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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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#36 『やめろ』「やめて」

そろそろ三クール目も終盤なので、双方の感情が大きく動く辺りを描きます。

おかげさまで執筆ストックも最終盤。55~56話くらいで風呂敷を畳めそうです。

「こうして見ると、可愛い顔してるよね」

「そりゃまあ、元が高校生トップ読モだしな」

「え?」

「何でもない。こっちの話」

 俺と瀧本、二人がかりで身体を吊って、ようやっと到着した保健室。錠は下りていないのに、中は狙ったようにもぬけの殻。作為を感じる状況なれど、他にあれこれ聞かれるよりはずっと良い。

 いつものように誰かの姿を借り、俺をからかって楽しむチアキが、役に溺れて気絶しちまった。入り込むタイプなのは知ってたが、まさかこれまでとは……。こんな事態は初めてだ。

 カーテンで外界とを隔て、その前にパイプ椅子を置いて門番めいてそこに座す。窓の外で運動部の叫び声がこだまする。

 居心地の悪い沈黙。会話の糸口を探し、目の前の彼女の名前を脳内で探る。


「ええと、瀧本さん……だっけ?」

「美久似」

「うん?」

「名前で良いよ。戌亥高の頃からの知り合いなんだし」

 そう、なの? 覚えてないのが申し訳無くなってきた。けどもまあ、問題はそこじゃない。

「あのさ美久似さん。チアキから……どれくらい聞いてる?」

「だいたいは。誰にでも姿を変えられて、北西君と仲良いってとこも」

 中身の性別は……。聞いちゃいないな、これだと。改めて言う必要も無さそうか。

「成る程」あまり先延ばしにするもんじゃない。眉間に皺を寄せて逡巡し、諦めて口を開く。

「信じられないかも知れないけどさ、チアキは、創作の人間ならすぐボロを出すけど、ホンモノの人間相手だとカンペキに成り切るんだ。中身も、外見も、喋りも考え方さえも全く同じ。俺だって判別付かない時がある」

「それで?」

 七面倒な状況に追い込まれ、言葉が上手く出て来ない。美久似が知りたいのは多分そこじゃない。応えてやらねば。俺にとっても、彼女にとっても、チアキにとっても報われない。

「あいつはさ、君の姿で俺に告白しようとしたんだ。タチの悪いイタズラかと思ったけど、つまり、その」

 これ以上言葉を継げず、俯く瀧本の返答を求める。女心なんてわからないけど、向こうにとってそれがどれだけ失礼かは、オトコの俺にもよく解かる。

 返答を聞くのが怖い。追求されるのが恐い。そんな自己保身に腹が立つ。

 でも、向こうの返しは単純明快。怯える俺を笑い飛ばし、背を叩いてこう言った。

「北西君ってば自意識過剰ぉ〜。よーく考えてごらんなさいよ。どうして私が北西君に告白するの? 理由があるなら教えてよ。戌亥の頃も忘れていたくせに」

「でも、しない方の理由だって」

「そこが自意識過剰だって言ってるの。昔ならともかく、今の北西君に告白するワケ無いでしょ。陸上を辞めて、毎日ぷらぷらしているひとに、どうしてそんなことしなきゃならないの?」

