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6、午後五時の赤い部屋

 小学生として最後の十二月、冬の夕暮れ、放課後の教室は赤い。世界ごと赤くするみたいだ、と僕は思った。

 塗りつぶすのだろう。何もかもを、闇夜の黒のように暴力的でなく、じんわりと広がっていくように犯す赤は抗いようがないのではないかと思った。手を見れば手が赤い、服を見れば白い部分が赤く染まっている。

 あぁ、赤いなぁ……。



――午後・五時。


「ってわけなのさぁ」

 赤色に染まる教室の中で机を囲んだ四人。俺から見て右側に立っているのはベリーショートで六年生にしては胸も薄い、男の子のように快活な彼女は岡本麻木。少女らしく花占いや星占いやタロット程度で止めておけば良いようなものをブレーキを忘れて怪談収拾や、その実践に踏み出した女子だ。今回のこれも彼女の仕入れてきたネタだ。

 『こっくりさん』というらしい。満面の笑みを浮かべているようだけれど、はっきり言って余り見えない。山際に沈みかけた太陽を背負っている彼女は眩しい。

「……カーテン閉めない?」

 俺が思っていたのと同じ事を口にしたのは武田洋、同じく六年生でこちらは男。短めの髪、後ろは刈り上げ、全体的に爽やかな感じで行動パターンも見たとおりだ。リトルだかシニアだかのサッカーをやっているらしい。俺から見て左に立っているこいつが俺をこの『儀式』に連れ込んだ張本人だ。どうしてもと頼み込まれたのだ。

「あけとかないとだめ、なんだって~」

 間延びした口調で武田の意見をあっさり却下したのは北見咲穂。岡本の逆で女の子っぽさを追求したような見た目だ。長い髪はリボンカチューシャで止められている。いつも、絵本の中のアリスが着るような服のもう少し細部に豪華さが滲むようなものを着ている。だが、内面は結構えげつないのではないだろうかと思う。

 岡本の親友である北見は岡本に尽くす、それ自体は友情賛歌だ、好きにすればいいと思う。問題は北見が岡本の為という言葉で全てに免罪符をかけることだ、手段を選ばない――言ってしまえば狂信者の様な物だ。

 武田を脅したり賺したりしたらしい、あずかり知らない事ではあるが、僕に頼み込んできたときの武田の泣きそうな絶望感に満ちた顔を見ればかなり酷いことがあったのだという推測は出来る。正面に立つ北見を見ると微笑んでいる――理性では整った顔だと思うのに怖いのは本能の警告だろうか?

 さて、と、促すように岡本を見ると、岡本は慌てたように自分の席に走った。そして、一枚の紙を持ってきた。そして、教室の中央に置かれた机――武田の机だ――に設置。

 表面には細かい文字が書いてある。殆どがひらがな、上の方に楕円に囲まれたイエスとノーがある。更に上、鎮座するように形という文字の左側のような記号が書かれている。鳥居らしい。

 始めよっか、と岡本は軽いく言い放った。



 机の四方に立って。机の上には紙、更に上に十円玉。十円玉に皆で人差し指を乗せると岡本は咳払いをして重々しく口を開いた。

 それを合図に皆で事前に渡されていた『呪文』を唱える。ノートに書かれていたそれは余り長くもなかったが、意味のある文章ではなく覚えるのは少し大変だった。

 それでも僕はきちんと覚えて諳んじたのだが、武田は二度間違えた。その度に北見の笑みに圧倒されながら覚え直すという一幕もあった物の三度目できちんと皆が唱えた。

 そして、十秒、何事も無く過ぎたのだが。更に少しの時間が流れたときに、背筋に軽い悪寒を覚えた。

 ぞわりとした、鳥肌がそばだつような感覚。それ自体は一瞬で、けれど、その後は一秒ごとに心を埋めようとする焦燥感。何か、不味い――そう思ったのだけれど、口に出せない。口に出すことが『何か』の機嫌を損ねるような気がした。その焦燥感が吐き気に変わる寸前に「よしっ!」と喜びの声が上がって、十円玉がぴくりと震えた。

「よかったね~、麻木ちゃん」

 北見が間延びした声で褒める。

――二人にはこの感じがないのだろうか?

 武田は、と見ると確かに顔色は悪いのだが、その顔色の悪さが先ほどの北見のプレッシャーによる物なのかどうかの判別がつかない。けれど、良く考えてみると、北見にしても岡本にしても声色に強がっているような感じがなくも、ない。

 はっ、はっ、と息を二、三度深く短くすると吐き気が消えて焦燥感も薄まった。

――何だったんだ。

 僕は少し疑問に思ったけれど、儀式自体は事前の説明通りに進行しているようだ、空気が変わるというのはああいうことだったのだろうか?

