ヨハネ・ソレイユ
アイサイム伯爵領の教会で、神父であるヨハネ・ソレイユは、自分の周りを探っている者がいるのはわかっていた。
少なくはない魔力があるため、気配だけでわかる。
だが、今日は違っていた。
大きな魔力を感じる。数日前に使いで来た男達の中にも大きな魔力を感じたが、それとは違うようだ。
いつものように礼拝堂で祈りを捧げていると、隠そうとしない気配に気づいた。
「どうぞ、出て来て下さい。」
ヨハネは背後から感じる魔力の持ち主に話しかけた。
カツンカツン。
石の床に響く足音。
「礼拝の邪魔をしてしまったようで、申し訳ない」
ヨハネは声に振り返り、言葉を飲み込んだ。
美しいという表現が似合う男が立っていた。
アーレンゼルである。
何より大きな魔力をこの男から感じる。
そして、アーレンゼルもヨハネの魔力を感じていた。
王家の血をひく、それは間違いないのだろう。
「お初にお目にかかる。私は、アーレンゼル・コートレー・マドラス」
騎士ではないが、帯剣をし深紅のマントを翻して歩く様は文官には見えない。
「マドラス公爵家ゆかりの方とお見受けする。
私のような田舎の神父でも知っている大貴族の方が、なぜこのような場所に?」
マドラス公爵と言いながら、ひるむでもなく堂々と対峙するのは、田舎の神父にはできないだろう、とアーレンゼルは見ている。
「何故にレーダン侯爵の誘いを受けられなかった?」
カツンカツンと足音を立てながら、手を伸ばせば神父に届くところまでアーレンゼルは歩いた。
手に持っていた聖書を祭壇の机に置き、神父は頭を振った。
「身なりも立派な騎士様でしたが、私が一番強く魔力を感じたのは、代表とされている騎士様ではなく後ろに控えている騎士様でした。
まるで、貴方様の様にとても強い魔力をお持ちでした」
それはロイの事だろう。ボーデン公爵直系の魔力と護衛騎士の魔力では大きな差がある。だが、それを見極める能力を持っているというのも強い魔力があればこそなのだ。
貴族にとって血筋というのは大きな意味を持つ。
父の血筋の魔力と、母の血筋の魔力、両方を持った子供の方が魔力は大きい。
神父の魔力は、王家の血筋の魔力で大きいが母は平民で魔力がない。
王家の魔力を得た神父よりも、父からも母からも魔力を得たアーレンゼルの魔力の方が強いだろう。
同じ血筋のメリーアンジュの魔力が少ないのが、異様であったのだ。
内包するのは巨大な魔力とわかったのだが。
「たしかに、それは不審に思うな。
だが、普通はそれに気が付かないはずなのだ。我々は魔力を抑える術を持っているから」
淡々と言葉をつむぐアーレンゼルに、神父が驚いたように目を見開く。
「貴方は、私に魔力があるのを不思議がられませんね?
きっと貴方も私の魔力を感じているでしょうに、分不相応と思いませんか?」
ヨハネは魔力があることで、得ることよりも失くすことの方が多かったのだろう。
庶民には魔力がない、下級貴族でも魔力のない者もいるぐらいだ。
市生活で過ぎた魔力は、人々の関心を引き、忌み恐れられる事が多い。
報告書では、魔力の暴発で母親が亡くなったと記してあった。
大きな魔力を持ち、街では制御する術を教える人もいなかったのだろう。ましてや幼子ではどうする事も出来なかったと想像するのはたやすい。
「いや、実は少し調べさせてもらった。
神学校時代の事も。とても優秀な成績だった。勉学も魔術も。だが中央には残れず、地方の教会の神父として派遣された」
能力は劣るが貴族出身というだけで、教会内で出世していくのを恨んでない、と言えば嘘になるが諦めるのは慣れていた。
それでも、自分でも何かできるのではないかと、この街に来たのだ。
「それで、貴方は何が言いたいのですか?」
ヨハネはアーレンゼルに問いかける。
「会っていただきたい方がいる。
私と来てほしい」
神父とユークレナ結社の接点は見つからなかった。
上手く隠しているのかもしれない。
だが、もし神父の魔力をユークレナ結社に使われたら、ムクレヘルムの時の二の舞になるかもしれない。
ベルンストの使者としてアーレンゼルは来たのだった。




