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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー
9/61

#8 雨の日、図書室にて。

ここ最近長編が続いてダレてきたので、今週はこれ単体で読める短編です。

 人生とは書き直しのきかない物語であり、我々は生き得る限り永遠にそれを追い続ける読者である。


 ああ、うん。前にどっかで読んだ小説の一文。タイトルは忘れた。

 読んだその時はひどく気取った文章だと思ったものだが、こう何度も短期間に人生の分岐点を超えてくると、馬鹿馬鹿しいと笑っていられなくなってくる。



…………

……



 その日はバケツをひっくり返したような大雨で。ほんの少し春の余韻を残していた校庭の桜を一切合切洗い流していた。

 雨天の中戌亥高に行くのはちとしんどい。快適さでは数段劣るが、ここは図書室で縮こまっているべきか。


 辰巳大付属高校はこの県でも有数の進学校だ。廃校になった戌亥の連中をごっそり呑み込んでなお余裕があるというのだから、マネーパワーの違いってやつを嫌でも実感させられる。

 ヒトが多い分、それらが集まる教室なんかもそれ相応。図書室でさえ、北校舎の離れに位置し、二階館の約半分を占拠するほどに大きい。

 実用書、参考書、小説、学校指定の名作漫画。それぞれのカテゴリにぎっしりと本が埋まり、貸し借りは生徒手帳をIDカード代わりの本格仕様。係りとの関わりを持たなくて良いとコミュ障の生徒からも評判がいい。俺も好きだ。



 図書室に入って右へ五歩。カタチばかりの図書委員に会釈して、その奥にあるガラス張りの小部屋を仰ぎ見る。

 閲覧ではなく学習を目的とした多目的ルーム。春先の放課後じゃ流石にここを使う奴もいない。狙い通り。

 後は、勉強するフリしてあそこに乗り込むだけだ。そこから回れ左で分厚い参考書の棚へ、カモフラージュの本を選びにかかる。


(さてさて、どうするか)

 選ぶ本は適当でいい。どうせ読まずに置いとくだけなんだから。数学、物理、地理学……。目につく本を小脇に抱えてゆく。


「あ」

「あ……」

 もうこれでいいだろうと文学の棚に手を伸ばした時、先んじて本を選んでいた子と目が合った。重そうな書籍を三冊も抱え、腰まで届く黒髪に、縁無しの少し大きな丸眼鏡。寒がりなのかカーキのストールを羽織っており、気弱そうなヘの字眉毛に微かに振れる唇。ひと目見て、人付き合いに難ありと解る。


「ご、ごめん。先……どうぞ」

「いえ、そちら、こそ……」

 口元に手を当て、此方の顔を見ずおどおどと引き下がる。小動物っぽくて可愛いな、なんて初対面の子に言うべきじゃないよな。

「わたし、『陽陰栞ひかげ・しおり』……。本が、好き、なの」

「はあ」

 聞いてもないのに自己紹介してきた。他人との距離が上手く保てないタイプなんだろうか。

「俺は北西アズマ。それ、重たいだろ。少し持つよ」

「え……。い、いの?」

「気にすんな。困った時はナントやらだ」

 見た目で判断した、って言ったら怒られそうだけど、なんとなくこの手のタイプは放っておけない。余分の二冊を掻っ攫い、閲覧机まで一緒に向かう。


「あ、ありがと……アズマくん」

「良いってことよ」

 ひとつ善行を重ね、これでキモチ良く眠りにつける。じゃあなと踵を返し、多目的ルームに向かう俺を、

「ね。アズマくんも本……すき?」

 気弱そうな彼女が袖口を掴み、無理矢理に押し留める。


「す、すきかって、えぇと」

 強引だなと思いつつ、此方から蒔いた種ゆえ無下にも出来ぬ。コミュ障ちゃんかと思いきや、予想以上に押しが強い。

「良かったら……一緒に……読も?」

「あ、ハイ」

 今度から、図書室で困ってる子がいても無視しよう。栞の求めに頷く最中、俺は心の中でそう呟いた。



※ ※ ※



(気まずい)

 ちら、ちら、ちら。もひとつオマケにちらっちら。窓の桟に弾かれる雨音をBGMにひと寝入り、と思った俺の野望は、陽陰栞を名乗るこの女によって打ち砕かれた。

 本を持ったまま読もうともしない俺を不審に思ったか、一ページ捲る度にこちらを向いてくる。何が望みだ? たた単に本を読みたいだけならば、俺を気にする必要などなかろうに。

 待てよ。こんな展開、前にどっかで見たような――。


「わたしね。ヒトの好きな本から性格診断出来るの」

「は……うん?」

 俺の疑念を察してか、向こうが話を切り出した。けど、も。性格診断?

