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”いい婚約者”やめました  作者: 聡真


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1/1

”いい婚約者”やめました

設定をミスりました。短編です。連載ものじゃないです。あしからず…。



私には婚約者がいる。

その婚約者であるユリウス・ルーチェ様は今日も優しい笑みを浮かべて紅茶を飲んでいる。

「マリー、今度の卒業パーティー、一緒に行ってくれるよね?」

愛称で呼ばれるようになったのは学園に入ってから。

ただ本来であれば私が学園に入学するころにはすでに婚約破棄となっているはず。

「ユリウス様がよければ、もちろんお願いします」



私マリアベル・ライリーは9歳にして前世の記憶を思い出した。

9歳の誕生日。家族にお祝いしてもらい、父から「明日、お前に会わせたい人がいる」と言われ、幼心にも貴族としての価値観から婚約者候補とかかな?なんて当たり前のように考えていた。


我が家は伯爵家。

父は宰相補佐という、国王の覚えめでたい立場でもあった。ただこの時の私はそんなことは知らずのんきに暮らしていた。

私には2つ年下の弟がおり、彼が家を継ぐのは確定なので、私はどこか同じくらいの爵位の家に嫁ぐんだろうと思っていた。

なのに。

「初めましてユリウス・ルーチェです。これから婚約者としてよろしくお願いしますね」

父が連れてきたのは侯爵家の長男、齢10の黒髪青目の美少年だった。

まずこの時点でも驚いたのだが、彼を見た瞬間頭の中に今の自分の記憶にはない記憶が蘇ってきた。

ユリウス様の言葉に返事をしながらも脳内は大混乱だった。

(ユリウス・ルーチェってプリミアの攻略キャラじゃなかったっけ⁉)

この日は何を喋っていたのか、どうやって解散したのか記憶にない。

ただその日の夜から私は高熱を出して3日3晩寝込んだ。

そりゃそうだ。

予想に反して自分より家格が上の相手が婚約者になっただけでもびっくりなのに、加えて前世の記憶なんてものまで背負ってしまったら9歳の身体がダウンするのは無理もない話である。


