EX ドッペルさん、ほかくさくせん
後々必要になるので書き足しました。
春休み特別篇みたいな形でごらんください。
「はーい、みなさんこんにちはーっ。ユーチューバー13《ヒトミ》のアポなし取材チャンネルっ。今日はですねー、私の友達も誘ってうちの学校、辰巳校のナゾを解き明かそうと思いまーす」
「あ、アシスタントの苅野……です。よ、よろしく」
「ほらほら、表情カタいぞしのぉ~。動画なんだからさあ、もっと笑ってくれなきゃあ」
「う、えへへ。へ」
ねえ、これさ、ワタシ映らなきゃ駄目? せめてカメラを美波と替わらせてくれない? 人もまばらな夕方の北校舎。無許可で撮影を行わんとする女子三人。
ドッベルさん。民間伝承の『ドッペルゲンガー』にヒントを得て、この場所で動きやすくするために創った架空の存在。まさか、その設定が今になって自分自身を縛ることになろうとは。
「ねえねえ、だったら私も映しなさいよお。あんたばっかり目立ってずーるーいー」
「ちょっ、そーゆーのはオフレコ! ってかそもそもわたしのだから当たり前でしょーが」
仁美がユーチューバーをやってることを知ったのはつい昨日のことだ。もじもじしながら話したいことがあるって言うから、恋の悩みかと思うじゃん? それがこれだよ。何故本人にそれを訊く。何故美波でなくワタシを画面に立たせた。
断って逃げてやろうかと思ったが、ここの所ずっと集まりをすっぽかしている手前、受けない訳にもゆかず……。
「そもそもアレってオカルトでしょ。こーゆーの、皆で来たら出て来ないんじゃない?」
「逆よ逆。ひとりだけじゃ目の前のヒトがドッペルさんがどーか分からないじゃん。頼むよしの。見付けたらわたしらで囲い込むんだから」
「ああ、うん」
ワタシや美波んを引っ張り出した理由はそれか。まじで捕まえるつもりかよちくしょう。帰りたい。帰りたさしかない。
※ ※ ※
「もーっ。何よ何なのー。出て来なさいよドッペルさーん。黙ってないで顔見せなさいよー」
「やっぱさ、皆で同じ場所探してるのが行けないんじゃなあい?」
「つーか、早く映してよー。私も出ーたーい」
スマホカメラを回し始めて三十分。本人が此処にいる以上、出て来るワケなんか無いわけで。もうさ、美波んメインのPVにしよーよー。ワタシのことなんか撮ったって面白くないぞ。
チヤホヤされるのは良い。陽キャたちがワタシを崇め称えるところはもっと見たい。けど、その存在を遠くに発信されるのはとても困る。ただでさえこんな事態になっているんだ。もしも外部から調べに来られることがあれば。
「ねえ、二人とも。一時間経っても出て来ないし、今日はもう諦めた方が」
「NO! 絶対にノゥ! 絶ッ対に、見付けるのっ」
「ま、一時間掛けて『何の成果も〜』は正直カンベンだしね」
「うー……」
駄目だ。設定上この子たち寄りの『苅野忍』じゃ、二人を説得するだけのチカラはない。やるか? 大々的に取り沙汰されるのはイヤだけど、ふたりの興味を終わらせるには、やはりホンモノに『出てもらう』しか……。
「ねー、仁美。やっぱりこれ、美波んに替わってもらっていい?」
「えっ!?」
「ちょっ、何言い出すのよしのってば。あんたが出なきゃ画に華が」
ユーチューバーの癖にいっぱしの映画監督みたいなこと言いやがって。「そんなことナイナイ。二人ともすごく可愛いんだし、わたしたち皆で友達でしょ? ずーっとカメラは勿体無いよ」
己も、向こうの株をも下げず、この仕事を逃げ出す口実。我ながらカンペキ。
「そ、そう……?」
「んもう、しょうがないなあしのは! そんなに言うなら! しのがそんなに言うなら! 私が! 私が画面に出て差し上げましょう」
ふふ、ふふふのふ。ちょろいやつめ。これで心置きなく離れられる。
「よっし、撮影も替わったことだし分担しよ。わたしは左、仁美たちは右側校舎をお願い。それらしいのを見付けたらさ、電話で連絡するから」
「うーん」当初の作戦と外れる事に不満げながらも、「了解。んじゃ分担。ちゃんと電話してよね」
「はい、はーい」
さてと。ようやく自由になったことですし、後は……。
※ ※ ※
「しの。そっちはどう?」
『――手掛かりなし。やっぱ無理あると思わない?』