「アズマくんはどんなのがすき? わたしがちゃちゃっと占ってあげる」

「す、き、か、って……言われてもな……」

 物静かな文学少女かと思いきや、ぐいぐい押してくるこの感じ。コミュ障と切って捨てればそれまでだが、急にこう来られると、なんというか。うぅむ。

 だがまあ。この疑念にはっきりと確信が持てて来た。


「じゃあ……『ロング・グッドバイ』。村上春樹翻訳のやつ」

「ほへ?」

「知らないの? レイモンド・チャンドラーの小説だよ。探偵フィリップ・マーロウが親友レノックスの死の真相を暴こうとして、二重三重のしがらみに巻き込まれてくやつ」

 なんて言ってて、俺自身洒落にならない柵に繋がれてる訳だよな。己を顧み心中自嘲。さあてさて。向こうさんはどう出てらっしゃいますやら。

「えっ、あっ、うーん。ロンググッドバイ、ロンググッドバイ……だよね。うん、知ってる。知ってますよ。ここから来る性格はー、そのー、ええーっとお……」

 こうなりゃ、当然言葉に詰まるわな。文学少女気取って俺より本を読んでないって正直どうよ。まあ、楽しい見世物だったけどさ。


「もういいよ。どうせ言葉なんて出てこないんだろ? コミュ障っ子気取ってないで本性見せろよ、『チアキ』」

「ぐ……」

 奴に"新名"を告げた途端、纏っていた儚げで、守ってあげたい雰囲気が消え去った。同時に、陽陰栞の背中からどろどろぬめぬめとした情念が湧き上がる。

「いつからバレてた」

「強いて言えば、そのチョイス」奴が横並びにする本を指差し、「トルストイ、フィッツジェラルド、太宰治。本好きの地味子になりたきゃさ、読む本のイメージくらい統一しやがれってんだ」

「ぐ、お、お、お、お……!」

 あれで何故バレないと思っていたのか疑問でしかないが、兎角向こうさんには衝撃だったようで。ヒトが居ないのを良いことにアタマ掻き毟って仰け反ってやがる。


「このウィッグ、今日の為にわざわざ新調したんだぞ」

「はあ」

 かのだみ声で、正体バレの責を俺にぶつけ。

「見ろよこのタイツ! 暑苦しいのにぴちーっと履いてきたんだぞ」

「うん」

 すらりと伸びた長い脚を見せ付け、声を涙で滲ませて。

「なのに! なのに! ヒガシってば、ソッコーで見破りやがってちっきしょおおおおっ」

「だから?」

 とうとう本気で泣き出して。さっきまでの奥ゆかしき姿はどこへ行った。

 苅野忍。いや、この姿の時は『チアキ』なんだっけ。どちらにせよ偽名だけど。また今日も違う美少女の『カワ』を被り、俺をだまくらかして楽しもうとしてたわけだ。


「おぉ、覚えてろよ! 次は、明日こそは! カンペキにお前を化かしてやるんだからなーっ!!」

「はいはい、次頑張りな」

 他に静かにしろと咎められるより早く、涙目で席を立ち、図書室棟から逃げてゆく。

 あれで、向こうさんとしては『遊んでる』範疇に入るのかね。チアキに取っての友達って、こんな感じで良かったんだろうか。

 なんだかちょっと、不安になった。



「ねえ、北西君」

「うん?」

 この珍場面が気になったのか、顔見知りの図書委員に声を掛けられた。チアキの奴はもう居ない。純粋に、ただの、クラスメイト。

「あの子、知り合い? だいぶ親しく見えたんだけど」

「あー、うん」

 そりゃあ、まあ。奴が創作したキャラだしな。誰も知らんで当然だ。見てて疑問に思うことだろう。

「知り合いだったら、良かったんだけどな」

「はい?」

 見た目と、外面のキャラだけ見れば、割と好みのタイプだっただけに惜しい。

 チアキのやつ、キャラメイクはもっとしっかり作り込めよな。今度から。

・こんなことを言うと正気を疑われそうですが、書き手的には女の子が好きな子の好みに合わせて服装や髪型を変えるような感覚で描いております。

 いろいろと。

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