「う……」

 吐き気が消えて焦燥感が薄まっても肩の上にのしかかる圧迫感は無くならない。

「え、えっと、じゃあ、質問してみたいんだけど……」

 戸惑うような詰まるような声の岡本。

「それじゃあ、ポジティブコントロールが必要ですね~」

 顔色は見えないけれど声の調子は戻ったような北見が言った。ポジティブコントロールとは六年の時に学校に来た理科の先生が言っていたのだけれど、実験環境が正しいかどうかを知るために結果の分かっている実験をすることだそうだ。

「それでは狐狗狸さん『私の好きな人は誰ですか?』」

 教室の空気が張り詰める。冗談で言ったわけ……では無さそうだ。笑ったり慌てたりと愉快なリアクションをするべき場面なのかも知れないけれど、教室に満ちている空気はそれを許さなかった。

 空気が、痛い。よく分からないが、言葉にするならば――力が荒れている――と言えそうな空気。乱流とでも言えばいいのか。

 けれど、それも数十秒で消える――いや、消えたのではない。乱れているとしか思えなかった力の流れがだんだんと制御された物に変わってきた様な感じ。波に浚われる様な痛みが、大きく静かな川の流れに身を浸しているような圧力に変わる。

 そして。――ず、ずず。

 と、紙の上の十円玉が動き始める。動き出しは勿体をつけるように、次第に遠慮のないような速度で。始めに『お』次に『か』『む』『ら』『ま』『き』と続く。

「うふふふふ、この狐狗狸さん。本物みたいですね~」

「咲穂」

「うふふ、麻木ちゃん、私がどれくらいホンモノなのか解っていただけましたか?」

「――えと、うん。ありがとう、咲穂」

 満足げな北見と呆然と動揺の混じった岡本。その会話の後で、北見は武田に視線と十円玉に乗せていない方の手で指図をする。次はあなたの番よ、とでも言うように。その指先を凝視しながら武田は短く深い息を吐いた。躊躇を吐き出すような一息。

「じゃあ、俺も『俺の好きな人の名前を』」

 告げると同時、先ほどと同じような空気の緊張が来る。しかし、それは、痛みの段階にまで引き上げられることはない。先ほどの乱流の段階を飛び越えて清流の雰囲気が来た。ゆるくおすような流れが先ほどと同じように十円玉に掛かる。動きだし、次々と文字の上で止まる。六文字のひらがな単語に直すと『北見咲穂』。

 緊張が持ってくる物ではなく、もう少し、酸味の強いような沈黙が来た。それは気まずさから来る物なのか。少なくともその時の僕と岡村には何も言えなかった。

 なぜなら当事者は北見と武田だ。そして、その二人は――。

「ってことだ、北見」

「――あらあら。私、麻木ちゃんを愛することには慣れていてもそれは叶わぬ思いであるとも知っていましたの」

 武田の言葉に真っ正面から立ち会わない言葉。

 けれど、赤い陽光の中でも北見が武田のことを真っ直ぐに見ているのは解る。逃げているわけではない、端に立っている僕にもそれくらいは感じられる。

「だからかしら? 褒められて悪い気はしませんわ」

 良い感じの空気が左側に漂っている……。

「えっと、席順的に僕の番か」

 良い感じの空気に耐えられなくて僕はそう口にした。言葉も、嘘じゃない。正面の北見で左の武田、次は僕で最後に岡本。それが自然な流れだろう。左側に漂ってる若干、桃色の空気はどうかと思うが、ここで流れを変えるのも変かなと感じる。

――まぁ、それでもいいか。僕も、僕に好きな人がいるのなら知りたいところだ。

「それじゃあ、此所にいる誰かさん『僕の好きな人を教えてくれ』」

――言った。



 次に存在したのは風だった。

 窓が開いていないにもかかわらず、風を感じる。だが、とそこで気付く。結構強い風であるにもかかわらず、紙は揺れず、服もはためかない。風を感じているのは体と心。

 それ以外には吹かない風。その感覚は先ほどの乱流に近い、が、規模は先ほどよりも大きい。いや、大きさではなく強さが違う。

 風は身をおすほどに、そして、ぶるりと、思いを表す事を躊躇う様な凪の一瞬の後。

 風が跳んだ。



 ずずず、と、弱い風の吹く教室の中。動く事を恥じるような遅さで十円玉が動く。

 動いて、そして、示したのは。

「?」

 四人は困惑と沈黙を表した。なぜなら、十円玉が示したのは文字でない。示したのは『鳥居の記号』。

「……え?」

 そして、教室中に満ちていた雰囲気が一掃される。ここにあるのは、ただの放課後の教室。夕方の赤はもはや恐怖でも焦燥でもなくただ郷愁を誘うような物。

「どういうことかな、岡村」

「……あ、え――と、し、失敗かな?」

 何とも頼りない答え。その答えに最初に反応したのは武田だ。十円玉から手を離した。

 あ! と誰かが咎めの声を挙げる。だが、飄々といなして。

「――いや、大丈夫だろ。狐狗狸さんとやらはもう帰ったみたいだし」

 確かに、事前の説明によると狐狗狸さんが帰ったときは空気が元に戻ると言っていた。今の空気は確かにおかしな部分はない。

 それでも最初に手を離すというのは勇気の要る事だ。あるいは馬鹿か。

 と、言いつつも最初の一人が手を離せば後が離すのは容易い。

 次に離したのは北見だ。十円玉から指を離して、それから岡村の手を取る。緊張して十円玉から外れない手を優しく外してやる北見。そして、最後に離したのは僕だ。

「じゃあこれは、僕が」

 他の皆の頷きを受けて十円玉をポケットに収める。『最後に離した者が二十四時間以内に十円玉を単独で使用する』のだそうだ。


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