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8、風と問いかけと忘却と

――同刻。


 学校の裏山。木は疎らな人工的な山の森。木々は殆どが針葉樹。木材を取るために植林されて、けれど、いつの間にか外国製の安い木材に押され伐採した方が高くつくと判断され放置されている山である。

 その中で少し開けた場所があった。大きく成長した木が他の木の成長を阻害していて、けれど、その大きな木も雷に打たれて折れてしまった跡地。死した大木を弔うように開けた草原に二人はいた。


「ごめんね、瑠璃葉」

 謝っていた、何をおいても謝らなければならなかった。瑠璃葉は狐だ。狐狗狸法という名の召喚術で呼び出されたと瑠璃葉自身が語っていた。

 それはつまり、召喚術の制約を受けるということらしい。狐狗狸法の制約は単純。こっくりさんとして振る舞うこと。つまり、それは召喚者の質問に答えるということだ。

 だから、聞いた。色々と。彼女の答えを。

「僕は最初、君を疑ってた」

 それは本当。心を奪われた、けれど、疑っていた事は嘘ではない。害をなす物だと直感していたから。でも、それは間違いだった。『彼女』は害することを望んでない。

――いや、望むという言葉を使うなら、誰も、だ。誰も傷つけることを望んでない。

――なのに。

 それでも、原因があるとするなら僕だ。

 自分の胸を掴む。痛いほどに握りしめる。胸ポケットの十円玉の感触を感じる。

――こんなものが。

 そうだ、岡本は言っていた。『十円玉は二十四時間以内に使わなければならない』と。それは多分。最終期限。終の時。四人いるときの四人目。

 どうしてだか感じている。まるで心が繋がってみたい。四人が親友だったかの様に。

「僕らが……」

 代償だ。支払期限を後回しにして、その最終取り立てが二十四時間後。召喚の代償。

 悪魔を呼び出すのに乙女を生贄に捧げる、物語の良くある形。

 それを野放図に、ではなく、制御して、となればどれだけの代償が必要なのか。

――心を喰われた。

 ココロのスキマ。

――例えば、愛の告白をした男の子が、失敗覚悟でそれをしておきながら、受け入れられた時の動揺。

――例えば、親友を愛することに必死だった少女が、ふとした瞬間に男の子の真剣な告白を受けたときの動揺。

――例えば、自分の企画した催しに参加した人間のうち自分以外の三人が三人とも消息不明になったという動揺。

 焦燥感、心が燥いて焦げる。じりじりと焼く。ブルーからウェルダンそれを通り越して炭化し煙を上げる。あぁ、そうだ。他人のそれではない。

 自分たちの『呪い』だ。故に抗い得ず、瑠璃葉には罪がない。

 儀式の作用、反作用と別個に此所にいるのだ。どうしようもなかった、訳ではない。どうとでもしようがあったのに。何もしなかったのだ。

 息を吸う。溜める、力を放つ前の弾性のような沈黙。空気には緊張感。

「僕は君が好きだ!」

 宣言。声が只の声ではなくなる瞬間。言葉は力。そして、力を放てば脱力が来る。

――く。と脚に力が入る。

 答えを待つ間の防御。

――違う。

 こんなの告白じゃない。逃走だ。一歩という距離を置いて瑠璃葉が向こう側にいる。そちら側に行けば、彼らに起きた事を、事実という荷物を、真実という十字架を、降ろせるのではないかと思うような。

――くそう!

 心の中にある物は何か。本当に好きだという気持ちなのか。自問に対して。

「それは、だめ」

 瑠璃葉が口を開く。言葉が刃物で出来てるみたいに、痛みに怯えながら口にした。

「心は何処にあるの?」

「――」

「私の心も、貴方の心も、貴方達の心も――あの、夕暮れの教室で黄昏の中に、誰彼の中に混じり合っているの。私は貴方を好きだけど、私が貴方を好きなのか解らない。貴方を好きなのは誰? 私と混じり合っていたあの時の貴方達の誰かなのかもしれない」

 言葉の意味が僕には分かる。そうだ。あのとき、確かに、僕の中には、僕でない物があった。そして、それは、墨流しのように、ぐちゃぐちゃで。処理できない物を無理矢理押し込まれたように。思いが交錯していた、想いが交錯していた。

――薄っぺらな、何もない、好きな人も居ないはずの僕があの時は人を好きに……。

「あの時、貴方はどうして、私を求めたの? 貴方が好きなのは誰?」

 狐狗狸さんに問うた。『僕の好きな人を教えてくれ』と。 瑠璃葉は言っていた、質問の答えは質問者達の心の中にあることが多く、狐狗狸として呼び出された者は人の心を覗けるのだと。願望であり答え。

――鳥居に動いた十円玉。

 それが誰を指しているのか。そうなったことで僕が出会ったのは誰なのか。

 覗いた者がいると言うことはそこに道があるということだ。どうしようもなく、心で繋がった。人を好きになれない僕が、まるで、友達と思ってしまうように。

 穴があったのだ。心の中に、のぞき込んで、そこに落ちた奴が居た。望んで、望まれて、求めて、求められて。すっぽり嵌れば抜け出せない、と言う話。

「――それでも、僕が好きなのは君だけだ」

「そう、私が好きになったのも貴方だけよ」

 嘘はない、嘘じゃない。嘘を口に出来る場ではない。なぜなら、彼女は制約に縛られて嘘の答えを言えないのだから。僕はそれに答えたいと思っているのだから。

――一歩の距離。

 瑠璃葉は越える、その一歩を越えて隣に立ってくれる。

「あと、六時間だけ」

 どちらが口にしたのかはわからない。



――午後・五時半。


 今の私に貴方の全てを連れて行く事はできない。だから、待って、いつかを。運命の綾が、どこかでまた出会いをくれるから。

 だったら、僕の心を少しでもいいから。

 ……。

 ……。

 魂までは触れられない、だから、記憶をもらっていくわ、今日と昨日の。

 もう一つ、君にしか渡せないものがある。

 ……何を?


 ちゅ――。


 恋心。



――午後・七時。


 夕闇の中で、僕は一人だった。何があったのかなんて覚えていない。

 何かがあったのだろうとは思う。学校の裏山に居た。家出でもしようとしたのだろうか? 財布には結構なお金。

 何も覚えてないけれど。家に帰るとパトカーが止まっていた。両親が泣きながら僕に抱きついた。――嫌悪感。


 僕は意識を落とした。


――次に目が覚めたときには病院のベッドの上だった。


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