分担し、さらに三十分が経過。夕焼けが失せ、辺りが薄暗くなり行く頃。仁美と美波は今も尚得体の知れぬ魔物を求め、辰巳高を捜し続けていた。
話し声で見付かっては元も子もないとは忍の弁。三人はラインのグループ会話に切り替え、連絡を取り合いながら雲のように掴めぬ怪異を追うこととなった。
「しのの言う通りだと思うよ仁美。ぶっちゃけもう諦めた方がよくない? 探そうとして見つかるもんじゃないでしょ」
「そうだね。そうだとは……思うけど」
屋上、図書室、渡り廊下、理科室。居そうな場所は粗方調べた。これで無いなら時間の無駄。それは仁美にも理解出来ているのだが。
「もう少し。後ちょっとだけ付き合って。そしたらわたしも諦める」
「はい、はい」
どうしてそうも躍起になるんだか。こうもしおらしい顔で迫られては尋ねられぬ。美波は嘆息と共にスマホカメラを友に向け、今一度録画ボタンに手を触れる。
『――でっ、でで、出たあ!!』
丁度その頃だっただろうか。苅野忍を示すアイコンから、素っ頓狂なメッセージが立て続けに送られて来たのは。
「ちょちょちょ、どーしたしの!?」
「出た? ナニが? ドッペルさん!?」
情報に飢えた二人が沸き立ち、周囲を見回す。無論そこにヒトはなし。興奮を抑え、会話履歴を覗いてみれば。
『――こっち側! えと、えとえと……渡り廊下! わたしの中のわたし、じゃなかった、同じ顔、顔、顔!』
余程焦っているのだろうか、所々古臭い顔文字が混ざり、矢印も添えて此方に来るよう促している。
「仁美。これは」
「行くっきゃ、ないよねっ」
それさえ解かればもう十分。手持ち無沙汰な友人ふたりは、送信元へ向かい駆け出した。
…………
……
…
「――おーい、行ったぞ。お前の仕込み通りに」
『――了解。良くやったなヒガシ君、今度ウチで珈琲でも馳走してやるよ』
「――はいはい、左様で……」
北西アズマは『主』に無理矢理交換させられたスマホを観、うんざりと顔を落とし嘆息する。戌亥校で惰眠を貪っていたら、抵抗の間もなくスマホを掠め取られ、誘い出せと告げられて。知ったことかと強がるも、断れば少年院だぞの一言には逆らえぬ。
姿を他に窶し、魔物として振る舞うからには、苅野忍の痕跡を完全に消さなくてはならない。故に駆け足で辰巳校から戌亥の校舎まで行き、協力を漕ぎ着け此処へ来た。
『――そのまま不安を煽れ。ワタシがそこに居るよう欺き続けろ』
「――いつまで?」
『――そんなの決まってるだろ。ふたりがビビって、逃げ出すまでさ』
…
……
…………
「来たよ! 渡り廊下!」
「しの、無事……、ってかどこ!?」
斯様な思惑を知る由もなく、焦燥に駆られた友人ふたりが指定の場所へと現れた。姿を探すも人影ナシ。文字を打ち、誘い込んだ人物は別の校舎にいる。
いよいよもって陽が沈み、自分たちの他に生徒はいない。有るのはモノのない、だだ広いリノリウムの床、床、床。
「やばいよやばいよ、連絡来ない」
「あ、慌てちゃ駄目。リラックス、りらーっくす」
忍の情報が確かなら、ドッペルさんは此処に居る。絶対に見付けてカメラに収めてやるんだ。
「そーそー。慌てたって良いことないよ。深呼吸、深呼吸」
「うんうん。解ってるじゃん。何事も冷静沈着に」
いや、待って。ちょっと待って。頷く仁美に異を唱え、『左側』の美波が声を上げる。
「何よイキナリ」
「イキナリじゃないわよ仁美。そんなこと、私言ってない」
「はい?」
いやいや、あんたの声でしょどうしたの。お決まりの文句と共に振り返ってみれば、竹を割ったように同じ顔をふたつ、二つ……ふたつ?
「えっ、あっ、うええっ!?」
「嘘っ、ヤダこれ冗談でしよ!?」
一瞬の内に飛び退いて、同じリアクションを取っていなければ、果たして区別できたかどうか。『右側』にいた美波は歯を見せてニイと笑い、かの雰囲気を取り払う。
「ぎひひ。そうサ! そうヨ! ワタシが噂のドッペルさん。お招きに預かり此処に参上ッ」
大袈裟な身振り手振りで双方を威嚇。纏う制服も、顔も髪も声も。違うのは話す言葉と形相くらい。目にした子たちが噂にしたがる気持ちも解る。これは、確かに、『ふつう』じゃない!
