奇小井 紬希 と デプレッション④
翌日の放課後。
俺は1人で裏門の先にある森へとやってきた。
「おせーよ」
ハクサイは岩の上に足を組んで座りながら手を振っていた。
「しょうがないじゃん。ひさなに、親戚の人が引き取ってくれたって言ったら、その人に会わせろって言いだして大変だったんだから」
俺はリュックを岩のそばに置いて岩によっかかるように座った。
「そ。それより飯は?」
ハクサイが手をこっちに伸ばしてきた。
「とりあえずまずは服着ろ!」
リュックからゴスロリの服と下着を取り出し、ハクサイに渡してやった。
「何これ。あんたの趣味ってこういうのなんだ……」
「そんなわけねえよ! これは俺の部屋にあったやつで……」
「それは趣味以外の何物でもないよ」
「義姉さんがネットでよく服買うんだけど、しょっちゅうサイズ間違えちゃうわけなんだよ。それでいらないからって俺に毎回押し付けてくるきて、俺は着れないし着たくもないからとりあえずタンスに入れてたの」
「でもなんで、ゴスロリを選んだわけ?」
「タンス開けて一番近くにあったからだよ」
「あっそ。……じゃあ下着は?」
「義姉さんが下着が小さくなっちゃったからって俺に渡してきやがったやつだよ」
「で、毎日あんたは頭に被ったってわけね」
「か、被ってねえから!」
ハクサイはすぐに下着やら服やらを一瞬で着た。
「服着たし飯をくれ」
俺は今日の昼休みに買った購買のピザみたいなパンを渡してやった。
「あたし、寿司の気分だったんだけど」
「さすがに贅沢すぎるぞ!」
ハクサイは文句をブツブツ言いながらも食べた。
「ほうほう。あほ、ほはひほへいへいははっへ……」
「何を言ってるのか全然わからん」
ハクサイは口の中のものを飲み込んで改めて口を開いた。
「他にも命令があって、ちょっとついてきてほしいところがあるんだよね」
ハクサイは残りのパンを口に全部放り込んだ。
「命令多くないか? というかそろそろスマホ返してくれよ」
昨日、ハクサイは俺のスマホを奪い取り、人質というかスマホ質にされた。ひさなにハクサイのヌード写真が送られてしまうという非人道的行為をされてしまうため、しぶしぶ従っているというわけだ。
「しばらく犬として生きてたから、ちょっとやることが多くて」
ハクサイからギュゥーンと『心の音』が聞こえてきた。
吐き気がする。虫唾が走る。嫌気が差す。忌々しい。不愉快。
俺はリュックから水筒を取り出して、無理やり落ち着かせた。
「いいよ。どこにだってついて行ってやるよ」
俺の口から、俺じゃない何かが出てきたような感じがした。まるで杉函 千景の言葉のような何か。俺の心の底からの言葉ではなく、反射で言ったようなそんな気さえする。義務というのが言葉が一番ふさわしいのかもしれない。
「それじゃあ早速行こ……」
ハクサイの言葉が途中で止まった。
どうしたのか不思議に思いハクサイのほうを向くと、ハクサイは岩から降りて構えていた。
「まだ少し遠いようだけど誰かいるみたい。殺気のような何かを感じる」
俺も思わず立ち上がった。
またハクサイのときみたいに襲われてしまうのか?
