#38 貴方は手前に何を望むのです
物語の転換点を過ぎ、今週は少し小休止。
私事ですが、本作の書き溜めストックが最終回にまで達しました。
尺の切り詰め等がない限り、本作は2020年2月14日(金)で完結の予定です。
「珈琲セット。アップルパイ」
「かしこまりました」
天井でからからと回るシーリングファンと、レコードから流れるクラシックなジャズミュージック。七人七色。春半ばに来たときから内装には何の変わりもない。
「お待たせしました。ご注文はこちらで……宜しかったですか?」
いつ見ても不思議極まりない。オーダーから数分と経たず出された、湯気の立つ六分の一カットのアップルパイと、注がれず逆さに置かれたカップとソーサー。
アップルパイをちらと見て、カップで蓋をされたソーサーを検める。中身は空っぽ。『裏口』に繋がる鍵は無し。
「申し訳ございませんが、貴方にお出しできる品は御座いませんよ」
オールバックに口ひげの似合うダンディな店長。怜悧で表情ひとつ変えず、カウンターから俺に告げる。
「”チアキ”さまからの紹介とはいえ、あなたお一人で此処に来られるとは、意外ですね」
「ぶっちゃけ、俺もそう思います」
奴が纏うカワを売り買いするアングラ極まりない喫茶店。俺の体に合うものが無いんじゃ寄る意味もない。
けども状況が変わった。今、この話が出来るのは多分”カレ”しかいない。
「新名さん。俺、告白されたんスよ、チアキに」
事実とはやや異なるが、大筋は間違っちゃいないし、この人にソレを知ることは無いわけだし。
ここ数日で起こった異変をひとことに纏めるとそうなる。これが他の誰かならシンプルなんだけど、チアキからとなれば……。
「左用ですか」
自分で言ってて衝撃的なカミングアウトだと思うのだけど、対する店長は素知らぬ顔でカップを拭いていて。流石は大人。流石は店の主。古い付き合いとはいえ、この程度じゃ揺らがないか。
「少し……。席を外しても宜しいですか」
「はい?」
とか何とか言ってたら、突然カウンターの裏に潜っちゃって。ごそごそがさがさ一分半。机から生え出たそれは、濡れ羽色の……髪?!
「ちょ、ちょちょちょっ!? どど、どーゆーことですかアズマさま! チ、チアキさまが貴方に、こ、こここ、くはく!?」
ドギマギするのは勝手だが、それは俺も同じだってのは分かってほしいな。あの冷静さは上辺だけで、内心メッチャビビってたって訳かい。
新名一海。ここの店長にして先の姿と今、どちらがホンモノなのか分からない人物。問い質したいが、聞き入れてはくれないんだろうな……。
※ ※ ※
「先程は大変失礼致しました。あまりにも……予想外、でしたので」
「それは別に構わないんスけど」ここ、地下じゃなくて喫茶店ですよね。いいんですか、そっちの方で。
「ああ、ご心配なく。他の常連には『娘』と言うことで通っております」
さい、ですか。これ以上追求しても無駄だろう。与太はひとまず置いといて。
「やっぱり、こういう話は……アイツからは無かったと」
「逆、なら度々」カップに珈琲を注ぎつつ、新名店長が淡々と答える。「あしらい方や後腐れのない対応。そう言ったモノは此方から、色々」
承認欲求を他の姿で求める奴だ。言い寄る連中はそりゃあ多かろう。言い寄った輩も可哀想に……。
「つまり、初めてなワケですね。チアキも」
「そうなります。ニワカには信じがたい話ですが」
にこやかに笑っているも、両のお目々は据えて冷ややか。そんなに信用ならないか? 一応アレの唯一の男友達の筈なのだけど。
「して。アズマ様は手前に何を望むのです」
「アー……」そう。ここからが本題。夏の暑い盛り、額に汗して来た意味。「別に望むとかそんな大層なことじゃないんス。ただその、俺……このままで良いのかなって」
「良いか、とは?」
あの日チアキに『彼氏』だと言われ、場を収めるにはそれしかないと了承の口裏合わせ。イヤか? 否、嫌じゃない。
散々面倒に付き合わされて来たが、授業を終えて、旧校舎で寝てを繰り返す毎日の中で、アイツと過ごした二ヶ月は本当に楽しかった。脅迫する側とされる間柄だけど、それでもいいかと思っていたんだ。
「俺とアイツ。ナニをどう言い繕ったって男同士なんですよ。なのに、その」
傍目にゃ健全な恋愛に視えるけど、俺もチアキも性別的には男。そんなふたりがくっついて、マトモに暮らして行けるのか、アイツはそれで満足なのか。そもそもこれを恋愛と言って良いものなのか。
勢いでそれを受け容れたその日から、ずっと迷いが頭を離れない。ホモセクシャルのカップルなんて今日び色んなとこにいる。居ちゃいけない訳じゃないけれど。本当にそれで良いんだろうか?