「あハ。アハは。ビビっちゃって声も出ないカ!」
言うが早いか跳び上がり、仁美の手からスマホを掻っ攫い、暗がりの中へと消えてゆく。
逃げた? 否、あの気配は今なお此処に。立ち去ったんじゃないとすれば、
「怯えなくて良いわ。今更逃げたりしないから」
一瞬の静寂。続き闇から出ずるは仁美の姿。恐るべき早着替え。眼前でこれをやられれば、その正体が常人だとはとても思うまい。
「わ、わたしが……目の前に、わたし」
「今のワタシは朝霧仁美。さっきのワタシは上代三波。あなたたちだけじゃない。ワタシはナニにだって成れる。誰しものココロの写し鏡、ドッペルゲンガー。それがワタシ」
気取った口調で虚勢を張るも、それが出任せだとはどちらも思うまい。苅野忍のことさえ忘れ、ふたりの目は眼前の魔物に釘付けだ。
「ふほほ。ほほ。アナタたちはもう逃げられない。さあ刮目なサイ! 怯えロ、ふるえるがイイ! 今からこのドッペルさんが、お前たちに災いをお」
場酔いで羽目を外し、適当なことを言い連ねるドッペルさんだが、それ故彼女は続く展開を予想することは出来なかった。
――はい、チーズっ。
「ア、あ?」
今のは、一体、ナンだ?
同じ顔をした魔物を前に、カメラを向けて仲良く自撮り?!
待て、待て待て待て。チアキの顔が困惑から驚愕の色へと塗り替わる。
「やった。やったよ美波ん。私らもようやくドッペルさんに会えたーっ」
「ホントホント。いやあ、信じてよかったあ~」
妙だな。話が違う。ドッペルさんは同じ顔をし、皆に怖がられる異能ではなかったか。
「アナタたち……。全然怖がってマセンね?」
「怖がる? ナンデ?」
「わたしたち、あなたに逢うため此処に来たんだよ」
それはさっきも聞いた。でも、当人を前にきゃぴきゃぴ騒ぐ理由と繋がらない。
「あれだけ話題になってるのに知らないの?」
「ドッペルさんと一緒に写真に映ればあ、どんな願いも叶うんだって噂なのに」
「えっ、ええ……」
初耳だ。誰がそんな尾ひれをつけて噂を流したのか。
「ねえねえ、ドッペルさん。こうして出会ったんだもん。私たちのお願い、聞いてほしいな」
「苦労したよう。学校の中隅々回ったんだもん。それ相応の対価があって然るべきよねー」
(それに振り回されたワタシもね……)などとぼやいたところでしようがないか。とはいえ、この連中に何ができる?
地位? 名声? 美貌? 自分は断じて神などではない。願いなど叶えられるわけがない。
けれど、実際労苦をかけ一緒に探した者のよしみ。無碍に断ることも出来ぬ。羨望の眼差に根負けし、チアキはうんざりと咳払いをひとつ。
「アー……。おほん。叶えるかどうかはさておき。話くらいは聞いてしんぜよ。キミたちは何を願う? そうまでしてワタシを捜した理由は何だ?」
「私たちの」
「願い……」
仁美と美波はお互い顔を見合わせ、どちらからでもなく肯くと。
「友達と、もっと仲良くなりたいなって。春から転校してきた忍ちゃん」
「え?」
「人当たりは良いんだけど、約束してもすっぽかされてばっかりで」
「え、え」
「もしかしたらさ、友達だって思ってるの、わたしたちだけなのかなって」
「ええ、え」
「お門違いかなって思うけど、わたしたちじゃどうにもならなくて。だから」
「うう、む」
そこに、”ドッペルさん”のお茶らけた雰囲気はない。素っ頓狂な求めを聞き、チアキの顔から余裕が消えた。
「ア。ああ~。うむ。了解した。やれるだけ……やってみましょ」
「うそ、マジで? まじでーっ!?」
「動画をご覧の皆さまーっ。あのウワサはやはり本当でしたっ。ドッペルさんは、こうして! 実在するんですぅー!」
ほらほら、ピース。ピース。陽キャふたりに促され、仕方なく撮影に応じるドッペルさん。
(もっとちゃんと、話してくれればいいのに……)
尤も、そうしなかったのは自分のせいか。何もかも自分の蒔いた種。
引きつった笑顔の下、チアキは心中そう独り語ちた。
おわれ。