前世で思い出したことで一番の衝撃はこの世界が乙女ゲーム『プリズム・アカデミア-君と紡ぐ七色の魔法-』の世界であるということ。

もともとかなりの乙女ゲーマーだった私は商業作品だけでは飽き足らず、同人作品にまで手を出し始めた。

そのなかのひとつが『プリズム・アカデミア-君と紡ぐ七色の魔法-』略してプリミアだった。

ライトなものがやりたい気分のときに購入した作品だ。

正直ありきたりな世界観と設定で、1周クリアして終えているため、細かいところまでは覚えていない…。



舞台は貴族魔法学園。3年制を採用しており、実質現代の高校のようなもの。

学園は基本的に寮生活で、休日や長期休暇などは一時帰宅する生活スタイル。

ゲームヒロインはもともと魔法が使えなかった子爵家出身で、学園入学直前に強力な魔力持ちと判明し、急遽普通科から魔法科に入ることが決まる。

ただ今まで魔法を使ったことがないので最初は簡単な魔法の授業でも失敗の連続。

でも努力と仲間のおかげで成長し、最終的には全属性の魔法が使えるようになるっていう恋と成長の物語。


私の婚約者となったユリウス・ルーチェも例に漏れず攻略対象。

穏やかで紳士なお兄さんキャラだった。

ゲームスタート時、つまりヒロインが16歳の1年生のとき、彼は18歳の3年生。

彼には婚約者がいたが、ヒロインが学園入学時には家の事情で婚約破棄をしていた。


つまるところ、私はゲーム本編に登場することもない「ユリウス・ルーチェの元婚約者」という肩書を背負うだけのモブらしい。

ユリウス・ルーチェのルートでは同じクラブで、一緒に行動するうちにヒロインのことが放っておけなくなり~というわかりやすい展開だった。



ここまで思い出して私は決意した。

どうせゲーム前には婚約破棄されるんだろうし、ゲームには関わらないように大人しくしつつ、ゲーム以外のところは好きなことをして生きようと。

このゲームにも悪役令嬢はいるが、陰謀渦巻く系の世界じゃなかったのでなんとかなるだろうと。


そうして現在のマリアベルとしての楽観的な性格と、前世のマイペース(我が道を進む)な自分の性格が噛みあい、今まで以上にのんきなおてんば娘が出来上がった。




そうして時は流れ、学園生活も丸2年を終えようという頃。

ヒロインことソフィア・カーソンはゲーム通りに現れ、ユリウス様と同じクラブで活動しており、前に見かけたときも無邪気な笑みを浮かべて仲良さそうにしていた。

なのに、私との婚約者としての月1回のお茶会にもユリウス様はちゃんと来てくれるし、普通に穏やかな笑みを浮かべている。

折に触れて贈り物をしてくれるし、夜会がある時はパートナーとして一緒に参加もしてくれる。

婚約者の義務ではあるのだが、あまりにもいい婚約者過ぎて逆にびっくりする。

なんなら冒頭のようにゲームの大事なイベントである卒業パーティーにも一緒に行ってくれるようだ。

でもヒロインとくっつくなら私との婚約は破棄されるだろうし。

そしたら私は今後どうすべきなのか。



「ってな感じで、このままでいいのかなって悩んでて。リアはどう思う?」

学園の中庭のベンチで管を巻きながらコーデリア・ベルティアン公爵令嬢と並んでおやつのドーナツを食べる。


公爵令嬢コーデリア・ベルティアン。彼女はこのゲームの悪役令嬢だ。

入学当初、席が隣になり普通に話しかけてくれて、案外いい人だと思って令嬢友達として仲良くさせてもらっていた。


ただ長期休暇の際、私が避暑地で有名な湖に遊びに行ったときに

「水着ほしい~、ここで泳ぎたい~」

とぶつぶつ言っているのを偶然通りかかった彼女に聞かれてしまった。


もちろんこの世界に水着なんてないし、貴族の令嬢が家族や夫以外に肌を見せるなんてありえないって価値観なのでこれはまずいぞと思っていたら、隣にしゃがんだ彼女に

「確かにこんなゴテゴテしたドレスなんて暑苦しいものね。水着があれば泳げるのにね」

なんて言われてはっとした。


彼女も転生者だったのだ。

ただ乙女ゲームのことはまったく知らないようで、「へえ~」なんて興味なさそうにしていた。

どうやら彼女も好きに生きているようだった。

そうこうして私たちは友達となり、二人でいるときは慎ましやかな令嬢口調ではなく、お互い愛称で呼び合い、砕けた調子で話すようになった。



「…いいもなにもあなたの話を聞く限りはいい婚約者なんだからいいんじゃないの。別に今は向こうから婚約破棄するって感じでもないんでしょ?」

「でもさ、ユリウス様のあんな可愛い感じの笑顔見たことないし。私邪魔じゃないかなって」

「あら、やきもち?」

「いや、そういうのじゃないんだよ。なんていうの…、このユリウス様の幸せを邪魔してるんじゃないかって罪悪感?」

「罪悪感ね…。あなたが嫌なら婚約破棄でもなんでも言ってみたら?私も口添えするし」

「婚約破棄ね…。するしかないのかな…」

「どのみち誰かしらと結婚はしないといけないんだから。だったら別れるなら早めに別れて次探しにいかないとどっかの後妻とかになっちゃうよ」

「それは嫌だ~」

「でしょ。私だって、大事な友達が気持ち悪いおやじの後妻なんて嫌だもの」

「…うん、ちゃんと考える」

「そうしなさい。——私殿下に呼ばれてるからそろそろ行くわね」

「うん、またね」


ドーナツを食べ終えたコーデリアは私の頭を軽く撫でると、そのまま背を向けて行ってしまった。

「…相変わらずお姉さまって感じで好きだな~」

きっと私のことを妹かなにかだと思ってそう。


2週間後には3年生の卒業を祝うパーティーがある。

ここでヒロインが誰のパートナーになるかで最終的にくっつく相手がわかる。

ただユリウスは私と一緒に行ってくれるみたいだからおそらく違う。

(どうしようかな…)

コーデリアのいなくなったベンチで一人空を仰ぐ。

「今日もきれいな青空だな~」




あれから婚約破棄について考えてみたものの答えが出ず、気付けば卒業パーティー当日。

パーティー当日は朝から侍女に身体を磨かれ、メイクをされ、ドレスを着せられ、あれよあれよといううちに準備は整った。


整えられた自分を鏡で見る。

(きれいな青。好きな色だな~。というか今日のドレス、見覚えがないけどいつ買ったんだろう…?)

