コーレッジ・ファン・ムクレヘルム
ベルンストが戻ってくると、メリーアンジュに聞かれたくないのだろう、ロイとアーレンゼルは侍女と警備兵にメリーアンジュを任せて出ていった。
今夜はここで過ごし、明日早朝に国に戻るという。
「お嬢様、陛下がお見舞いにみえておられます」
侍女が、来客をつげたが、王のお見舞いと聞いて断れるはずもない。
ムクレヘルムは先王の死により、17歳で王位を継いた。
その戴冠式には、ベルンストがキルフェ王国代表として参列していた。随行はアーレンゼルだったので、王の顔を知っていたのだ。
メリーアンジュが礼をしようとするのを、ムクレヘルム王が止めた。
「大変な思いをされたご令嬢に、無理をさせたくない。
私は、コーレッジ・ファン・ムクレヘルムだ」
「お言葉に甘えて、このままで失礼します。
メリーアンジュ・エリア・マドラスでございます。この度は、助けていただきありがとうございました」
ムクレヘルム王は、メリーアンジュに見とれるように見つめている。
メリーアンジュの容姿で微笑まれると、大抵の男は騙される。
頭の中では、あの男が怪しいと思っていたなら前もって手をうっておきなさいよ、と思っていてもだ。
私が殺されていたら無能の王よ、などとは言葉にせず、ニッコリ微笑む。
「メリーアンジュ嬢は、公爵令嬢と聞いた。すでに婚約者はおられるのか?」
だから何ですか? とは言えない。
「兄と父が過保護で、まだ決まっておりませんの」
恥ずかしげに顔を伏せてみる。
ムクレヘルム王の頬が赤く染まるのを、伏せた顔でほくそ笑むメリーアンジュ。
あんな目にあって、鬱憤張らしであるが、可憐な令嬢にしか見えない。
だが、やり過ぎてはいけない、ロイとベルンストがややこしいことになる。
「たしかに女神のごとくの美しさだ、家族が大事にするのもわかります。」
ムクレヘルム王は政略とはいえ、王妃がいる。
社交辞令なのだろう、とメリーアンジュは思っているが、ムクレヘルム王は、さらに言葉を続ける。
「これから、ムクレヘルム王国とキルフェ王国は協力体制になる。深い結びつきが必要だ。」
「だから?」
突然低い声が響いた。
あわててムクレヘルム王が振り向くと、ベルンスト、ロイ、アーレンゼルが扉の所に立っていた。
地響きのような足音を立てて、ベルンストがムクレヘルム王の前の椅子に座ると足を組む。
「だから?」
再度、ベルンストが尋ねる。
「婚約者がいないと聞いたので、私は第3妃まで許されている」
「私のアンジュを第2妃だと?」
アーレンゼルが睨みながら口を開く。美貌に凄味が加わり、魔王そのものだ。
「我が妹を国外に出すなど、ありえない」
会いに行けないではないか、と声が聞こえるのはメリーアンジュだけではないだろう。
「正妃とはいえ、第1王妃の下の位だ。しかも苦労は並大抵ではない。
アンジュの夫候補と名乗り出るなら、他の夫候補に引けを取らないレベルになってからの話だ」
他の夫候補、とムクレヘルム王が呟くが、アーレンゼルは無視して続ける。
「他にも妻や愛人のいる男は問題外だ。
まさか、単純にアンジュに婚約者がいないなどと思っていないだろうね?
そこの男二人は、もう10年も前から求婚している。
地位、財産、愛情、権力、全てにおいて最高の二人であろう」
お前など話にならない、と他国の王に言っているのだ。
ベルンストの方が地位が上だが、ロイの方がリスクが少ない。
そこの男二人と言われて、ムクレヘルム王はベルンストとロイを見る。
「アンジュに寄って来る虫を追い払うのは得意だ」
ロイがニヤリと笑えば、
「潰してしまえばいい」
ベルンストは笑いもしない。
どうしてこの3人は大事にするのか、とメリーアンジュは胃が痛くなりそうだ。
婚約者候補がいるから無理だ、で終わりだろうにと思う。
「ベルンスト、ロイ、私が他を選ぶことなどありません。
お兄様もお解りでしょう。
それより、犯人達はどうなりましたの?
私を殺そうとした犯人は?」
メリーアンジュがお茶のお代りを淹れようとして、侍女があわてて動き出す。
緊迫した空気が変わったのを感じて、ムクレヘルム王は降参するしかないと思う。
美しいだけでなく、敏く、優しい姫君。そう心に閉じ込めたのだ。