「む……」反論出来ない。自堕落な生活してるなと自分でも思う。この辺は、幾ら話したところで平行線だろう。

「昔はさ、好きだったよ」

 なんて顔をしかめていると、美久似の方が俺を見て。「陸上に汗を流す北西君のこと。誰よりもおっきくて、誰よりも長く走れて。息一つ切らさないで――」

 そんな頃もあったっけ。まだ一年前なのに遠い昔のように感じる。なんでそんなに走れたんだっけ? 練習めっちゃきつかったのに。弱音だってだいぶ吐いた筈なのに。


「チアキちゃんは、その辺を汲んでくれたんじゃないかな。少し昔の話をしたから」

「むかし……」言われてみれば、奴に俺の過去を話したことは無かったか。話す必要も無いし、それでずっと上手く行ってた訳だし。

「やっぱり……今でも引きずってるの?」

「何が」

「妹さん。ヒカルちゃんさ、そろそろ一年になるし」





「やめろ」





 アタマが急にかっと燃え、感情のままに席を立つ。相手が昔馴染でなかったら、悪意がないと解ってなかったら。握り拳をその顔にぶつけていたかもしれない。

「北西君、いきなりどうしたの」

「その話はやめろ……。やめてくれ」

「でもあれは事故なんでしょ」

「したくないんだ。チアキには」

「まさか、言ってないの? あれだけ仲良くしてるのに」

 昔話なんて話していたから不安だったが、今のところは杞憂らしい。奴が面白半分に聞いたなら、如何なカワを纏っていたとしても堪えられない。

「奴に、君みたいな友達が出来て嬉しいし、仲良くしてあげてほしい。けどさ、それだけは言わないでくれるか」

 ひどく上から目線だし、美久似さんとチアキ、どっちに対してもずいぶんな物言いだと思う。けども、それだけは駄目なんだ。触れられたら多分『ふつう』じゃいられない。俺が、俺じゃなくなってしまう。

 手前勝手で、護る必要なんて無い口約束。それでも彼女はニイと歯を見せ解ったよと頷く。

「いいよ。それが北西君の望みなら」

 嫌味のない返答。だから何とか、口裏合わせで嘘つくものだとばかり。

「同校のよしみ。こっちとしても、聞きたいことはちゃんと聴けたしさ」

 なんて思わせぶりなことを言い、席を立った瀧本は。「その代わり。ひとつお願い、聞いてくれる?」

「お願い?」

 何を突き付けられるのかと身構えたが、纏う笑顔は不安を覚えるくらいに晴れやかで。

「席、外してほしいの。チアキちゃんと二人きりで話がしたくて」

「ふたり……」

 カーテンの向こうを一瞥し、どうすべきかと思案を巡らす。この先に眠るのは同じ顔をした人間。なりすましで告白代行せんとした厄介者。

 被害者と加害者。誰も居ない保健室。俺が居なけりゃどうなるか。

「やーねー。何想像してるの北西君」疑念を見透かされ、俺の背にまたもばしんと一発。「私、そんなに子どもじゃないから。あんなのもう気にしてないし、チアキちゃんにも怒ってないってば」

「本当に……?」あれだけ焦って声掛けて、けど何もないっておかしくね? 不安だ。何か仕出かしそうな圧がある、のだけど。

「もー。ほらほらステイステイ。何もしない。誓ってしないから。乙女の会話、又聞きしないでって」

 乙女ってガラかよ、なんてデリカシーの無い単語が頭を過ったが、喉元でぎりぎり押し留める。

 最早問答は意味は無さぬ。だったら残れと思ったが、秘密を強要した以上、その選択肢にチカラはない。

「分かった。解ったから」

 駄々を捏ねて居座ったとしても、他に出来ることは何もない。不安はあるが、後は当人らに任せる。不安しかないけれど。



※ ※ ※



「おはよ。じゃあ、ないか。こんにちは? それとも……こんばんは?」

 目を開けて見てみれば、そこにあるのは網目状の白タイル。声に呼ばれて右を向けば、ショートボブにそばかす顔のあのオンナ。ちらと壁時計に目をやれば、時刻は既に七時前。もうそんなに時間が経ったの。

「ええ、と」この状況に解を求め、記憶の中を少し彷徨う。おぼろげな輪郭にカタチが見えて来た。確か、ワタシはコイツの顔を借り――。


「待って。それならカレは」

「帰ってもらった」奴はすぐさまそう言って。「私の方からお願いしてね。ふたりで、話がしたかったから」

「ぎえっ?!」

 背筋がそば立ち、冷や汗が頬を滴り落ちる。待って。話だって? ボクとこいつで二人きり。となれば続く展開はただひとつ。

「ぼ、ワタシに復讐しようってのかよ。かってに、あんなこと言ったから……」

「へえ」

 ようやく言葉を絞り出したってのに、対する美久似はそれひとこと。何だよ瀧本! じゃなきゃ何すんだよ瀧本ォ!

