パーティーの悪魔(6)
「『空間幻影』」
裏口の見張り4人をボディーガードと組み、一瞬で片付けるとその場で描いた陣を使った。外で見張っていた者達の視界が真っ暗になったのか騒がしくなる。
「奪」
先程と同じ様に、洸祈は握った陣紙で視界を回復する。
「行きましょう」
レイラを先頭に客達はなるべく静かに走った。
ここから離れれば圏外だった携帯が繋がるはずである。
残った洸祈と力のある者は近くの者から気絶させ縛っていく。
「もう大丈夫です。あなた達は彼らを」
一通り縛り上げると、洸祈は招待客が走って行った方向を指した。
「魔法陣はもうすぐ解けます。彼らは報酬もなしに帰れません。俺はここに残って残りを片付けます」
それが最善の方法。魔法の使えない一般人を連れて戦うのは洸祈の足枷になるだけ。
「レイラ・リーンノースさんに最後まで見送れなくてすみませんと言ってもらえますか」
ボディーガードの一人にそう告げる。もう仕事は終わりで会うことはない。そう洸祈は言ったのだ。
彼らは緊張した面持ちで頷くと主人達を追って走って行った。
洸祈はそれを見送ると良さそうな足場を探して、会場の屋根を目指した。
先程侵入者から頂戴した、拳銃を握り直す。
「これ届くか?」
ライフルじゃないしな。とか思いつつ耐性があったのか、魔法陣の効果が切れかけている侵入者がいたので試しに脚を狙い撃った。
バンッ
まだ見えない侵入者は騒ぐのを止める。撃たれた者の悲鳴が静かになったこの場所に響き渡った。
「あれ、ずれたか?」
右足の腿を狙った筈なのに弾は左足の踵を貫通したようだった。侵入者は踵を押さえている。
「ちっ、陣の範囲が広すぎたか」
視力の急激な衰えに射程を間違えたようだ。
「二三日普通に過ごせばこんなことないんだけどな」
長い溜め息をつき、屋根に荒々しく腰を降ろすと、拳銃の狙いやすい位置にいる人間に焦点を合わせ構えた。
「この構図だと俺は殺人鬼みたいだな」
いまだ続く叫びに洸祈は拳銃越しの景色を回転させた。踵を押さえ、地面を転げ回る男。一種の喜劇だ。
「……ハハッ…アハハハハ」
自分という存在が知られては不利になるのに笑いが止まらない。
止められない。
笑いたくもないのに笑い続ける。
滑稽だ。自分を心の中でそう言って貶す。
醒めてきたのか自らの意思とは関係無しに起きていた笑いが弱々しくなった。
そして止まる。
ダン
洸祈の足元で銃が屋根にぶつかる音がした。屋根から下を覗くと一人の男が洸祈に向かって拳銃を構えていた。周りを見渡すと、先程まで転がっていた侵入者を介抱する男や裏口の前で気絶し、縛り上げられている者達の縄を切ろうとしている男達がいた。
「魔法陣が解けたか」
洸祈はよいしょと声を出しながらゆっくりと立ち上がった。そして、息を吸うと声とともに一気に吐き出した。
―今日くらい遊んでもいいだろう?―
「こんばんは」
山奥にあるこのパーティー会場で大声をだす洸祈は下にいる男達の視線を集めた。
「俺は洸祈って言います。今回、仕事の都合上で金をせびりに来た貴殿方から何らかの方法でパーティーの招待客を守ることになりました」
誰も何もしない。洸祈の声に圧倒されているのだ。
「パーティーの招待客は随分前に逃げました。なのでここには俺と貴殿方だけです。このまま俺がおいとましてもいいんですがゲームしませんか?俺か貴殿方がどちらかを捕まえるか殺すんです。簡単でしょう?」
軽い口調で話す洸祈に恐怖は存在しなかった。
「でもこのままだとゲームをする気はおきませんよね。なんと…俺、貴殿方のアジト知っているんですよ。ロシアの南部地域…戦力は以外と少数ですよね。今アジトには20人程しかいませんしね。まぁ、それくらいの方が一人当たりの報酬が良いですしね。俺がここから逃げて警察に電話するのと、貴殿方がアジトに帰るのどっちが早いでしょうね。最大の収入源である薬物の密輸ルートも知っているんです。警察に知られたいですか?…と、この情報俺しか知らないです。だから、口止めができますよ」
サングラス越しでも分かる相手の同様。洸祈の情報は当たっているのだ。
「……お前が勝つと?」
何処からでもいいが、震える声からは、恐怖の中でそれでも見栄を張る姿が分かるようだった。
「別にどうとも。そうだ、せっかく逃がした人達を追うのを辞めてくださればそれで」
洸祈は眠そうに左手を前に欠伸をすると右手で持った拳銃をある方向に向けた。
「と言うことで、そこの人達はゲームに参加するんですね」
会場から離れ、森に入ろうとしている男達がいた。洸祈の言葉に足を止めると拳銃を向けた。何か言っているが小さいのかよく聞こえない。洸祈と彼らとの間は100メートルは普通にある。その状況下で彼らは洸祈に向かって発砲した。
洸祈は動かない。
「ちゃんと狙わなきゃ、当たんないよ」
洸祈は弾切れの彼らに焦点を合わせて撃った。
一人、二人、三人、四人。右足首への狙いは見事的中。
「お、感覚戻ってきた」
余興は置いといて、
「ゲームスタート」
ゲームスタート
洸祈は懐から取り出した一枚の陣紙を投げた。ヒラヒラとその紙は真っ黒な地面に吸い込まれるように落ちていく。
「着火」
一瞬青白く光った陣紙は近くにいた者を巻き込んで爆発した。火薬の匂いと共に煙が蔓延する。言葉で表すなら爆弾。
「撃て、撃つんだ。相手は魔法を使うぞ。注意しろ!」
一人が叫ぶと他の者達は我を思い出したようにはっとして一斉に煙の向こうの洸祈に向かって撃った。そうして絶え間ない銃声が夜空に響き渡る。
しかし、春の生暖かい風に吹かれ、徐々に退いた煙の向こうには誰も居なかった。
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私は見えない相手を呼んだ。否、呼び寄せたのか。
「何処だ!?」
―俺はここ―
真後ろだ。気配なんて感じなかった。
ひんやりと冷たい感覚が首筋にする。
動いたら死ぬ!