ドレスに視線を向けていると侍女がクスクスと笑う声がする。


「どうかした?」

「いえ、お嬢様は愛されているなと。私まで嬉しくなってしまいました」

「???」

「いえ、なんでもないですよ。お嬢様の好きなきれいな青。お似合いですよ」

「そう?ありがとう」

コンコン。

「お嬢様、ユリウス・ルーチェ様が来られました」

「はーい、今行く」

長年我が家に務めてくれている執事。もといじいやの声に返事をし、侍女と一緒に部屋を出る。


玄関に向かうとユリウス様が待っていた。

黒地に濃い緑が差し色の衣装は色見こそ違うものの、デザインが今日の私のドレスに似ていた。

(なんかお揃いみたい…)

「マリアベル、今日もきれいだね。その青よく似合ってるよ」

「ありがとうございますユリウス様。私もこの色好きなので嬉しいです。ユリウス様もお似合いです」

「ありがとう。この緑にはこだわりがあってね。大好きな色なんだ」

そういって優しく笑うユリウス様はいつも通りの完璧な婚約者なのに、何かが普段と違うような気がした。

「それでは行こうか」

エスコートに差し出された腕はいつも通りで、気のせいかなと思い直し、その腕に手を添えた。



——。

気付いたらそこは檻の中だった。


ユリウス様にエスコートされ卒業パーティーに出席し、一緒にダンスを踊り、そろそろ帰ろうかと馬車に乗って。

ユリウス様が少し話があるからというので彼の別荘だという場所に着き、ユリウス様が入れてくれたお茶を飲んでからの記憶がない。


檻の格子は腕がぎりぎり通るくらいの幅で、魔力を封じる仕掛けでもしているのか魔法も使えそうになく、逃げられそうもない。

ただ檻は檻なのだが、地下牢とかではなく、大きな天蓋付きのベットがあるので寝室らしき部屋の中。

明かりは絞られているが真っ暗でもない。

檻の中でも普通に立ち上がれるし、片隅にはベッドまで置いてあって、かなりの広さがある。

加えて床には柔らかい絨毯とクッションがある。

服こそ着ていたドレスではないが、着心地のいい青の部屋着をしっかり着ており、気崩れもなければ怪我もない。


(なんだこれ…。もはや前世乙女ゲームの檻ガールじゃん)

驚きすぎると人は冷静になれるらしい。

(あの乙女ゲームの攻略キャラもお兄ちゃんタイプだったな。なに、お兄ちゃんタイプは実はみんなやばい思考の持ち主なの?でもユリウス様のルートはエンディング含めてそんなシーンなかったはずだけど…)


犯人は十中八九ユリウス様なのだろう。

直前に飲んでいたお茶に何か入っていたに違いない。

大事な話っていうからとうとう婚約破棄なのかなとか思って覚悟してついてきたけど、この様子では何か違う気がする。


檻の中に置かれた調度品はどれも質のよさそうなもので、より今の状況との矛盾が際立つ。


ひとまずユリウス様が戻ってくるのを待とうとベッドに腰掛ける。

ふと自分の着ている服に目がいく。

(この色、今日のドレスの色に似てる)

そこまで考えてふと、思い当たった。



「マリー起きてたんだね」

瞬間、部屋の扉が開き、ユリウス様が戻ってきた。

「ユリウス様、この状況説明してもらえますよね?」

「こんな状況なのに、マリーは落ち着いてるね」

檻の目の前まできたユリウス様は困ったように笑う。

「驚きはしましたが、一周回って落ち着きました」

「そうか。やっぱりマリーは面白いね」

「いや、そうではなく説明を…」


そう促せば、ユリウス様は檻越しに私の頬に手を伸ばす。


「だって、マリーが婚約破棄なんか考えるから」


「え…?」

ユリウス様の手が頬を撫でる。

(なんで知ってるの…?)

