密会
ヨハネを乗せた馬車は、王都の端にある館にたどり着いた。
ボーデン公爵のタウンハウスの一つであるが、外国の要人等と隠れて密会するときに使用されている。
馬車寄せは木々の配置で、外からは見られないようになっている。
馬車から降り立ち、ヨハネは館を見上げる。
こじんまりした館は、華美な装飾は避けられ、ありふれた建物のようにみえたが、邸内は手の込んだ調度品で整えられ、贅をこらした館だと納得が出来る。
ヨハネもアイサイム伯爵家をはじめ、何軒かの貴族の館を訪れた事があるが、その中でも一番趣味がいい館であると感じていた。
これほどの館で使用人に会わないのは、使用人が下げられているのだろう、と気がつく。
ガターン、アーレンゼルが開けようとした扉の中から何かを叩きつけるような音が、小さくだが聞こえた。
アーレンゼルはノックしようとした扉を慌てて開けると、音は大きく聞こえてきた。
目の前には二人の男が殴り合っていた。
「何しているんだ!」
アーレンゼルは、二人の中に割って入ったが、二人とも肩で息をして興奮が覚めないように睨んでいる。
上着のボタンが飛び散り、中のシャツがはみ出している。
髪は乱れ、口元は切れているのだろう、血が滲み、頬は殴られたせいで腫れて赤くなっている。時間がたつと変色してくるだろう。
お互いが腹や顎を手で押さえており、殴られたか蹴られたのだろうとわかる。
魔力や剣技はなく、腕力のみだったようだ。原始的というか、喧嘩というか。
双方ともに息をするたびに顔をしかめているのは、肋骨が折れているかもしれない。
元は応接室であったのだろうが、飾り壷は割れ散り、装飾品が散乱し、ソファーもテーブルも傾いている。
ヨハネは部屋の惨状に呆れるばかりだ。
「一度、やり合っておく必要があった」
フルンと頭を振り、服の乱れを正しながら男が応える。
「この部屋は使えないな、案内しよう、こっちだ」
もう一人が周りを見渡し、ツウ、と小さく声を漏らして動き始めた。
男の後ろを、もう一人の男が歩き、その後ろにアーレンゼル、ヨハネと続く。
隣室に入ると、ソファーに座った男の後ろにアーレンゼルと男が立つ。
ヨハネは、正面に立ったままだ。
「少しの治癒術ができます。治癒してもいいでしょうか?」
恐る恐るヨハネが申し出ると、アーレンゼルが頷いた。
神学校で、魔力のある者は治癒術に重きをおいて訓練される。
ヨハネもそこで覚えたのだろう。
ヨハネの魔力量であれば、本人が言う少し程度ではなく、従軍治癒士並みの治癒能力があるかもしれない。
ヨハネは男達の傷を負っている部位に治癒術をかけていく、ソファーに座る男の顔の腫れがひいていくと、その顔に驚いた。
瞳の色は違うが、ヨハネと男の顔が似ているのだ。
男が口を開いた。
「私は、ベルンスト・シュレジ・キルフェ」
ベルンスト・シュレジ・キルフェ、この国の者ならば誰もが知っている王太子の名前だ。
後ろに立つ男も、名前を名乗る。
「ロイ・パトラッシュ・ボーデンだ」
大貴族ボーデン公爵の家系だと察し、やはり王太子殿下だ、とヨハネは思うしかなかった。
「なるほどな、よく似ている」
ベルンストは眉一つ動かさず、ヨハネの顔を観察する。
ヨハネ・ソレイユをユークレナ結社においておけない。
処分するか、無関係ならば取り込むか、ベルンスト達はそれを決める為に、アーレンゼルを迎えにやったのだ。
ボーデン別邸にヨハネ神父を連れたアーレンゼルが着く頃に集合となっていたロイとベルンストは、積年の思いが炸裂した。
屋敷で会った途端、殴り合いになったのだ。
メリーアンジュを奪う憎い男。
ロイが殴り掛かるのをベルンストは殴り返すことで応えた。
己の腕力のみ。
人払いした屋敷の中で、止める者などいない。
ベルンストが壁に弾き飛ばされた振動で、壁にかけてある絵画が落ちてガラスが割れる。
蹴り飛ばされたロイが倒れこんだ椅子ごと転がる。
それはアーレンゼルが来るまで続いたのだった。