「は。何かと思えばそんなこと」こうなるとオトナの経験者は頼もしい。俺の迷いを鼻で笑い、人差し指を突きつける。
「貴方は相手に『ふつう』を求めておいでデスが、その基準は誰が測るのです。他だと言うなら流せば良い。己ならば、そもそも安請け合いする方が間違っている」
「確かに……」
きな臭い環境で長年大人やってきたからか、言葉の重みが段違い。翻って俺はどうか。相手はチアキだ。杓子定規に世間一般の常識をぶつけても意味などない。
答えは最初からそこにあった。要は許容出来るか否か。悪いのは目に見える異界を前にビビった俺自身。
「それを踏まえ、貴方はどうなさるおつもりで?」
投げ出すか? なわきゃアない。確かにノリと勢いの産物だけど、放り出すために承けた訳じゃない。
「勿論、恋人らしく接するつもりですよ。じゃなきゃアイツが可哀想すぎる」
「最悪ですね」
「はい?!」
考えて答えた筈なんだけど、新名さんの返しは素早く辛辣。何か今ヘンなこと言いました? 下手打ったつもりないんだけどな……。
「付き合うと言いながら、その理由が不憫だからとは、チアキ様を馬鹿にしているのですか? 胸に手を当てて考えてごらんなさい。意中の人にそう告白され、どう思うか!」
言いたい事は解かる。けど、ナンデいきなりそんなにヒート?! 俺、何か地雷踏み抜きました?
「もういいです。もぉ結構」
頬を膨らませて不快の意を示し(正体が判然としたなら可愛いのに)、身を乗り出してまたも人差し指を突き付ける。
「今の貴方ではチアキ様と付き合うに値しません。そもそも、貴方ではなくあちらからという流れが気に入らない。古風ですがこういうものは」
ああ、解った。これはアレだ。お前に娘はやらんぞムーブ。あんたはあんたで奴の親気取りか新名さん。なんでアンタがその役なんだ新名さん。
「ではまず、告白からやり直しましょう。アズマ様、私をチアキ様と思って」
「ふぇっ?!」有無を言わさず告白から?! 冗談じゃないよ。俺まだ心の準備が……。
「これを、こうして、こう……」
あぁあ、なんか向こうはノリノリで準備始めてるし。白シャツに黒のカマーエプロンの上からボレロを羽織って(どこから出した?)、首には赤のチョーカーネックレス。真ん中の銀色はマイクか? アレで声色変えるってやつ?
「『さあ、どこからでも来なさいアズマ君。思う存分採点してやるですよ』」
チアキだけどチアキじゃない。声と雰囲気はそれっぽいのに、姿形は大分違う。なんだこれ。何なんだよこれ。俺さ、罰ゲーム受けに来たんじゃないからね。助言貰いに来たんだからね。
まあでも、奴の源流が『ここ』に有るってのはようく解った。あのエキセントリックさは、店長からの受け売りか……。
「『ナンですか。何も言えないチキンですか。ではプレイバックから始めましょう。貴方は"ワタシ"に何と応えたのですか?』」
「そ、それは」
ノンストップでグイグイ来るところまで同じかよ。だから心の準備出来てないって言ってるじゃん。無茶振りするのやめてくんない?!