「…何を」
情けないがやっとの思いで出した私の声は掠れていて弱々しかった。
「こー見ての通り?」
刃先が首から離れる。視界に入ってきたのはナイフ。私達に支給されたのと同じ。
これを持っていた奴はこいつに殺されたのか?私も殺されるのか?
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
私は最後の賭けに出た。死ぬか生きるかの賭けに。
逃げるなら今しかない。
私は必死の力を振り絞って腕を振り払おうとした。
が、
「逃げる?」
一瞬の間。
ナイフの切っ先は鼻先。
尋常じゃない。ただの貴族様の雇われボディーガードだろ。脅迫する側から脅迫される側になるとは夢にも思っていなかった。
「実験したいから大人しくしててよ」
囁かれる声はとても薄っぺらい。言い換えるならその声は気だるそうでもあった。
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その姿に笑みを浮かべてナイフをじりじりと動かしているのは「ゲームしませんか?」などとこの大人数に軽く言った人物。
どんな奴かと思えば唯の…
「子供」
二十歳とは言い難く、十代後半に見えた。青年と言う言葉が一番しっくりくる。
「それは心外だな。…仕事をして立派に稼いでるってのに」
洸祈はわざとらしく肩を竦めると、直ぐに興味の対象を自らの腕とナイフによって束縛されている男に移した。
「これが他人の命を握っている感覚、か。…とてもしょうもないな」
冷めたらしく、刃を動かして相手の反応を見ることを辞めた。だが、その手がナイフを離すことはない。
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「…た、助けてくれ」
私は仲間が決死の覚悟で私を助けてくれるなんて蜘蛛の糸よりも細い望みをかけて助けを求めたが、誰一人として動かなかった。
当たり前だろう。私だったら助けに行かない。いや、行けない。
私の後ろの悪魔は仲間の動きを奪う。
沈黙を破ったのは悪魔と言う名の異常者だった。
「仲間が助けを求めているのに指一本も動かさないなんて…。所詮こんなものでしかないんだな。これが現実だよ。自分の安全が第一。無駄死にしたくなきゃ辞職をお薦めするよ」
お薦めどうも。
異常者は撤回する。案外気が合いそうだ。まぁ、愉しくて堪らないといった表情で言わなければだが。
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「つまらないね。遊びは終わりにしようか。そろそろ帰りたいんでね」
ゲームは俺の勝ち。そう囁かれる。
洸祈の足元に書かれた陣が光った。それも光っているのはそれだけではない。
連鎖のようにあらゆる場所に書かれた陣が光っていく。
「何する気だ?」
「え?聞いてなかった?俺、魔法が使えるんだって」
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全ての人間が魔力を持っていると言われている。が、それを魔法として具現化出来るのは一部の者だけ。
そして、そう言った人達は万国共通で軍人にしたがる。
こいつは何だ?
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「お前は軍人なのか?だからそんなに」
「強いのかって?」
「違う」
洸祈は予想外の言葉に片眉を上げた。
「じゃあ何?」
「…平気でいられるのか?」
不安げにサングラスに隠された瞳を右往左往させているのが分かる。
「ハハハ、アハハハハ…ハハハ…っ。……俺はただの用心棒さ。本当だよ。軍人じゃない」
「だけど」洸祈は笑いを止めると、とても小さな、ナイフを突き立てられている男でさえ聞こえるかどうかの声で抑揚もなく囁いた。
「平気かもね」
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背筋が凍るような声。確かに聞こえた。
「へ、へぇ。用心棒なのに強いな、お前」
私は聞こえなかった振りをして話題を変える。
「用心棒なのに弱かったら駄目じゃん」
それもそうだな。と、思いつつ私は何を言ったのか思い出せない。それにしても、
「なぁ」
「何ですか?人質なのに馴れ馴れしいですね」
「眠いんだが」
先程から眠い。眠くなるはずなんてない状況なのに無性に眠い。
「だろうね。君が最後だよ」
そこで私の意識は波に揺られた。
「いい人だね。こんな仕事辞めなよ」
そう聞こえた気がした。
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洸祈に捕まっていた男もだ。自ら、洸祈のナイフで串刺しになる前に洸祈はナイフを離した。
男は洸祈の腕からするりと抜け、膝から崩れていった。
静寂。洸祈の周りには倒れた人々。彼らは死んでいるのではなく眠っているのだ。
やがて光は弱まり、辺りは会場から漏れでる光で淡く明るくなる。
彼らが起きるのは明日。
「お休み」