「ベルティアン公爵令嬢と話しているのをたまたま聞いてしまってね。こんなに大事にしてきたのに婚約破棄だなんて」

顔に出ていたのかユリウス様は私の疑問に答えてくれる。

「いや、でもそれは…!」

「俺との婚約を破棄して次の婚約者を見つけるつもりだったんだろう」

「そうじゃなくて…!」

どう考えても誤解している。

苦しそうな笑みなのに、私に頬に触れる手は優しくて、さっきの考えは私の思い違いなんかじゃないと思えてくる。

「でも、ごめんね。俺は君を離してはあげられない。他の誰かのところになんて行かせない。君にとっていい婚約者でいたくて、我慢してきたけど、限界なんだ」

「だから話を…!」

誤解を解きたいのに、ユリウス様は私の話など聞きたくないとでも言いたげに言葉をかぶせてくる。

「檻の中は少し窮屈かもしれないけど、俺と一緒にいてくれるならなんでもしてあげる。だから逃げようだなんて思わないでね」



——プチン。


「…」

そっとユリウス様の手が離れていく。

その手を思いっきり引っ張った。


ガンッ!


ユリウス様の頭が格子に盛大にぶつかる。

「いいかげん、私の話を聞けって言ってんの、この悲劇のヒロインヤンデレ野郎ー!!」

「っ…!」

痛みなのか、私が大声を出したからなのかユリウス様の動きが止まり、見開かれたきれいな青の瞳と至近距離で目が合う。


身体が震える。涙も出そうだ。

だけどこれは悲しみでも、そんな風に思ってくれてたのね、みたいな優しい感情でもない。

圧倒的怒り。

「私は婚約破棄し・た・いなんて一度も言ったことないですよ!」

「でも以前、ベルティアン令嬢と」

「それちゃんと全部聞きました!?私はリアに今後婚約破棄とかになったらどうしようって相談をしてただけです!」

「そんな…。するわけない」

「そうでしょうね!今こんな状況になっていることを思えばないでしょうけどね!」

「…」


言葉に詰まるユリウス様に、ここまで言ったならあとはもういいかと、怒りに任せて言葉を吐く。


「それにね、今までの義務的な婚約者の付き合いしかない中、ソフィアちゃんと仲良さげに話してるの見たら、嫌でも考えるでしょ!」

「義務的って…、それにカーソン子爵令嬢とは…」

「それにこの期に及んで大事な言葉は言ってくれないし!誤解して勝手に悲観して、挙句の果てにこんな檻の中に閉じ込めるくせに!病む前に私に言うことあるでしょうが、この意気地なし!!」



