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奇小井 紬希 と デプレッション①

 ハクサイは、高校の裏門の先の森にいるアクティブな柴犬だ。放課後に俺と紫暮 ひさながやって来るのを待ってくれ、そして俺たちを囲むようにぐるぐる周り出す。懐かれているのかと思い、俺はハクサイの頭を撫でようとしたら俺の腹に頭突きしてきたり、頭の上に乗られたりで撫でさせてくれない。だけどひさなの場合、ハクサイは自分から撫でられに行くのだ。意味が分からない。俺とひさなの違いは一体なんだろうか。どれだけ一緒にいたかとかそんなところか。だからいろいろ試してみたのだ。猫じゃらしをハクサイの前でフリフリしてみたり爪とぎ用の段ボールを持ってきたりした。しかしどれもうまくいかなかった。ひさな曰く、それは猫用で犬にはまったく関係ないものだと。言われてみれば猫じゃらしに『猫』という漢字が使われてるしな。俺はそこ抜けたアホなのかもしれない。

 ひさなは毎日ハクサイに餌をやりに行っている。ハクサイがやせ細ってしまうのではと危惧したかららしい。あの森には確かに野生の動物がいるが、食べれそうなものがあまりない。そりゃあ心配するわけだ。だからちょくちょくひさなは昼休みに学校を抜け出して餌をやりに行く。それで先生に学校を抜け出したことがバレれば、毎回俺を道連れにしてきて気がついたら俺が悪いということで丸く収まる。俺は有意義なボッチ飯を楽しんでいただけなのに、こんな仕打ちはあんまりだ。

 ハクサイは俺たちがいない間何をしているのか。それは俺とひさなの共通の疑問だ。ハクサイと関わっている俺たち以外の人間とか野生の動物とかいるのでは思い、こっそり木の陰に隠れて観察しようとしたのだが失敗した。ハクサイは気配に敏感なのか俺たちのことをすぐに察知して俺たちのほうへと寄ってくるのだ。もしかすると、訓練された犬だったのかもしれない。

 しつけはある程度あるみたいだ。ひさなが「おすわり」と言えばハクサイは対面して座り、「おて」と言えば前足をてのひらに乗せてくる。ザ・犬って感じだ。楽しそうだったから俺もハクサイに「おすわり」と言ったら、ハクサイは俺の頭の上に乗り、「おて」と言ったら、前足で俺の頭をべしべし叩いてくる。だから俺とひさなの違いの差は何なんだよ。

 ハクサイとたくさん関わってきたが、どうしてこの森にずっといるのか未だにわからない。しつけがあるのなら誰かに飼われていたことになるだろう。だったらこの森に放す理由が全くわからない。俺は動物を飼ったことがないから飼っている動物への愛情とかはよく知らないが、そんな俺でも、誰も行かないような場所には放さないと思う。誰かに拾ってほしいからもっと人気のあるところに放すとかするのではないだろうか。

 ひさなもどうしてハクサイがここにいるのか知らないのだから、誰もハクサイの謎を知らない。ハクサイが人の言葉を話せれば問題ないのだが。

 ハクサイのことを燕奏 栞音に話すと彼女は、ハクサイはもともと野良犬で誰かがハクサイを拾って、一時期は飼ってたけど犬の世話が大変だったからもといた森に帰したと、考察した。たぶんこれが一番可能性が高いだろう。だが何かが違うと俺の勘が言っている。ひさなとハクサイの観察をしようとしたとき、ハクサイから春休みに感じた殺気と似たようなものを感じたからだろうか。例えば、実はハクサイが、春休みのときに出会ってしまった怪しげな占い師の仲間だったとか。さすがにそんなことはないだろうが、一応注意したほうがいいのかもしれない。やはり組織に入ることを考えたほうがいいのか。入れば安全が保障されるだろうがまだ答えを出したくない。あちらが時間を与えると言ったんだからまだそれを存分に使わしてもらおう。

 あいつの仲間の可能性も捨てきれないため、いっそハクサイを俺の住んでいる家で保護という形で観察してみるのが一番な気がする。とは言っても俺が住んでいるのはペット禁止のマンション。だからハクサイを保護するのは無理。ひさなも確かペット禁止のマンションとかだったし、燕奏の場合も父親がアレルギーとかで犬が飼えなくて悲しいとか言ってた気がする。いっそ組織の人に頼むか? あの人たちのことは信用していないから嫌だな。

 となると、やはりここで観察するしかないのか。

 もし本当にハクサイから殺気を感じるのであれば、最悪『チカラ』を使うことになるだろう。

 ひさなの分も『代償』を背負っているから、これ以上『心の音』を聞きたくない。ちょっと前まで我慢できた音も最近では、吐き気がしてくるようになったし。ひさなの『代償』を背負うのはよくなかったのかもしれない。まだこのことはひさなに伝えていない。もし伝えてしまったら責められるだろうか。まぁ、責められてもいいや。俺はこういうレールの上を進んでいくって決めたのだから。

 『心の音』といえば、俺にはもう1つ気になることがある。俺とひさなが帰るときハクサイから『心の音』が聞こえるのだ。『心の音』は自分と同じ種族、つまりは人間の音のみが聞こえるはずなのだが、ハクサイからも聞こえる。そうなると、ハクサイはもしかして人間だったのかもしれない。もしそうなら、人間が犬になるなんて『チカラ』以外に考えられるものはない。まあ、俺の勘違いかもしれないから何とも言えないが。

 もしかしてだが、ひさなと同じようにまた自分を犠牲にする必要があるというのか。俺はこの『代償』と一生を過ごすと決めはしたが、これ以上敏感に聞こえるようになっては、たまったものじゃない。でも誰かが困っていたら、たぶん自分を犠牲にしてでも何とかしようとしてしまうだろう。俺はそういう人間だってひさなのときに改めて思い知らされた。

 春休みの出来事やひさなのこと、『チカラ』、『代償』が全部夢だったらいいのにだなんて何度思ってきたか。数えたくないし数えるつもりもない。

 でもなぜかひさなの問題を解決したとき、なぜかこれらが本当でもいいのかもしれないと初めて思った。たぶんこの幸せは俺がずっと求めていたものなのかもしれない。

 自分で作ってしまったレールは絶望しか生まないと思っていたが、実は夢と希望を与えてくれるいいものだったのかもしれない。

 そんな風に考えていると、ハクサイのことが気が楽になった。

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