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始まりの剣  作者: 雪那 由多
2/15

雌黄の剣と依頼

 あれから5年……



 魔物はあれから殺戮衝動のまま仲間同士で殺し始め、今では山や森の奥に、海の底にわずかにいる程度にまで数を減らした。

 村も街もなくなり国は王都の復興を第一にと、唯一人が生存している場所の守りを固め、かつて程まではないけど人は周辺国の援助もあり人の営みを取り戻すようになった。

 俺は奇跡的にもあの騎士から一足遅れて応援に来た騎士団に助けられロンサール国王都ロンサールで暮らす事になった。

 あの時抱えた剣は今ではついていた宝石は動乱のどさくさになくなり、金色に輝いていた柄は手のサイズに合わないからと手のサイズに合った物に変えた時に紛失し、成長と共に取り換えられ、魔物の分厚い皮で出来た鞘に包まれて俺の腰に佩いでいる。

 首飾りだけは奪われないようにと誰の目にも触れずに今も服の中で長い紐の先にひっそりと揺れている。


 『忘れてかまわない』


と言われたが、あの時の穏やかな顔の騎士の顔は今でも忘れる事は出来ない。


 忘れる事が出来ない。

 出来るなんて出来ない。

 今も鮮烈な記憶としてその時の事を夢に見る。


 今日も涙を流して目が覚めた俺は胸元で揺れる首飾りを握りしめて大きく深呼吸をし、忘れられない思い出を胸に俺は今日も一つの門をくぐった。


 ギルド・紅緋の翼


 数あるギルドの中でも魔物を相手とした依頼のみを受け入れる討伐専門ギルド。

 数は少なくなったとはいえまだまだ魔物が跋扈するこの国では一匹でも驚異であるには変わらない。

 人が居なくなり、森は深くなり、それに伴い魔物の活動範囲も広がった。

 当たり前の事なのだが、それに伴い危険も増えた。

 魔物の恐ろしさをまだ肌身で覚えている人達は国の騎士団だけでなくこういったギルドに討伐依頼を願うのは当たり前の日常。

 なんせまだあの時の被害の爪痕はそこらじゅうに散らばり、騎士団が中心となって道路、城壁の修復と言った作業に追われているのだから。

 知らず知らずに分けられた作業は今では当然の事だった。

 あの日助けられた俺はあの騎士の代わりとは烏滸がましいが、魔物がこの世界からいなくなるまでこの剣を振るおうと決意した。


 ギルド本部の賑やかなホールを抜けて壁の一角、ボードに張られた討伐依頼書に何かないかと覗きに行く。

 壁に貼られた依頼書はどれも依頼済みだったり、遂行中だったりと高額依頼の為に人気は高い。

 その仕事の中から自分の技量と難易度を見比べながら依頼書を探していれば


「おや、エンバー仕事探しかい?」


 肩をむき出しに胸元をぎりぎりまで見せつけ、細い腰と深くスリットの入ったタイトなスカートからは引き締まった素足を覗かせ、鮮紅の髪を無造作に束ねた婀娜っぽい女が俺の背中に伸し掛かるように抱きしめてきた。

初めの頃は背中にあたる柔らかさとどこに合わせればいいのかわからない外見に視線を彷徨わせ、一人茹蛸になっていたものだが今ではそれも慣れ見慣れいつの間にか動じなくなっていた。