確かに最初はユリウス様のことをただの乙女ゲームのキャラクターとしか見ていなかった。


出会った頃、10歳のわりにしっかりしすぎ、むしろマセすぎだと思っていた。

もちろんあどけなさの残るきれいな顔だったから眼福ではあったけど。


毎月のお茶会で近況報告ついでに趣味の話をしたことがあった。

私が好きな本の話を熱弁してしまったとき、

「マリアベルは本当にその本が好きなんだね」

って言葉はなんてことないが、馬鹿にするでもなく優しく笑ってくれたのがすごく嬉しかった。


昔から私は好きなもののことになると止まらなくなるタイプで、弟にも「また姉さんの悪癖が始まった」と言われてしまうくらい。

だから嬉しくて

「ユリウス様の私の話をちゃんと最後まで聞いてくれるところ大好きです」

なんて返したら、いつもきれいに微笑んでいるユリウス様が少し固まってから照れくさそうに笑った。


その時から少しずつユリウス様に対する気持ちが変わっていった。

ゲームのキャラから今を生きている1つ年上のお兄さん。


婚約者を大事にしてくれる優しい人。

宰相の父に追いつけるよう努力を怠らない人。

たまに年相応に笑う人。

青い瞳がとてもきれいな人。

このままこの人と結婚できたらいいのに。きっと穏やかで幸せな、お互いを尊重できる夫婦になれるかもなんて考えた。

でもそのたびにゲームのことが気にかかり、自分の気持ちには見ないふりをしてきた。


もちろん、私もちゃんと伝えてこなかったから、変なところでゲームにとらわれてしまっていたから。

でも、ここまでされたら吹っ切れるというもの。



「……」

言いたいことを一気に吐き出した私は興奮のせいで肩で息をするしかない。

これだけ言いたいことを言っているが、まだ状況は変わらず私は檻の中。

ユリウス様がうつむいたせいで前髪に隠れて表情が見えない。


「…マリーだって」

今までの沈黙していたユリウス様が顔を上げる。

目には涙がにじんでいた。


「マリーだって俺に言ってくれなかったじゃないか!」

「っ…」


驚いた。


こんなに感情的なユリウス様は初めてだ。

いつも穏やかに笑って私を受け止めてくれていたユリウス様じゃない。

こんなときなのに美形の泣き顔かわいい、好きと思ってしまう私は馬鹿だろうか。


「カーソン子爵とだってただの世間話だ。一度マリーの話をしたことがあったから、表情が緩んでたかもしれない。けど同じクラブの後輩なんだから無視するわけにもいかない。でもそれが嫌だったら言ってよ!マリーが嫉妬してくれるのは嬉しいけど、俺の知らないところで諦められたらわからないよ!好きなことには誰から構わずに好き好き言って!俺がどんだけ嫉妬したと思ってるの⁉何年も婚約者として過ごしてきたのに嫌なこと一つ言ってもらえなくて…。それでもいい婚約者でいようと思って過ごしてきたのに義務的って…!挙句の果てに婚約破棄を疑われて」


私が掴んでいたユリウス様の手に力が入り、指が絡まる。


「俺は悲しかった!傷ついた!」

こらえきれなくなったのか、涙がユリウス様の頬を伝う。

「こんなにマリーのことが好きなのに、愛してるのに、ひどいのはマリーじゃないか」


私の手を離さないと言わんばかりにきつく握り、顔を伏せ静かに泣くユリウス様。

この距離でなかったら聞こえなかったのではないかと思うくらい小さい声だったけれど。

そういうところですよって言いたくなるが、ちゃんと言葉をくれたから良しとしよう。


それよりも、

「ユリウス様、出してください」

格子を軽くたたけばガシャンと無機質な音がする。


顔を上げたユリウス様は涙こそ零れていないが、悲痛な表情を浮かべ、それでもしぶしぶと何か呪文を呟くと檻が消えた。

(やっぱりユリウス様の魔法だった)

目が覚めたとき、私が慌てなかったのはこの優しい魔力の気配がしたからなのも大きい。


「…ごめんマリー。でも」

「でもじゃないです」

格子越しではなくなった手でユリウス様の頬を挟む。

叩かれるとでも思ったのかぎゅっとつむられた瞳がゆっくりと開き、きょとんとした顔を見せる。

その表情にクスっとしてしまう。


「そんな可愛らしい表情“も”好きですよユリウス様」


私の言葉の意図に気付いたのか、一瞬の後、ユリウス様の眉間に力が入る。

「…マリーのせいだから。俺は本来こんなに泣くことはないし、マリー以外のことで感情的になることもない」

そっと眉間を撫で、今にも涙が溢れそうな目元をなぞる。

「そんなにユリウス様に想われていたとは。不謹慎ですが嬉しいです」

私の手にユリウス様の手が重なる。

そして重なった手に擦り寄るようにユリウス様の唇が掌に触れる。

ユリウス様の視線が真っ直ぐに向けられる。

(まるで焦がれている、と言われているみたい)