俺とハクサイが警戒していると、現れたのは1人の男だった。
「どうも奇小井 深雪さん。僕とは初めましてになるのでしたね。それじゃあ初めまして。海根 斎と言います。あなたが嫌っている組織に入っておりまして、杉函 千景先輩の部下でした」
海根 斎と名乗る男からガァーンと『心の音』が聞こえてくる。
「ちょっと失礼」
俺はハクサイと海根 斎から離れた叢へと走り、思い切り吐いた。
春休みに会った杉函さんの部下を名乗った男とは別人のようだが、それでも春休みの事件を知っているのだろうな。そうでなければ俺のもとへ来るはずもない。
組織の勧誘に来たってのか。
たぶん違うだろう。
もうこれ以上組織に入りたくない。というか関わりたくない。
今日でもう組織との関係を絶たなくては。
俺は両手で頬を叩くと、先ほどいた岩の前へと戻った。
「すいません。ちょっと気分が悪くって」
「大丈夫です。というかたぶんそれ、僕のせいですよね。正直に言いますと、奇小井さんには悪い印象がありまして。それで僕から『心の音』が出てしまったんでしょう。まあ僕には、そのような音なんて聞こえないので、どのくらい迷惑だったのかまではわかりませんが」
「海根……さんだっけ? あなた方が俺に悪い印象があるのは、しょうがないと思ってる。だから謝らなくていい。……それで俺に一体何の用で?」
「今から行ってほしいところがあるんですが、予定はありますか?」
「それについては、俺のそばにいる人と話し合っていた。それに、あなた方組織の言うことに従うつもりはない。メリットがないって、4月にも組織の他の方に言ったはずだから」
組織に従って何か仕事の手伝いをすれば、報酬がもらえるのは確かだ。しかしそれでも、俺の罪悪感は消えない。
だから俺は目を瞑り、見て見ぬふりをすることにした。……はずなのに、どうしてだかそれがなかなかできない。
都合の悪いときに現れる組織が憎い。
「そこの女性の方が行きたいと言っていた場所だと思いますけど?」
俺とハクサイは顔を見合わせた。
「それってもしかして……」
「幽墨堂という古本y……」
「あんた、どこまで知っている!」
ハクサイは海根の胸倉を掴んで叫んだ。俺に襲ってきたときみたいに。
海根は淡々と話し始めた。
「僕が所属する組織は『チカラ』に関することがあれば、それらの情報をすべて集めるのが我々の仕事なんですよ。あなたは『チカラ』が使えるんでしょう? なら我々があなたが知りたい情報まで知っています」
ハクサイの力が抜けた。
海根はさらに口を開いた。
「それで奇小井さん。あなたはこちらの女性に協力するんですよね? なら、あなたはせっかくですし、我々に協力しませんか? もちろん報酬はあります」
「協力はする。でも報酬はいらない。どうせろくなものじゃないし。ただし、これ以上俺に関わらないと約束するならな」
「それはあなたがもうこれ以上『チカラ』に関わらなければ約束しましょう。我々はそういうグループですので」
「そうだったな」
協力するべきかしないべきか。協力したくないのが本音だ。どうせ大変な手伝いをさせられるのだろうな。俺は別に雇われてないからという理由で最後までは取り組まなくていいらしい。でも義務があるからな……。
「約束してくれたしやってやるよ」
「そうですか。それじゃあ早速ですが、幽墨堂へ向かってください。場所はそちらの女性の方が案内するつもりだったと思うので、心配しなくていいですね。そして仕事内容はいたってシンプルです。 黒杵 柚音に会いに行って、お札を回収するだけです」
ハクサイは 黒杵 柚音という名前に反応した。一瞬表情が明るくなったかと思うと暗くなってしまった。複雑な関係とか?
「そのお札って一体どんな効果があるんd……」
俺は海根に質問しようとしたとき、海根の姿はもうなかった。
「あんたって、あの不気味な男のグループと何かあったの?」
ハクサイは首をかしげながら聞いてきた。
「ちょっとあの組織の一部の人たちに恨まれるようなことをしちゃって……」
ハクサイは黙り込んでしまった。
俺はリュックから、麦茶が入っているペットボトルを取り出した。
「そういや、ハクサイって喉が渇いてんじゃないの? これやるよ」
握りしめていたペットボトルをハクサイは奪うように取った。
ハクサイはふたを開けながら口を開いた。
「あんたには世話になりっぱなしだったし、もうスマホ返すよ」
岩の上に上って、投げるように俺にスマホを渡してきた。
「じゃあ、幽墨堂とやらに行くか」
「そうそう。命令じゃないんだけどさ、お願いがあるんだよね」
「何?」
「あたしのことをハクサイじゃなくて、紬希って呼んで」




