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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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41/61

#38 貴方は手前に何を望むのです

物語の転換点を過ぎ、今週は少し小休止。

私事ですが、本作の書き溜めストックが最終回にまで達しました。

尺の切り詰め等がない限り、本作は2020年2月14日(金)で完結の予定です。

「珈琲セット。アップルパイ」

「かしこまりました」


 天井でからからと回るシーリングファンと、レコードから流れるクラシックなジャズミュージック。七人七色。春半ばに来たときから内装には何の変わりもない。

「お待たせしました。ご注文はこちらで……宜しかったですか?」

 いつ見ても不思議極まりない。オーダーから数分と経たず出された、湯気の立つ六分の一カットのアップルパイと、注がれず逆さに置かれたカップとソーサー。

 アップルパイをちらと見て、カップで蓋をされたソーサーを検める。中身は空っぽ。『裏口』に繋がる鍵は無し。

「申し訳ございませんが、貴方にお出しできる品は御座いませんよ」

 オールバックに口ひげの似合うダンディな店長。怜悧で表情ひとつ変えず、カウンターから俺に告げる。

「”チアキ”さまからの紹介とはいえ、あなたお一人で此処に来られるとは、意外ですね」

「ぶっちゃけ、俺もそう思います」

 奴が纏うカワを売り買いするアングラ極まりない喫茶店。俺の体に合うものが無いんじゃ寄る意味もない。

 けども状況が変わった。今、この話が出来るのは多分”カレ”しかいない。

新名にいなさん。俺、告白されたんスよ、チアキに」

 事実とはやや異なるが、大筋は間違っちゃいないし、この人にソレを知ることは無いわけだし。

 ここ数日で起こった異変をひとことに纏めるとそうなる。これが他の誰かならシンプルなんだけど、チアキからとなれば……。


「左用ですか」

 自分で言ってて衝撃的なカミングアウトだと思うのだけど、対する店長は素知らぬ顔でカップを拭いていて。流石は大人。流石は店の主。古い付き合いとはいえ、この程度じゃ揺らがないか。


「少し……。席を外しても宜しいですか」

「はい?」

 とか何とか言ってたら、突然カウンターの裏に潜っちゃって。ごそごそがさがさ一分半。机から生え出たそれは、濡れ羽色の……髪?!


「ちょ、ちょちょちょっ!? どど、どーゆーことですかアズマさま! チ、チアキさまが貴方に、こ、こここ、くはく!?」

 ドギマギするのは勝手だが、それは俺も同じだってのは分かってほしいな。あの冷静さは上辺だけで、内心メッチャビビってたって訳かい。

 新名一海にいなかずみ。ここの店長にして先の姿と今、どちらがホンモノなのか分からない人物。問い質したいが、聞き入れてはくれないんだろうな……。



※ ※ ※



「先程は大変失礼致しました。あまりにも……予想外、でしたので」

「それは別に構わないんスけど」ここ、地下じゃなくて喫茶店ですよね。いいんですか、そっちの方で。

「ああ、ご心配なく。他の常連には『娘』と言うことで通っております」

 さい、ですか。これ以上追求しても無駄だろう。与太はひとまず置いといて。


「やっぱり、こういう話は……アイツからは無かったと」

「逆、なら度々」カップに珈琲を注ぎつつ、新名店長が淡々と答える。「あしらい方や後腐れのない対応。そう言ったモノは此方から、色々」

 承認欲求を他の姿で求める奴だ。言い寄る連中はそりゃあ多かろう。言い寄った輩も可哀想に……。

「つまり、初めてなワケですね。チアキも」

「そうなります。ニワカには信じがたい話ですが」

 にこやかに笑っているも、両のお目々は据えて冷ややか。そんなに信用ならないか? 一応アレの唯一の男友達の筈なのだけど。

「して。アズマ様は手前に何を望むのです」

「アー……」そう。ここからが本題。夏の暑い盛り、額に汗して来た意味。「別に望むとかそんな大層なことじゃないんス。ただその、俺……このままで良いのかなって」

「良いか、とは?」

 あの日チアキに『彼氏』だと言われ、場を収めるにはそれしかないと了承の口裏合わせ。イヤか? 否、嫌じゃない。

 散々面倒に付き合わされて来たが、授業を終えて、旧校舎で寝てを繰り返す毎日の中で、アイツと過ごした二ヶ月は本当に楽しかった。脅迫する側とされる間柄だけど、それでもいいかと思っていたんだ。