「私は、ユリウス様のことが大好きです」


彼も伝えてくれた。私もちゃんと言葉にしなくては。

婚約破棄を悩んだ時点で私の気持ちはユリウス様に向いていた。

いや気付けばずっと前からユリウス様のことを大事に思っていた。

ただなかなか言い出せなかった言葉。


「だから、私と一緒に幸せになりましょうね」


ユリウス様のこの表情を見られたのなら、これが私の正解だ。

泣きそうで、苦しそうで、けれど嬉しそうな微笑み。

「もちろんだ…!」

きつく抱きしめられる。

首元に埋められたユリウス様の頭。かかる息が少しくすぐったい。

出会ったときのユリウス様よりも幼く、けれど人間らしく見えた。

私もユリウス様の背中に手を回した。




——。

これで誤解も解け、互いに本音をぶつけた。

物語であれば一件落着、2人は幸せに暮らしましたチャンチャンだ。


だというのに、

「ユリウス様、いい加減離してください」

「嫌だ。もう離れない」

抱きしめ合った状態から10分以上経っているのに、いまだにユリウス様は動かない。

そろそろ体勢的にも腰がきつくなってきたので離してほしくて肩を押すも、腰と肩に回る腕の力がさらに増しただけだった。

(待って、力強くない…⁉ユリウス様って頭脳派でしょ⁉)


「…ねえ、今俺に対して失礼なこと考えたでしょ」

せめてもの抵抗に首だけでのけぞっていたらまさかの言葉。

(え、なんでわかったの…。というか拗ねてる感じの口調も可愛いな、おい!)

「いえ、そんなことは…」

誤魔化そうと口を開けば晒された喉を甘噛みされる。

「ひっ…!ちょっとユリウス様!!」

慌てて静止しようとユリウス様に顔を向ければ、上目遣いで見上げられた。

「今日はこれ以上はしないから。まだ一緒にいて」


「……。はい」


負けた。


返事をすればユリウス様はいい笑顔を浮かべる。

(あ、これ嵌められた…?)


この短時間で私がユリウス様の弱ってる可愛い表情に甘いってきっとバレた。

(いや、いつも表情があまり変わらない人の意外な表情とか誰だって好きでしょ)


「あの、でもそろそろ体勢がきつくて…」

返事をしてしまった以上仕方がないので、ひとまず体勢の変更を申し出るしかない。

「なら」


短い言葉のあと抱き上げられた。

お姫様抱っこである。


「…」


驚きすぎて声が出ない。


(いや、本当。ユリウス様のどこにこんな力が…)


気付けば天蓋付きベッドで添い寝の形になっている。

体勢的に腰は楽になったが、寝転んだことで腕だけではなく足まで絡んでいる状況。

先程よりも圧倒的に密着度が高い気がする。


「確かに俺は騎士じゃないから、彼らに比べたら筋力は劣るけど、これでも男だからね」

突拍子もない発言に少し戸惑う。


(私口には出してないはず)


「マリーより力はあるよ。それにマリー、騎士みたいな身体つきが好きでしょ?」

「へ」

何故そんなことまでバレているのだろうか。


確かに私は騎士みたいながっちりした身体が好きだ。

厚い胸板に飛び込んでみたいと思ったこともある。

ただそれはコーデリアにしか言ったことがないはず。


冷や汗が止まらない。


「俺はマリーのことよく見てたから。君がパーティーとかで騎士団の人を目で追ってたのも覚えてる。隣に俺がいるのにってよく嫉妬してた」

「そう、だったんですか…?」

「そうだよ。だから暇を見つけては鍛えてたんだよ。ね、触ってみてよ」

私の手を取り自分の胸元、お腹へと滑らせる。

手に触れる感触は服の上からではわからなかった筋肉の感触。


ごくり。


息を飲むしかない。

(なんだこの状況。え、私誘惑されてるの⁉)

「あ、あの!ユリウス様!!これ以上はちょっと」

きっと私の顔は真っ赤だろう。

確かに私は乙女ゲームをやりこんできたが、あれは第三者として見て楽しんでいたし、実際に彼氏がいたこともない。自分の恋愛に関してはまったくの初心者だ。

なのにこれはあまりにも糖度が高すぎる…!!


