胸糞女との出会い
「おい。起きろ。朝だぞ」
亮太は、ソファで寝ている真之介の肩を揺らす。
真之介は眉間にしわを寄せながら、ゆっくり目を開けた。
「……何時?」
「そろそろ始発」
「うわ、まじか」
新宿のカラオケボックス。
亮太と真之介は終電を逃したあと、飲み屋で声をかけた女の子たちと、そのままカラオケで朝を迎えていた。
部屋には、飲みかけのビールと、冷めたフライドポテトの皿が残っている。
「あれ?」
真之介が周りを見回す。
「女の子たちは?」
「さっき帰ったよ」
「あちゃー、連絡先聞きそびれた」
「俺が聞いといたよ」
「さすが亮ちゃん」
「さすがはお前だよ。黒いミニスカートの子がお前に連絡先教えといてだってよ」
「え、俺に? やったね」
「なんか腹立つな」
亮太は呆れながら、荷物をまとめる。
佐伯亮太、二十三歳。
中小企業に勤める社会人二年目。
遊びに行っても、気づけば店を探し、会計を済ませ、後片付けまで引き受けている。
そういう役回りだ。
一方、同い年の池谷真之介は、亮太とはまるで違う。
亮太もそれなりに女の子から声をかけられるが、真之介はさらに顔がいい。
そして何より、人懐っこい笑顔が武器だった。
一夜限りの関係でも、なぜかこいつだけは許される。
知り合ったのは半年ほど前。
気づけば毎週のように遊ぶ仲になっていた。
亮太は、もてる真之介が羨ましい。
けれど、自分には真似できないとも思っている。
真之介はふらふらと立ち上がる。
「ちょっとトイレ」
そう言って、部屋を出ていった。
亮太はその間に受付へ向かう。
「ごめんごめん。お待たせ」
トイレから戻ってきた真之介が、いつもの調子で笑う。
「長いよ。会計すましといたから。三千円な」
「いや、なかなか止まらなくてさ」
真之介は笑いながら、財布から三千円を差し出した。
二人はカラオケボックスを出る。
朝の新宿を、始発へ向かう人たちに混ざって歩く。
夜の間はあれだけ騒がしかった街も、この時間だけは少し静かだ。
途中で、真之介が足を止める。
「あ、やばい」
「どうした?」
「昼から合コンの約束してた」
「は?」
「十二時から」
亮太は顔をしかめる。
「オールしたばっかりだぞ」
「悪い。亮ちゃんも来てよ」
「なんで俺まで」
「二人来るんだよ。一人じゃ合コンにならないだろ」
「で、その子たち可愛いの?」
「それはどうかな。会ってのお楽しみ」
「……可愛くないんだな」
「ははは」
真之介は笑ってごまかす。
亮太はため息をついた。
こういう時の真之介は、絶対に断られない雰囲気を作る。
「……分かったよ」
「さすが亮ちゃん」
真之介は悪びれもせずに笑った。
その顔を見ると、怒る気も少しなくなる。
そんな真之介と遊ぶのが、なんだかんだ楽しかった。
◇
昼前。
二人は合コンの会場へ入った。
上野駅から少し歩いたところにある、和食のレストランだ。
座敷の席へ通されると、亮太はすぐに壁へもたれる。
眠気は限界に近い。
一方、真之介はすっかり元気だった。
「ちゃんと起きててよ」
「頑張るよ」
「起きて、起きて」
真之介はそう言って、亮太の顔におしぼりを投げつける。
亮太はそれを受け取り、不機嫌そうに笑った。
そんなことをしていると、店員に案内されて女の子が二人やってくる。
「やっほー。真之介、元気だった?」
明るい声。
「ほーい。久しぶり」
真之介は、いつも通りの軽い笑顔で手を上げる。
その瞬間、女の子たちの表情が少し緩んだ。
こういう時の真之介は、本当に強い。
「こっちは友達の亮ちゃん」
「亮太です。真之介がお世話になってます」
亮太も笑顔を作る。
「初めまして。亜美です」
先に名乗ったのは、柔らかい雰囲気の子だった。
「春香です」
隣の子も、明るい声で軽く頭を下げる。
「俺らの一つ下。二人とも明るくていい子だよ」
真之介が笑顔で紹介してくれた。
亮太も頷く。
正直、特別美人ではない。
ただ、二人ともよく笑う。
何でも楽しそうに話すので、第一印象は悪くなかった。
「亜美はね。最近、彼氏ができたんだよね」
春香が嬉しそうに言う。
「う、うん」
亜美は一瞬だけ春香を見たあと、困ったように頷いた。
「春香ちゃんはいないの?」
真之介が聞く。
「えー、私はフリーだよ」
春香は軽く笑って答える。
実は、真之介には三年付き合っている彼女がいる。
もちろん本人は言わない。
亮太も黙っていた。
◇
しばらくして、男二人で席を立つ。
トイレの小便器で並んでいると、真之介が横から声をかけてきた。
「あの二人、どう?」
「明るくていいんじゃないか」
「春香ちゃん、フリーだって」
「うーん。彼女とかはまだいいかな」
「まだ、前の彼女のこと引きずってるの?」
「うん、ちょっとね」
亮太は適当に答える。
半年前に彼女と別れてから、寂しさを誤魔化すように真之介とばかり遊んでいた。
正直、まだ新しい彼女を作りたいとは思っていない。
真之介は手を洗いながら、鏡越しに亮太を見る。
「亮ちゃんは俺と違ってまともだから、彼女くらい作りなよ」
亮太は少し驚いた。
真之介が人に女の子を勧めるなんて珍しい。
「まあ、考えとくよ」
春香は、明るくて話しやすい子だとは思った。
友達なら、普通に楽しいかもしれない。
その時は、ただそれくらいに考えていた。
しかし、その時の亮太はまだ知らない。
春香が、人生で二度と関わりたくないと思うほどの“胸糞女”だったことを。




