺の隣に来て王都の方へと視線を向ける。
「あんた一人しか感じなかったからね」
「ずいぶん遠くまで来たつもりなのだが、案外近いな」
「馬の脚だから。
歩いたら完全に迷子だから光の距離は信用しちゃいけないよ。
ちゃんと頭の中に地図を入れておかなくちゃ。
ここじゃ迷子になっても捜索もままならない」
「その地図、我々にも欲しいな」
「そう言う事はガーネットに直接言ってくれ。スパルタ式で叩きこんでくれるから」
「はぐらかすな。私の云ってる言葉の意味が判らないわけじゃないだろ?」
「……」
「私が欲しいのは地図ではない。エンバー、君だよ」
碧の瞳がじっと俺をとらえる。
「そういうのは女に言えよ」
「女は亡き妻一人で十分だ。
ではなく、エンバー。
我々は君を雌黄の剣に迎え入れたいのだよ」
それこそ肩をすくめてしまう。
「そう言った誘惑こそまずガーネットに言ってからにしてくれよ。
案外簡単にOK出すかもよ?」
あの女ならあり得ると、かつてギルドナンバー3が引き抜かれた時あっさりと手放した事件を思い出す。
去る者追わずが彼女らしいと言えばらしいのだが、俺にその気があれば彼女は止めないだろう。
「実はもう交渉をしたのだが彼女に断られてしまったよ」
君に報告もせずにすまないと短な謝罪の言葉を添えての告白だったがそれこそ驚きだ。
「なんで?」
設立以来のギルドナンバー3の引き抜きと共にかなりの強者達がギルドを去って行った。
ガーネットは引き留めもせず去っていく彼らをやさしく見送り、まるで巣立つ雛鳥を見送るようにさえ見えたのに。
「なんでもエンバーがかわいくて手放したくないそうだ。
これはガーネットが言った言葉だぞ?」
はぐらかされた。
同じように感じただろうクロームは寝静まってる鳥達を驚かせないように静かに、でもこらえるように笑い声をこぼすも
「もしもだ。
紅緋の翼を出るようなことを考えた時は雌黄の剣がいつでもエンバーを迎え入れる準備がある事を覚えていてほしい」
「あそこが俺の家だ。家族を守る。これは俺の信念だ」
「そんな事承知してるさ」
遥か遠くに輝く王都へ視線を投げて、ぽつりぽつりと何気ない会話と共に夜が明けるのを静かに待った。