「俺とアイツ。ナニをどう言い繕ったって男同士なんですよ。なのに、その」

 傍目にゃ健全な恋愛に視えるけど、俺もチアキも性別的には男。そんなふたりがくっついて、マトモに暮らして行けるのか、アイツはそれで満足なのか。そもそもこれを恋愛と言って良いものなのか。

 勢いでそれを受け容れたその日から、ずっと迷いが頭を離れない。ホモセクシャルのカップルなんて今日び色んなとこにいる。居ちゃいけない訳じゃないけれど。本当にそれで良いんだろうか?


「は。何かと思えばそんなこと」こうなるとオトナの経験者は頼もしい。俺の迷いを鼻で笑い、人差し指を突きつける。

「貴方は相手に『ふつう』を求めておいでデスが、その基準は誰が測るのです。他だと言うなら流せば良い。己ならば、そもそも安請け合いする方が間違っている」

「確かに……」

 きな臭い環境で長年大人やってきたからか、言葉の重みが段違い。翻って俺はどうか。相手はチアキだ。杓子定規に世間一般の常識をぶつけても意味などない。

 答えは最初からそこにあった。要は許容出来るか否か。悪いのは目に見える異界を前にビビった俺自身。

「それを踏まえ、貴方はどうなさるおつもりで?」

 投げ出すか? なわきゃアない。確かにノリと勢いの産物だけど、放り出すために承けた訳じゃない。

「勿論、恋人らしく接するつもりですよ。じゃなきゃアイツが可哀想すぎる」

「最悪ですね」

「はい?!」

 考えて答えた筈なんだけど、新名さんの返しは素早く辛辣。何か今ヘンなこと言いました? 下手打ったつもりないんだけどな……。

「付き合うと言いながら、その理由が不憫だからとは、チアキ様を馬鹿にしているのですか? 胸に手を当てて考えてごらんなさい。意中の人にそう告白され、どう思うか!」

 言いたい事は解かる。けど、ナンデいきなりそんなにヒート?! 俺、何か地雷踏み抜きました?


「もういいです。もぉ結構」

 頬を膨らませて不快の意を示し(正体が判然としたなら可愛いのに)、身を乗り出してまたも人差し指を突き付ける。

「今の貴方ではチアキ様と付き合うに値しません。そもそも、貴方ではなくあちらからという流れが気に入らない。古風ですがこういうものは」

 ああ、解った。これはアレだ。お前に娘はやらんぞムーブ。あんたはあんたで奴の親気取りか新名さん。なんでアンタがその役なんだ新名さん。

「ではまず、告白からやり直しましょう。アズマ様、私をチアキ様と思って」

「ふぇっ?!」有無を言わさず告白から?! 冗談じゃないよ。俺まだ心の準備が……。

「これを、こうして、こう……」

 あぁあ、なんか向こうはノリノリで準備始めてるし。白シャツに黒のカマーエプロンの上からボレロを羽織って(どこから出した?)、首には赤のチョーカーネックレス。真ん中の銀色はマイクか? アレで声色変えるってやつ?

「『さあ、どこからでも来なさいアズマ君。思う存分採点してやるですよ』」

 チアキだけどチアキじゃない。声と雰囲気はそれっぽいのに、姿形は大分違う。なんだこれ。何なんだよこれ。俺さ、罰ゲーム受けに来たんじゃないからね。助言貰いに来たんだからね。

 まあでも、奴の源流が『ここ』に有るってのはようく解った。あのエキセントリックさは、店長からの受け売りか……。


「『ナンですか。何も言えないチキンですか。ではプレイバックから始めましょう。貴方は"ワタシ"に何と応えたのですか?』」

「そ、それは」

 ノンストップでグイグイ来るところまで同じかよ。だから心の準備出来てないって言ってるじゃん。無茶振りするのやめてくんない?!


