No.44 渇望
No.44 渇望
「あ、そうだ・・・」
「どうした?」
「もしかしたらですが、私のステータスに何か変化があったかもしれません!あのワームと対峙した時に、こう・・・何と無くですが・・・何かが燃えるような感覚があって・・・そのお陰で、あの状況から押し返す事が出来た気がして・・・」
「・・・それは、スキルが開花したのかも知れないな。ただ、この国にギルド支部は無いからな・・・フォートレスに戻ってから確認する事になるが・・・」
そうか、自分のステータスを確認するにはギルドにあった魔導板に、手を触れないと見られなかったのだ。
直ぐに確認出来ない事に少し落胆した。
「一先ず、お前は回復に専念しろ。いくらお前のステータスが規格外でも、休養は必要だ」
そう言い、ヴィクターさんはテーブルに置いたトレーを差し出す。
ありがとうございます。そう言って受け取ろうとしたのだが、腕が上がらない。力を込めているのに、手首あたりが若干反応するだけだ。
「あぁ、さすがにポーションの反動が少し出ているな・・・。まぁでも、お前の事だ明日には動くさ」
「そう言う物なんでしょうか?」
「それでもかなり反動は少ない。普通の人間なら10日程意識が戻らない。重傷が即時治って、10日寝てるだけで日常生活に戻れるレベルの話が、お前の場合あと1日足らずで完治と思えば多少の代償は仕方ないと思ってくれ・・・とっ、ホラ」
口元に差し出されるスプーン。
「・・・口を開けないと、食べられないぞ?」
「えっ!?」
まさか、腕が使い物にならない私に食べさせて下さると言う事でしょうか?!
大声で叫びそうになり、何とか飲み込んだ。
「自分で食べられないのだろう?そろそろ何か栄養を入れなければ、回復日数が伸びる可能性が出て来るぞ」
「うっ」
ズイッと唇を押され口を開けると、すかさずスプーンが割り込んで来た。渇いた口内に温かい液体が広がる。
「おいしいです・・・」
「モル牛のミルクを使ったスープだ。ラナさんが、いつ起きても良いように用意してくれていた」
ゆっくりと嚥下すると、続いて二口目が運ばれる。
中の食材が細かく刻んであり、噛まずに飲み込めるのがありがたい。
タイミングを合わせて差し出されるスープを、繰り返し飲む。まるで、餌を運ばれるヒナ鳥にでもなった気分だ。
「パンも食べた方が良いが、・・・噛めそうか?」
「どうでしょうか・・・・・・あ、お手間になってしまうかもなのですが、スープに浸せば柔らかくなって食べられるかも知れません」
「なるほどな。待っていろ」
「───ありあとうございます・・・何から何まで・・・」
丁寧にパンを千切って浸してくれるヴィクターさんに、漏らすようにお礼を言う。
「お前のおかげで作戦が上手く行き、ドルガニルは日常を取り戻した。明日以降外に出てみると良い、たった3日で見違える程の変わりようだ。いや、本来の姿に戻ったが正しいな。お前の働きは十分過ぎる程だ。良くやってくれた」
優しい労いの言葉と、頭をサラリと撫でられる手に、涙腺が緩む。
どれだけ頑張っても頑張っても"良くやった"なんて言葉を、上司からかけられた事が無かった。そう言う物なんだと思っていた。
頑張るのは当たり前で、仕事は出来て当たり前で・・・仕上げても仕上げても「出来た?はい、じゃ、次これね」の繰り返し。
それしか知らなかった。
頑張る事は、必ずしも報われる事じゃ無い。
そう言い聞かせて来た、いつか、いつか、これが終わったら。このプロジェクトがまとまったら。そしたら────・・・
「おいっ・・・どうした?調子が悪いか?無理に食べさせ過ぎたか?!」
「あ、いえっ・・・これはっ」
瞳からボトボトを大粒の涙が溢れ落ちる。
あの頃に報われなかった思いが、気持ちが、渇望が勢い良く押し寄せて来る。
ブラックと言えど、仕事は嫌いでは無かった。むしろ好きな方だ。だから、会社でガムシャラに頑張り続けたあの日々。そんな数年間頑張れた理由。・・・ただ上司からの一言・・・"良くやった"その一言が、私は欲しかったのだ。
「───落ち着いたか?」
「はい・・・すみませんでした・・・」
涙が止まったのは30分くらい後で・・・
余りに利己的な感情から爆発した涙を、動かない手で拭う手段も無く、結局涙と鼻水もヴィクターさんの手を煩わせる事になった。
「まぁ、どこも痛く無いのなら良いが・・・命が危機に瀕した時、感情制御が覚束なくなる奴もいる。仮にそうで無くとも、コレを食べ終わったら、また休め」
「はい・・・」
また差し出されるスプーンを、お皿が空になるまで食べ続け、それからまた沈む様に眠った。
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