「ええ、ええっと……」ここまで来たら後には引けぬ。「ごめんな『忍』。お前にばっかり、無理させて。ホントに、ゴメン」
何故だ。何故俺は勢い任せの告白を第三者にせねばならぬのだ。
「最悪。全く以てキュンと来ません。貴方、本当にそれで宜しいのですか? 真摯に応えたと、自信を持ってそう言えますか!?」
しかも、親(?)からのダメ出しまで込み。俺とアイツで双方向の告白なんですよ。何故そんなに切れ散らかされなきゃならんのですか!
「もういい、もう結構」勝手に見限り、勝手に納得。「こうなったら私が直接鍛えて差し上げましょう。リピート・アフター・ミー」
「えっ」
「『チアキ。君が好きだ。他がどんな難癖を付けようが構わない。俺が総て受け止めてやる』、はい」
もしかして今の、俺の声か?! ちきしょうめ、そりゃあ当然『そっち』もアリか。アリなのは解ったが……。
「ほら。何をボサっとしているのです」
「いや、そう……。言われましても」
無いよ。ナイナイナイ。俺そんな爽やかに青春出来ないもん。歯の浮く台詞ぱぱっと出せねえもん。無茶振りは止してくれ。
「貴方という人は、どこまで阿呆なのですか。一発で言えぬは当たり前。故に回数を積み、常日頃のことばとして取り込むのでしょうが。デキる男は皆体得して然るべきスキルですよ」
オトナにそう言われると反論出来ないしそんな気がしてきた。これから散々世の中の『ふつう』と歯向かうことになるんだ。このくらい出来ないで何とする。
「わ。解った、分かりましたよ」
「宜しい」
新名さんは薄く微笑み、チョーカーのツマミを左に回すと。
「『アズマ君。何なの、話って』」
いきなり想定問答かよ。OK、OK。やってやろうじゃねぇか。俺はヘタレじゃない。やる時はバシッと決められる男なのだ。
「アー……。ええと、君が好きだ。他がどんな難癖を付けようが構わない。俺が総て受け止めてやるッ」
よっしゃ、どォだ畜生。言ったぞ、言ってやったぜこの野郎!
対するチアキはどうか。ぽけーっとした顔で固まってやがる。あんまり男子高校生を馬鹿にするもんじゃあ無いぜ店長さん。こんなもん、俺にかかりゃあ……。
「あ、ああ」
待てよ。自分で言うのも何だが、例文の音読で言葉を失い明後日の方向を向いて固まるなんて――。
(あさって?)新名さんが見てるのは俺じゃない。となれば何だ。目線を追って振り向けば、長い髪を二つに括って束ね、灰色のワンピースに青のジャンパーを羽織った、見知らぬ少女の顔ひとつ。
「ひが、ひがひがひがが、ヒガシ……お前、お前……!」
前言撤回。知ってる奴確定。持ってた紙袋ががさりと落ち、目は点で唇ぶるぶる震わせて。仕事か? 仕事で来たのか? 俺が此処に来るとは、微塵も思わず!
「わ、ワワ、わわわ……」
責めて、チアキと付けて呼ぶべきだった。何処から聞いていたか知らないが、これじゃあただの浮気逢瀬じゃねぇか。
「待てチアキ、これは」
「こっ、この……こおぉおおお……!」
――ヒガシ君の、浮気者ぉおおおおおおおおお!!!!
真っ赤な顔で涙を溜めて。荷物を置いて駆け出すチアキ。音読告白から僅か十数秒。呆気に取られて俺の方も何がなんだか……。
「あ、あのう」
救いの手を店長に求めてみれば、カウンターに立つのはオールバックに口ひげのナイスミドル。店長(女)は? 店長(女)は何処へ行った?!
「面目次第も御座いません……。貴方とチアキ様を想ってのことだったのですが」
「はあ」
謝るためだけにその姿に戻ったのか。律儀というか珍妙というか。
じゃ、なくて、だ。どうすんだよこの状況。どうなんだよこの展開!
「取り敢えずは……。追い掛けて謝るのが宜しいかと」
「解ってますよンなことは!」
カンペキに見えて、何かが抜けてるとこまで一緒とはね。ここの人たちがだんだんと、わからなくなってきた。