「ええ、ええっと……」ここまで来たら後には引けぬ。「ごめんな『忍』。お前にばっかり、無理させて。ホントに、ゴメン」

 何故だ。何故俺は勢い任せの告白を第三者にせねばならぬのだ。

「最悪。全く以てキュンと来ません。貴方、本当にそれで宜しいのですか? 真摯に応えたと、自信を持ってそう言えますか!?」

 しかも、親(?)からのダメ出しまで込み。俺とアイツで双方向の告白なんですよ。何故そんなに切れ散らかされなきゃならんのですか!


「もういい、もう結構」勝手に見限り、勝手に納得。「こうなったら私が直接鍛えて差し上げましょう。リピート・アフター・ミー」

「えっ」

「『チアキ。君が好きだ。他がどんな難癖を付けようが構わない。俺が総て受け止めてやる』、はい」

 もしかして今の、俺の声か?! ちきしょうめ、そりゃあ当然『そっち』もアリか。アリなのは解ったが……。

「ほら。何をボサっとしているのです」

「いや、そう……。言われましても」

 無いよ。ナイナイナイ。俺そんな爽やかに青春出来ないもん。歯の浮く台詞ぱぱっと出せねえもん。無茶振りは止してくれ。

「貴方という人は、どこまで阿呆なのですか。一発で言えぬは当たり前。故に回数を積み、常日頃のことばとして取り込むのでしょうが。デキる男は皆体得して然るべきスキルですよ」

 オトナにそう言われると反論出来ないしそんな気がしてきた。これから散々世の中の『ふつう』と歯向かうことになるんだ。このくらい出来ないで何とする。


「わ。解った、分かりましたよ」

「宜しい」

 新名さんは薄く微笑み、チョーカーのツマミを左に回すと。

「『アズマ君。何なの、話って』」

 いきなり想定問答かよ。OK、OK。やってやろうじゃねぇか。俺はヘタレじゃない。やる時はバシッと決められる男なのだ。


「アー……。ええと、君が好きだ。他がどんな難癖を付けようが構わない。俺が総て受け止めてやるッ」

 よっしゃ、どォだ畜生。言ったぞ、言ってやったぜこの野郎!

 対するチアキ(店長)はどうか。ぽけーっとした顔で固まってやがる。あんまり男子高校生を馬鹿にするもんじゃあ無いぜ店長さん。こんなもん、俺にかかりゃあ……。


「あ、ああ」

 待てよ。自分で言うのも何だが、例文の音読で言葉を失い明後日の方向を向いて固まるなんて――。

(あさって?)新名さんが見てるのは俺じゃない。となれば何だ。目線を追って振り向けば、長い髪を二つに括って束ね、灰色のワンピースに青のジャンパーを羽織った、見知らぬ少女の顔ひとつ。


「ひが、ひがひがひがが、ヒガシ……お前、お前……!」

 前言撤回。知ってる奴確定。持ってた紙袋ががさりと落ち、目は点で唇ぶるぶる震わせて。仕事か? 仕事で来たのか? 俺が此処に来るとは、微塵も思わず!

「わ、ワワ、わわわ……」

 責めて、チアキと付けて呼ぶべきだった。何処から聞いていたか知らないが、これじゃあただの浮気逢瀬じゃねぇか。

「待てチアキ、これは」

「こっ、この……こおぉおおお……!」



 ――ヒガシ君の、浮気者ぉおおおおおおおおお!!!!



 真っ赤な顔で涙を溜めて。荷物を置いて駆け出すチアキ。音読告白から僅か十数秒。呆気に取られて俺の方も何がなんだか……。


「あ、あのう」

 救いの手を店長に求めてみれば、カウンターに立つのはオールバックに口ひげのナイスミドル。店長(女)は? 店長(女)は何処へ行った?!

「面目次第も御座いません……。貴方とチアキ様を想ってのことだったのですが」

「はあ」

 謝るためだけにその姿に戻ったのか。律儀というか珍妙というか。

 じゃ、なくて、だ。どうすんだよこの状況。どうなんだよこの展開!

「取り敢えずは……。追い掛けて謝るのが宜しいかと」

「解ってますよンなことは!」

 カンペキに見えて、何かが抜けてるとこまで一緒とはね。ここの人たちがだんだんと、わからなくなってきた。


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