パーティーの悪魔
主催者の屋敷で行われるのは豪勢なパーティー。
洸祈は他の招待客と話すレイラを横目に見ると、シャンパンを口に運んだ。
当然、未成年である洸祈の飲酒は犯罪である。だが、今の洸祈はアレックスであって立派な大人だと自分に言い訳をしていた。
「まずっ」
その到底理解出来ない味に洸祈は眉をしかめる。
「二十歳越えてもシャンパンは止めておこう」
良い経験になった。
洸祈はシャンパンを飲むのを止めて周囲を自然に見回す。大企業の社長息子、貴族のご令嬢にご子息。チラチラと他者に目配せし、取り入ろうと近付けば、愛想笑いをしていた。
そんな彼等はこぞって派手に着飾り、家の力を見せ付けている。それらは璃央がくれたスーツと比べたら月と鼈の差だ。金持ちから見れば、使用人程度だろうか。
「日本のわびさびを知らんのか…“Simple is the best.”はどうした」
と、かなり本気で言ってみる。
そんな中でレイラのドレスは逆に目立ち、輝いていた。
レイラの服装はシンプルなもので、深いブルーのシルクでできたノースリーブのドレスに、白い羽毛のショール。胸元には片翼のシルエットのブローチが光る。
「一番綺麗だなぁ」
と思いながら何となく勝った気持ちになっているといくつかの人影が目に入った。
一人、二人、三人…。洸祈と同じように、主人を見守る人間がうようよしていた。参加客のように正装しているが、着飾ってはおらず動きやすさを重視したスーツを着用。
「俺がアレックス・エドガーじゃないこと分かってんだろうな」
洸祈は周囲を鋭く観察するボディーガード達に溜め息をついた。
今回のパーティーの主催者は、ジャニエル・クリストヴァーン。ジャニエルは少しは名の知れた貴族、クリストヴァーン家の次期当主候補であり、今回は当主である父の誕生日のお祝いにということでパーティーを開いていた。
「こうやってポイント稼ぎか…」
「仕方がないじゃない、アレックス」
レイラが近づいていることを承知の上で洸祈は自然な素振りをしていたため、レイラが突然口を挟んでも驚かない。
「彼は長男なの、一族の当主には何らかの誇りがあるはずよ」
「誇り…ねぇ」
本当にそうなのだろうか。
彼は、誇りのために父親をこんな騒がしいパーティーに招待したのだろうか。
「レイラもそうなのですか?」
レイラ・リーンノース、彼女はリーンノース家の次期当主候補のはずだ。
立場はジャニエルと似たようなもの。洸祈は失礼なことを言っていると分かった上で訊いていた。
「私?私は違うわよ。私はリーンノース家の娘として何処かの貴族の方と結婚よ。当主候補だけど、長女は代々他の貴族の所に嫁ぐことになってるの」
「すみません」
洸祈はレイラを見ずに謝まった。
本当に謝罪の気持ちが込もっているのだろうか。
自分に訊ねる。
ないな。俺は呆れているんだ。社会の仕組みに。
自分は即答した。
ふと、友を思い出す。
『僕は要らないんだよ』
そう言った彼の姿は儚かった。
「謝らないで。しょうがないことだから。リーンノース家は貿易で栄えているの。だから他の家との繋がりが必要なの」
それが世界。御家のためだからということで、娘を商売道具のように扱うものだろうか。
「ねぇ、好きな人いる?」
「はい?」
振り向いた洸祈の目にはぼんやりしているレイラがいた。
「いない、です。大切な人ならいますけど」
「私はいるわ。名前も知らない人。私、以前にも日本に行ったことがあるの」
「そうでしたか」
「私が10歳の時、お父様の仕事の関係で日本に1週間程いたの。その日もホテルでお父様の帰りを待っていたわ。…でも私、お父様の言い付けを破って外に出たの」
どこか上の空のレイラは思い出に浸っていた。
「凄かった…様々な色のライト、夜なのに昼のように賑やかで魅力的だった」
自然とうっとりした表情になる。
「でも、明るい分その影はとても暗かった…変な男の人達に絡まれ時にね、知らない男の子が助けてくれたの。『その子は僕の彼女です』そう言って彼は私を連れて逃げてくれたの」
まるでお伽噺の王子様。
「かっこいいですね」
レイラは肯定するように微笑む。
「ホテルの場所を言ったら送ってくれて…そのまま帰っちゃった。名前を聞き忘れているのに気付かなくてそのまま」
「何か特徴はなかったんですか?」
「黒髪で瞳の色は深翠。…そうそうシルバーの翼を広げ、今にも飛び立とうとしている鳥のネックレスをしていたわ」
「!」
―黒髪で瞳の色は深翠―
―今にも飛び立とうとしている鳥のネックレス―
洸祈は口に運んだムースを吐き出しそうになる。
「どうしたの?何か心当たりが!」
「い、いえ」
咄嗟に口を抑え、期待の目を向けるレイラから目を反らした。
「そう。…じゃあ私、あっちに行ってるわ」
レイラは一二度伺うような目線を向けると、一瞬沈んだ表情を見せて、舞台に近いテーブルを指差して歩いて行った。
「あんなに美しい人に想われているなんて」
ある人物を思い浮かべ洸祈はむず痒い笑いを堪えた。