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【完結】ご報告いたします。妃殿下が現場で神がかっております  作者: 楽歩


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5.疑われたので、正解を見せただけ

「発音も得意なら、発音表を作ってくれないだろうか」


 先ほどまで議論していた一人が、縋るような目でこちらを見る。




「発音表ですか?」


「古語と現代語で読みが違う箇所が多くてね。統一しないと、後で混乱するんだ」


「なるほど……」


 少しだけ考える。頭の中で、いくつもの単語と音の対応が自然と並び、整理されていく。




「分かりました。お任せ下さい」


 近くの机にあった紙を一枚取り、迷いなくペンを走らせる。


 

「ええと、基本の古語の表記と発音、別紙には、使用例も添えておきますわね」


「……使用例まで?」


「文脈によって発音が変わるものもありますので、その方が分かりやすいかと」


 項目は次々と埋まり、整然とした表が形になっていく。このくらいで十分かしら。




「こちらでいかがでしょうか」


 受け取った職員が目を落とし、そのまま固まった。




「おい、どうした」


「……発音の揺れが、全部整理されている……」


 周囲の者たちも覗き込み、ざわりと空気が揺れる。



「こっちの表も見ろ。この単語の変化形、どうして分かるんだ……?」



 ざわめく職員たちに少し不安になる。


「何か、問題がございましたか?」


「……いや。何も問題ない。助かる」


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


 お役に立てたようで、よかったわ。




「この語は二通りの意味がありますが、この文脈ですと後者ですわね」


「こちらの文献と照らし合わせると、欠けている部分は補えます」


 


 紙の山が、目に見えて低くなっていくのを見ると、仕事をしている、という気持ちが強くなるわ。

 


 一人、また一人と作業を終え、ペンを置く。そして、最後の一人が長いため息をついた。



「終わった……のか?」


「嘘だろ。本来なら、あと三日はかかる予定だったんだぞ……」


「いや、理由は明白だが……」


 視線が、一斉にこちらへ向く。皆さんの目の下のクマがすごいわ。


 そんなことを考えていると、エレナ先輩がゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。



「ティナ……あなた、本当に何者なの?」


「ええと、一週間、職場体験をしている人間です!」


 にこりと微笑む。エレナ先輩は一瞬ぽかんとして、それから、深く息を吐いた。




「……もう、それでいいわ」


 

 今日は、たくさん働けて、皆さんの役にも立てて、とても、楽しかったわ。


 一週間ってあっという間。もう少し、いたかったわ。




 一階へ戻ると、室長が満面の笑顔で声をかけてきた。




「翻訳作業、お疲れ。見事だティナ。君は非常に優秀だな。補佐官としても、十分通用する実力だ」


「まあ! ありがとうございます」


 その横で、エレナ先輩が大きく頷いた。



「本当に優秀よ。翻訳もそうだけど、古語の発音表なんて驚いたわ」


「そうだな、あれは見事だった」



 室長も感心したように続ける。そのときだった。




「——補佐官、だって?」


 窓際から、低い声がした。振り向くと、リアム先輩が本から顔を上げていた。椅子からゆっくりと立ち上がる。



「たった一日、ちょっと目立ったことをしたくらいで……随分と評価が軽いんだな、この職場は」


 その視線が、値踏みするようにこちらへ向けられる。



「で? 一体、何をしたんだ?」


 私が口を開くより先に、エレナ先輩が一歩前に出た。




「古語の翻訳を手伝ったのよ。しかも、ただの手伝いじゃないわ。発音表まで作ってくれたの。皆のお墨付きよ」


「……は?」



 リアム先輩の眉がぴくりと動く。そして、鼻で笑った。




「どこの誰とも知れない女が古語の発音表? しかも一日で? 冗談にしても、もう少しまともな嘘をつけよ」


「嘘じゃないわ」


「そんなもの、本当に正しいかどうかは、有識者に確認しないと分からないだろう」


「何ですって? 先輩方は、有識者よ。それなのに疑うってこと? それに、ティナ王太子妃殿下の遠いご親戚よ! どこの誰ともだなんて失礼だわ」


 エレナ先輩の声が鋭くなる。



「それがなんだっていうんだ? コネで入ってきたなら、なおさら納得だな。持ち上げているだけなんだろう、お前も」


 リアム先輩は、心底どうでもよさそうに切り捨て、視線をゆっくりとこちらへ向けた。


 ご自分が目指しているから、私が補佐官として、十分通用すると言われたことが気に入らなかったのね、きっと。




「君は、試用期間中なんだろう? だから、採用されたくて、必死に“できるふり”をしたってところか。どうせ、何か不正なことでもしたんだろう」


 リアム先輩は、さらに、声を落とす。



「今ならまだ間に合うぞ。ばれないうちに謝っておいた方がいいんじゃないか?」




 なるほど、成果も存在も疑われているということね。

 



「分かりました。少々お待ちください」


 

 私はくるりと踵を返し、図書室の奥、普段は閉ざされている扉の前へ向かった。


 鍵は、まだギルバートから借りていた。中は薄暗く、ひんやりとした空気が流れ出てくる。古い魔力の気配が、微かに漂っていた。


 迷うことなく一冊を取り出す。


 分厚く、装丁の擦り切れた本。表紙には古語が刻まれている。それを抱え、戻る。




「こちら、私が作った対応表と同じ古語で書かれた、魔術書です」


「ま、魔術書……? いや、その前に、あの部屋、王族しか入れないはずじゃ……」


「あっ、私、王太子妃殿下の遠い親戚なので、特別に」


 にこりと微笑む。危ない、ごまかせたかしら。




「それより、こちらには、召喚について記されています。つまり、正しい発音で詠唱すれば、神獣を呼び出すことができます」


「召喚? え? 神獣? ちょっと待——」


「では、ご覧ください」



 ページに書かれた古語をなぞるように視線を落とし、そのまま言葉を紡ぐ。




「――エル=ルクシア・フェルナ・トゥリスヴァル=フェニキア、顕現せよ――」


 言葉が、空気に溶ける。


 ——ぱち。


 小さな火花のような光が、空中に弾けた。連続して光が生まれる。


 見えない糸で引かれるように、それらが一点へ集まり空間が、わずかに歪んだ。




「なっ……!」


 リアム先輩の声が聞こえる。


 空気が震え、インク壺がかたかたと揺れ出す。光が膨らみ、一際大きな閃光が現れ、私は、思わず目を細めた。


 

 小さな影が、光の中心から現れた。掌に乗るほどの大きさ。透き通るような羽根が、淡く光を帯びている。



「ぴぃー」


 まあ、可愛らしい鳴き声だわ。ひらひらと宙を舞い、私の肩へと止まった。




「やりました。神獣フェニキアです!!」



 私はそのまま、穏やかに微笑んだ。



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