4月7日(2)
ココア返せかて俺に吐けとでもいーてんのか!
真面目にどうしようかと思案しているとカレンダーをぼんやりと見る崇弥が目に入った。
鮮やかな彫り。いつ来ても綺麗やなと思う。
次に立ち上がると、今は使われてない暖炉の上にある紙切れを手に取って眺めた。
「どーかしたん?」
「ん~?何でもない」
返してくる声は心ここにあらずだ。ホント訳の分からん奴だ。
「帰ろーかな」
DVDを借りていたのを思い出した。
ギャグ満載のアクション映画。職場で話題になっていたので近くの店でレンタルしたのだ。それを見て時間を潰すのも悪くない。
「帰るな」
「は?」
ついつい間抜けな声を出してしまった。
何故引き留めるんや?
崇弥なら何も応えないか催促するはずやろ?
「帰るなよ。しょうがないから構ってやる」
ホント崇弥は訳の分からん奴だ。
「マジで?」
「マジだ」
何だか分からないが崇弥が乗り気なら乗ってやろう。
「よし、DVD見るでー!!」
俺は全速力で向かいの自分の家に取りに行った。
「アハハハ…ハハハ…っごほっ…ハハハハッ」
気持ち悪い。
「そんなおもろいか?」
「あぁっハハハハ…アハハハ」
有り得へん。崇弥が気持ち悪い。
笑ってる。有り得ないぐらい笑ってる。人相手だと大層ムカつくだろうってぐらい笑ってる。
「何処がそんなにおもろいんや?」
「ハハハッ…?あぁー全部。ってアハハハハハハ」
笑い上戸と判断していいだろう。
主人公が悪の秘密組織に単独で乗り込むシーン。捕まっていた恋人を助け、悪の親玉を倒しに行く。
『俺の無事を祈っていてくれ』
恋人らしき女性が涙ぐむ。
『祈り続けるわ』
主人公は振り返らずに進む。目の前には大きなドア。この奥に目的の人物がいるはず。
『約束よ。生きて、生きて帰ってきて』
主人公は片手を上げて扉を開けた。
「アハハハ…ハハハアハハハ…ハハハッ」
笑ってる。
頭がくらくらしてきた。
もう我慢ならん。
「崇弥!何なん?何がおもろいんや!?まさか嫌がらせなん?」
「いや」
「じゃあ、何で笑うんねん。あきらか笑うとこじゃないやろ!?」
「面白いだろ?」
質問に質問で返しやがった。
「何処がや!!そこは涙ぐむところやろ?」
「ベタだな」
だからおもろい言うんか!?だめや。こいつにはついていけへん。
「DVDも見たし。トランプしたし。プリンもろたし。ほな、帰るなー」
ガシッ
立ち上がった腕を強く引かれた。
振り返った俺の目には頭を垂れた崇弥がいた。儚げな背景が浮かぶ。
「どないしたん?腹痛か!?持病がとか言うんか!」
「どうもしないけど」
いつもと変わらない表情で見上げてきた。
「紛らわしいことすんな。俺、帰るで」
一応安心して下に降りようと歩みを進めた。しかし、崇弥の掴んだ手によって阻止される。
「帰るなって言っただろ。他にしたいことないのか?」
「なんやのさ。今日の崇弥可笑しいで?」
「可笑しく見えるだろうが、俺は至って健全だ」
何処がや。気色悪いんやのうて気持ち悪いんや。
「いーや、おかしい。俺、絶対帰るで」
「駄目だ」
崇弥は退かない。
めっちゃ怪しい。
「崇弥、何考えてるんや?」
一瞬だが崇弥が戸惑った。
ビンゴや。
「教えてくれたら帰らへんで」
「……………」
崇弥は答えない。
「ほな、じゃーな」
強引に崇弥を引き剥がして俺は先程の映画さながらダッシュした。
「し、司野!実はちぃにお前を引き留めとくよう言われてたんだ」
苦し紛れに聞こえるで。
「何でや?」
「あれ」
「あれ?代名詞で誤魔化す気か」
「ほら、来た」
何が来たんや。単語並べただけじゃ分からんわ。
カランッ
木の飾りの鳴る音。
「ただいま~」