「…。そうだね。今日はこの辺にしておこう」

手首を掴んでいた手が今度は繋ぐ形になる。

(恋人繋ぎだ…)


「今日はこのまま、これからについて話しながら寝ようか」

「これからのこと、ですか?」

「そう」

見上げたユリウス様は思っていたよりも真剣な表情をしていた。

「もうマリーとすれ違うのは嫌だから」

「それは確かに。で、具体的には?」

それからユリウス様と今後の付き合い方についてかなり話し合った。

というかユリウス様の注文がほとんどだったけど。



1つ、今後も今みたいに砕けた口調で話すこと。

私が貴族の子女らしからぬ言葉遣いをすることは気付いていたが、ユリウス様の前ではなんとか取り繕っていた。ただコーデリアと砕けた言葉で話しているところを何度も見かけて、自分は気を許されていないのだとかなりやきもちを焼いていたらしい。


1つ、今後は定期的なお茶会だけでなく、デートの回数を増やすこと。

私の負担にならないように気を遣ってたのに、義務的な関わりと思われていたことをかなり気にしているらしく、「俺はもっと一緒にいたい」と最初は休みの日ほぼ全部とか言われた。たださすがにそれだと友達と遊ぶ暇すらなくなるので回数を増やすという抽象的な妥協点に落ち着いた。


1つ、お互いに思っていることを言葉や行動で伝えること。

今回すれ違った大きな原因はまさにこれだから。嬉しいことや好きなことはもちろん、嫌だと思ったこともちゃんと共有する。もしどうしようもないことだったとしても、自分がどう思っているのかを相手が知っているだけでも心持ちが違うから。

