帰路(2)
「…崇弥ぁ」
全てが真っ黒や…
「琉雨ちゃん…」
何もかもが真っ黒や…
「……………………助けてや」
助けてや、崇弥。
「何処だよ…司野」
高いところを…
洸祈はデパートの最上階で双眼鏡を独占していた。
独りになれる高いところを探すんだ。
一通り眺め回すがそれらしい影が見付からない。
「くそっ」
もし、建物の陰に居たら見付かるはずがない。
もし、雲行きが怪しくなってきたこの町で、帰り道を急ぐ群衆の中に居たら見付かるはずがない。
通報を受けたのか、独断か…そろそろと近付く警備員の横を早足で通り過ぎた洸祈は開いたエレベーターに乗った。
やはり、下で捜すのが一番だ。
ぽつり
雨だ。
灰色の空を洸祈は見上げた。
「司野、何処にいんだよ!」
「雨…」
独り。
「雨や…」
独り。
「…………俺の代わりに泣いてくれるん?」
生きてる心地がせーへんわ…
「湯田ばあちゃんさん!」
「あら、洸祈君」
にこり。女性の鏡みたいな湯田ばあちゃんは買い物帰りだった。
「慌ててどうしたの?」
「司野…司野を見なかった?」
「由宇麻君?由宇麻君ねぇ…あ、駅前で見たわ」
駅前?
まさか…!?
「電車に乗った?」
「いえ、市民会館の方に向かってふらふらって…心配で声掛けたんだけど、聞こえなかったみたい…人混みに紛れたの」
あいつ!
「市民会館の方ね。ありがと」
「洸祈君、今日は雷が酷いらしいから早くお家に帰るのよ」
「うん」
洸祈は来た道を引き返す。
早くしないと。
「熱に雨に雷…最悪だ」
司野!
「雪降らへんかな…」
真夏に降るわけがないのに強く願う。
雪よ、降ってや
聴いてしまった…
俺は…
『君の両親は君を利用しようと仮初めの喜劇を演じたのさ』
「俺は………どないすればいいんや」
真実を知った今、俺は…
心にぽっかりとあいた穴。
「司野!司野!…司野!何処にいるんだ!」
宛てもなく群衆を掻き分ける。
本格化してくる雨。
鈍よりと重く空を覆う雲。
厭な空だ。
聞こえた気がした。
呼ぶ声が…
「雨…気持ちええな」
火照った体に丁度いい。
違うことを…
明日の仕事を…
考えれば…
考えれば…
考えれば…
忘れたいんや…
「何処に…」
独りになれるところは…
「人が近寄らないところ」
人が近寄らないところは…
「人が行く必要のないところ」
人が行く必要のないところは…
ふと目に入るのは
「山…」
そして…
廃屋。
時には根源の城と噂され
時には追憶の場と噂され
時には終焉の塔と噂され
悲しみの始まりと終わりとして捨てられた屋敷。
近寄れば喰われる。
この町の人々は迷信深い。だから誰もこの屋敷には来ない。
外からやって来る若者は面白がって屋敷を目指すが行けないのだ。
何故なら…
太古の魔法はこの屋敷を護り続けている。
あの厄災から…ずっと…
屋敷は時間を止めた。
「俺は成長を止めた」
屋敷は生命を止めた。
「俺は歩みを止めた」
『君は始まりを繰り返し、君は終わりを繰り返す』
屋敷は主人を失った。
「俺は家族を失った」
屋敷は全てを失った。
「俺は全てを失った」
『君は根源を繰り返し
君は追憶を繰り返し
君は終焉を繰り返す』
「屋敷と共に」
…―朽ちていこう―…