「うーん。冬が来る前に少し大物を狩りに行きたいかなーって?」

「たーんまりため込んでるくせに?」

「そろそろ防具一式を取り換えようかなって思って」

「そういや、ずいぶんと大きくなったものね」


 前はこんなふうだったのにと俺の頭を無造作に掴んだかと思えば、蒸れる果実のごとく柔らかな谷間に俺の顔を正面からねじ込まれた。


「がっ!ガーネット苦しいッ!!窒息する!!!」

「嬉しいくせに照れるんじゃないよ」

「誰がだっ!もう飽きたっ!」


 むせ返るような香水と、直接触れ合う人の肌の柔らかな温度に今も恥ずかしいと口には出さずにガーネットの肩を押すもびくともしない。


「ははは、ガーネットにかかればエンバーもまだまだお子様だな」

「っていうかガーネットに敵う奴いるのか?」

「若干数名……っているか?」

「じゃあ、俺らじゃ無理だな」

「エンバーがんばれ!育ちざかりのお前が俺らの期待の星だ!」

「そんな期待背負いたくない!!」


 やっとの事で天国と地獄から無事帰還した俺は周囲の茶化す声に大声で否定した。


「あら?それもつれないねぇ」


 ガーネットは寂しそうな言葉を漏らすも雰囲気はさらさらなく何所までも楽しそうだ。


「私としてはその若干数名に含まれているのか含まれていないのか……含まれてない事を祈っているのだが。

 いたいけな青少年を私の目の前でたぶらかすような真似だけはしないでほしい」

「相変わらずクロームは頭が固いねえ」


 突如現れた声を見上げればギルド・雌黄の剣のギルドマスター、クローム・フロスが立っていた。


「君もギルドマスターならそれなりの教育をする側のなのではないか?」


 我等が紅緋の翼のギルドマスター、ガーネット・マダーはひょいと肩をすぼめ


「ギルドマスターらしく私の家族に愛を注いでいるだけじゃない」


 そう。

 恐ろしい事にこの艶やかな女性こそが騎士団さえ一目置き、この国の数あるギルドの頂点に立つ女帝ガーネットと呼ばれるその人なのだ。


 雌黄の剣のクロームも黄金の剣聖と揶揄されるが、五年前の騒乱の折りにはガーネットにただ守られると言う屈辱を味わっている。

 もちろんほかの五指に数えられるギルドマスターでさえ彼女の背中に守られていたのだから……

 誰もが認める豪傑以外なく、ギルドで王位を差す敬称を与えられてるのはガーネットただ一人のみ。

 そんな彼女はご満悦に微笑む様子にクロームは少しだけ納得いかないような顔をするも


「ところで私の依頼はどうなったのかな?」


 言えばガーネットは艶やかな唇で優美な笑みを作れば、俺達がいるギルドのアジトのホールが一斉にざわついた。

 なんせギルドが他所のギルドに頼る事などまずない。

 ガーネットはそのざわつく空気の中、階段を上り踊り場から俺達を見下ろして


「皆よくお聞き、雌黄の剣から正式な依頼があった。

 この王都ロンサールから北西の森の奥にかつて村があり、そこに赴いた騎士団と住民の遺体の回収に向かう」


 どこからかやっとかと小さな声が聞こえる中俺の頭の中は冷たく凍り付いていた。


「雌黄の剣の護衛にあたる仕事だから雌黄から救援は一切期待しないことが前提だ。

 まぁ、急な話だから馬や宿泊の準備は用意してくれるそうだ。

 遺体はすでに腐乱しきって骨だけだろうし、森の獣や魔物に食い荒らされて残っているのかも不明。

 人の味を覚えた魔物が徘徊する地域に行ってもらう事になる。

 よって、この依頼を私はSランクに指定した。

 参加したい奴は名乗り出な」


 ホールが静まり返った。

 紅緋の翼には貴重なSランクのギルドメンバーがいる。

 だが、残念なことに今この場にはSランクの仕事を引き受ける事が出来るのは1人しかいなく俺は冷たく凍えきった思考を吹き飛ばすように頭を振り


「出立はいつだ?」


 クロームの視線がやっと微笑んだ。


「準備出来次第すぐに」


 つまり彼は俺を引っ張っていくために自らここに乗り込んできたのだ。


「30分後にまたここで……」

「いや、私も着いて行こう。時間短縮になる」

「せっかちな男だねぇ。そんなんじゃかわいこちゃんに振られるよ」


 言っていつの間にか階段を下りてきたガーネットはまた俺の頭を掴み胸元に頭をぐっと押さえつけられた。

 何故かガーネットの細腕に誰もがあがらう事は出来ず、何故か毎回のように胸に押し付けられるのかは甚だ疑問だが、馬鹿力の一言で俺は、いや、ギルドの中では完結している。


「ふん。今更別に問題はない」


 小ざっぱりと短く切りそろえた金の髪を持つ男は常に清潔で品が良く、とてもギルドを立ち上げたような男とは思えない。

 騎士と言われた方が納得できるのだが、何を隠そうクロームはつい数年前までは王位継承第二位を持つ人物だったのだから……この世の中職業選択は自由すぎだと俺は思っている。

 しかし流行病で亡くしてしまったかつての奥さんはギルドの近所のパン屋の娘と言う、聞いた話ではクロームの一目惚れらしい。

 あるんだなそんな事が、と感心するもこっそりギルド仲間と覗きに行った時に納得はできた。

 良く笑うかわいらしい人なのだったから。

 そんなわけで俺の理想の人も笑顔が良く似合う人となった。

 単純だななんてツッコまれたけど俺は気にしない。

 なんせ俺のすぐそばには犬歯をちらつかせる笑みの良く似合う女性しかいないのだから、可愛い笑顔を向けてくれるなら大歓迎と言う物だ。

 奮闘する事数分、遊び飽きたガーネットの腕から何とかのがれて俺はその今は亡き愛妻家に向かって歩く。


「急ぐなら早く行こうか。ここにいるとガーネットのおもちゃになる」

「それは賛成だ」

「ふふふ。早く行って早く帰っておいで。そしてまた私を楽しませておくれ」


 冗談じゃないと誰もが身震いする中、俺はクロームとギルドを足取り早く出ることにした。




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