私もこれには大いに賛成だ。ため込んで爆発させられるくらいなら、その都度ちゃんと教えてほしい。


そして最後、私が学園を卒業したら結婚すること。

今までも婚約者という関係だったが、いつ籍を入れるかなどは明確に決まっていなかった。だからこそ婚約破棄なんてことを考えるんだとユリウス様にはぐちぐち言われた。

卒業後という期限が決まったことで、私の中で婚約の先にある”結婚”というものをようやく実感した。




そんな約束事を決めて、気付けばうっすら朝日が差し込んできていた。

「さすがに眠い」

気が緩んだのか、眠気が一気にやってくる。

「もうこんな時間か。…カーテンを閉めていればまだ夜だ。ゆっくり寝てね」

どこかの気障な歌詞みたいなことを言っているが、眠すぎて突っ込む気力もない。

それにユリウス様の体温に馴染んだ身体は温かく、心地いい。

「…昼まで寝ますよ私」

「いいよ。おやすみ」

頭を撫でられる優しい感覚とともに意識が薄れていく。





<ユリウス視点>

眠るマリアベルの頬を撫でる。

マリアベルの寝顔は少し幼く、出会った頃を思い出す。


最初はただの政略結婚の相手としか思っていなかった。

ただ普通の令嬢より少しだけ好きなものへの執着が強くて、感情をストレートに出してしまうという点では変わっているなと思ったくらい。


あの頃の俺は貴族令嬢に対して面倒だなとしか感じなかった。

この顔と爵位のせいか小さい頃からそれなりに好意を寄せられてきた。

お茶会にも何度か参加したことがあるが、おしとやかの仮面を被っている彼女たちは話したいくせに自分たちから積極的に話題を振ることはない。


反面マリアベルは俺が何を話さなくても喋っていた。

好きなものの話をする彼女は本当に楽しそうで、嬉しそうで、初めて女の子を可愛いと思った。


それからもマリアベルはちゃんと言葉にして伝えてくれた。


父の仕事を継ぐために勉強に根を詰めていたとき。

「ユリウス様のひたむきに頑張れる努力家なところ好きです」


初めて水の魔法を使えるようになってマリアベルの前で噴水を作ったとき。

「きれいですね!ユリウス様みたいに優しい感じがしてすごく好きです」


少し遠出をしようとピクニックに行ったとき。

「今日の空はユリウス様のきれいな瞳みたいで好きです」


たくさんの好きをくれて、心が動かないわけがない。

こんなに想ってくれる子と婚約出来てよかったと、幸せだと。

これからは自分もちゃんと愛情を返していこうと思った。


けれどマリアベルが”好き”をあげる相手は俺だけではなかった。

弟に、侍女に、ベルティアン公爵令嬢やその幼馴染の騎士などにも彼女は”好き”を伝えていた。


わかっている。

マリアベルに特別な感情がないことも、相手もそれを”人として”しか受け取っていないことも。


けれど胸は締め付けられるように痛かった。


関係を築いてきた年数でいえば俺の方が圧倒的に長いのに、あんなぽっとでのやつに。

マリアベルの好きは全部俺に向けられてほしいのに。


学園に入ってからのお茶会ではマリアベルの口から聞かされるのはベルティアン公爵令嬢の話ばかり。

彼女とどこどこに行った。

お揃いで髪飾りを作ったなど。

嫉妬した。


それでも毎回思い直す。

俺はマリアベルの婚約者。

結婚してしまえばマリアベルは俺だけのものなのだから。

何を焦る必要があるのかと。

ただあまりにもベルティアン公爵令嬢と出かけてばかりいるので、皇太子であり幼馴染でもあるアルベルト・カーティスに文句を言ったこともある。


そして卒業パーティーが迫ってきたある日、俺は絶望した。

中庭でいつものようにベルティアン公爵令嬢と談笑しているマリアベルを見つけた。

向こうは俺に気付いていないようで、そのまま聞き耳を立てれば”婚約破棄”と聞こえたのだから。


「あなたが嫌なら婚約破棄でもなんでも言ってみたら?私も口添えするし」

「婚約破棄ね…。するしかないのかな…」

「どのみち誰かしらと結婚はしないといけないんだから。だったら別れるなら早めに別れて次探しにいかないとどっかの後妻とかになっちゃうよ」

「それは嫌だ~」

「でしょ。私だって、大事な友達が気持ち悪いおやじの後妻なんて嫌だもの」

「…うん、ちゃんと考える」

「そうしなさい。——私殿下に呼ばれてるからそろそろ行くわね」

「うん、またね」


最悪の気分だった。ひどい顔をしている自覚があり、急いで寮の部屋に戻った。

今までマリアベルと結婚するのは自分だと思っていたからこそ我慢できていた感情が一気に爆発する。


マリアベルが俺のもとを離れるなんて考えられない。

こんなに俺の感情を揺さぶっておきながら捨てるなんて許されない。

なんでだ。

いつから婚約破棄なんて考えてたんだ。

俺が何かしたのか?

いや今まで通り彼女のいい婚約者をやってきたはず。

前のお茶会も、この前廊下であったときも彼女は笑っていた。


なら何故。


…いや、何故かなんてどうでもいい。

俺は彼女だけはどうしても譲れない。

ならいっそ無理やりにもで囲ってしまおう。

そう思い立ってからは吹っ切れた。


今まで彼女にも好みがあるだろうと結婚するまではと我慢していた自分の瞳の色のドレスを送った。

そのドレスと対になるようなスーツを仕立てた。

差し色にはマリアベルの瞳と同じエメラルドを入れた。


パーティー当日、俺の色を纏った彼女は本当にきれいで。

好きな色だと笑ってくれた彼女は可愛くて。

パーティーになんて行かず、そのまま家に連れて行こうかと思った。

ただ、彼女は自分のものだと周りにも示したくて、なけなしの理性でパーティーには参加した。




腕の中でマリアベルが身じろぐ。

寝返りを打とうとしているようだが、反対を向かれたくなくて、自身の胸に彼女の頭を抱え込む。

しばらくもぞもぞしていたマリーだが、落ち着く場所を見つけたのか、大人しく寝息を立てる。


腕の中にマリーがいる。

誤解が解け、結婚の約束もできた。

今が幸せだと心から思う。


「大好きだよマリー。絶対、なにがあっても離さないから」

唇にキスをしようとして思いとどまる。


ファーストキスだ。

唇へのキスはマリアベルが起きているときにしたい。

唇に向けていた視線をおでこへ。

前髪を軽くよけ、そっと口づける。



短編ですが完結まで書ききった処女作です。

もしお楽しみいただけたら評価くださると大変嬉しいです。

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