「あはは、冗談だって」そんな気持ちが通じたのか、向こうはからかうように笑い出す。「まあ、でも。怒ってたのはホントかな。チアキちゃん、ヒトのはなしほっぽり出して行くんだもん」

「それは……ごめんなさい。悪かったと思ってる」

「あ。いーよいーよ。今更どうのこうの言うつもり無いから」そう話す瀧本の瞳は優しくて。「で。どうなの? 北西君のこと、どこがどういう感じにスキなの」

「それってつまり、恋バナ?」

「YES。恋バナ」

 だよね、この流れ。ワケわかんないぞ瀧本。奴が好きなのはお前も一緒だろ。

 あまり話したくない。でも、断れば間違いなく報復される。避けようのない二者択一。うんざりだけど、話すしかない。

「昔っから、この身体が好きじゃなかった」瀧本(おまえ)のじゃなく、ワタシの話な。「鏡を視るのが怖い。人の目が恐い。だから、誰かの姿を借りて暮らしてきた。それがワタシ」

 ややこしいのでカワの話は伏せておく。あろうがなかろうが通じるだろうし。

「だから、カレと出会った時も脅し付けてそれで終わろうと思った。それで終いだと思ってた。けどね、カレは『なにが悪い』と言ってくれた。こんなワタシを友達と言ってくれた。生徒会にバラされそうになった時、友達だからと怒ってくれた。初めてだったんだ。こういうこと言ってくれる……友達は……」

 言っててちょっと恥ずかしくなって来た。事実だけども、事実だからこそ、これを流して友達面していたことに驚く。

「そっか」聞いてた瀧本は神妙な面持ちで。「やっとホンネで話してくれた。キミは、本当に北西君のことが好きなんだね」

 肯定されるとなんだかむず痒い。こういう時、どんな顔をすべきかわかんないな。でも。

「本音じゃない」

「はい?」

「カレをどうこうってのはホントだよ。でも、このままでいいのかなって話」

 だって、ボクはオトコだから。向こうにも、当然こちらにもその『ケ』は無いし、そもそもヒガシ君はボクの素顔すら知らない。なのに、好きだの何だって――。


「いいんだよ、それで」

「ふえ?」

 話半分に割り込んだそばかすは、ワタシの頬をそっと撫でて、にこやかな顔でそう言うと。

「好きに理由なんて無い。なっちゃったのをクヨクヨ悩むより、動いて玉砕すべきだって。”私”みたいに」

「それって皮肉? それとも当て付け?」

「半分はね」瀧本はいたずらっぽく笑い、「かーっとなったりしたけれど、気持ちを伝えられて、胸のつかえが取れたんだ。その辺は素直に感謝だよ」

 そこで一旦言葉を止め、目を閉じて暫しの沈黙。残るキモチを振り切るかのように、かっとその目を見開いた。

「私、ふたりのこと応援する。始まってもいないのに、このまま終わるなんて言わないで」

 私みたいにならないで。口に出さずとも、そう続くだろうことは解かる。奴は、ボクに自分を重ねているんだ。想うだけで進展しなかった相手に、言わないまま後悔し続けた日々。それがどれだけ無為か知っているから。

 けどそれはただの投影で。ワタシをダシに自分の欲望を満たそうとしているだけ。当て馬なんて死んでも御免だ。ワタシはワタシの道を行く。他人にレールを敷かれたくない。


「瀧本は勝手だ」向こう向いてと奴に言い、カーテンを閉めてカワを剥ぐ。

 ホンネを口にしなかったのは、それにも一理あると思ったからだ。成ってみて、奴の境遇に感傷を抱いたからだ。アイツの為じゃない。何もかも全部自分のため。使えるものは全部利用して糧にする。ただ、それだけの話。

「いきなりどーしたのチアキちゃん」

「チアキじゃない」

 だから、同じ顔をしてたくなくて、制服に忍ばせた別のカワに切り替えて。声の調子を整える。

「いまのわたしは……陽陰……栞。ありがとう、とごめんなさいを、あなたに伝えたくて。そう言ってくれたの、とっても嬉しい」

 後先考えず飛び出してったから、使える手札はこれ一枚だけ。他意は無い。無いんだけど……。


「なんだよ、なーんだよ! 可愛いとこあるじゃん『栞』ちゃん。いいって、もーいいって。わざわざそんな風に言ってくれるなんて。くれるなーんーてー」

「ちょっ、痛っ……。ばしばし……しないで……」

 この体育会系め。下手に出た途端肩を平手でぱんぱんと。あぁ糞ッ、さっきのままでいればよかった。もう二度と陽陰栞のカワは使わないからなっ。ぜぇーったいに、使わないからなッ!

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