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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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31/61

#28 「いや、ナニコレ」「キミが考えている通りのモノだよ」

「OK。じゃあ一度整理しよう」

「うん」


 黒髪ロングのシュシュ結び――。吹寄幽子とやらの姿をしたチアキ。

 そいつが有無を言わさず旧校舎に俺を連れ込んで、スカートの下に隠れたぱんつを触らせて(俺からじゃない、断じてない)、その膨らみをどうにかしろという。

 狂ってるよな? 聞いた俺だってナニが何だかわからない。だが、今こうして触れているモノだけは。稲荷巾着にうずらの卵混ぜたような感触は、多分・ホンモノ。


「ひ、が、し、くん。そろそろ……離して?」

「ぎえっ。わ、悪い」

 おんなのこ(?)のショーツ越しにタマを掴むという異常極まりない状況。咄嗟に話して咳払いをし、ほんの少し距離を取る。

「あ、あのさ」

 向こうは手の平で股間を隠し、頬を赤らめ俯いて黙ったまま。気まずい沈黙に呑まれかけたその最中、どうにかこーにか言葉を絞り出す。

「結局、俺を呼んだ理由は何なのさ。何時まで経っても話が見えない」

「あー……。うん、そうね」

 チアキは落ち着き無く視線を振りながら、『もう七月じゃない?』と話を切り出した。

「十分に暖かくなって、制服も夏仕様になったじゃない?」

 確かになと、今更になって思う。チアキが纏うそれからは上着のボレロが失せ、ワイシャツも半袖に変わっている。

「だから?」

「や。だからじゃないでしょ。そうなるとアレがはじまる訳じゃない。というか、三時間目が既に『そう』でしょ」

「あれ?」

 毎度オウム返しで済まないが、要領を得ない発言だらけじゃいらいらする。

 本題は何だと言ってやらんとしたタイミングだろうか。奴は手提げの鞄を探り、『それ』を俺の前に掲げて来た。


「これ、って」

「キミの考えている通りのモノだよ」

 薄い藍色に緩やかなカーブを描く白ライン。発達途上の胸を包み、膨らみかけのお尻を支えるワンピースタイプのお召し物――。

「スク水?」

「そう。スク水」

「あー……」何となく、チアキの言いたいことが解ってきた。

「す、スク水ぅっ!?」

 おいおいおいおい、セイセイセイセイ。そりゃそうか、そうだよな。ヒトに頼らにゃどうにも出来ないか。

 というかそもそも頼らないよね? 無難にごまかすか諦めますよね? ねえ?!

「オーケー、OK。お前が何に怯えてるのかは把握した」試着してどうなるか、見なくたって結果は解かる。

「ひとつ質問いいか? 今こうして慌てているが、だったら前は」

「え? 普通にこれ着てたけど?」即答かよ。

「普通に着てたよ。目立たないし、カワの上からじゃバレないし」

「あぁ、そう……なん?」

 そりゃねーだろ、なんて言い出せない雰囲気。信じたくないが、本当にそうして誤魔化して来たんだろう。

「しかし。しかしだ。お前、産まれてこの方、勃起の知識も知らずに暮らしてたってか? 習うよな? 普通何かで教わらないか?」

「ヒガシ、お前」至極真っ当なことを言った筈なのに、何故だか露骨にがっかりされて。「覚えてない? 小5か4に、男女で区分けされて、体育館に連れてゆかれたやつ」

「小……」それなら確かに覚えが有る。第二次性徴だっつって、身体がどうのこうのと。

 や。やや。待てよ。「つまり、チアキお前」

「そ。ワタシは女の子の方を受けました。故に、そっちの話は全然知らない」

「成る程、な……」

 使う機会も無いってのに、そっちを学習してきた訳っすかチアキさん。つか、その頃から既に『そう』なのね。それはそれで闇深い。


「これで、理解してもらえたよね?」

「うん、まあ。だいたいは」その上で、何を尋ねるのかまでばっちりな。

「お願い! このままじゃ水泳の授業全欠になっちゃう! 具合が悪いで誤魔化すのも限界あるっしょ? 悪目立ちしたくないんだよぉ!」

「ナニをどう頼むってんだよ! だいたいな、そういうのなら『同性』のゆー姉に振らんかい」

 稲森ユウ。チアキと同じ顔(というか版元は向こうだ)をした読モ美少女。互いに秘密を握り合う仲らしく、共闘体勢を取っているのも知っている。

「な、なな、なんでアイツなんだよッ。無理! ムリムリムリ! 絶対に駄目っ!」

 そう来れば話は簡単なのだが、互いに敷いたプライドがそれを阻む。外面こそなかよしこよしで振る舞っているが、影じゃオカマだ厚化粧だと罵り合って(何故厚化粧なのか?)ばかりいる。

「こんな弱みをユウに見せたらどうなるか。『あらァオカマのチアキ君ってば、股間のモノが邪魔で服も脱げないんですってえー。ナニソレチョーウケるぅ、超ウケるぅうう』って馬鹿にするに違いないんだッ」

「や、流石にそこまでは無くね?」

 お前の中の稲森、そんな感じなんだな。声をガチに似せて来てるのと、向こうがまず言わないであろう台詞運びが正直ツボだ。

 なんて本音はさておいて。「ナリフリ構ってる場合かよ。苅野忍のピンチなんだろ。解決しなきゃマズいんだろ」

「だから、いの一でキミに話したんじゃない」チアキの声が急に艶めき立ち。「ワタシのこと、見捨てるの? キミとワタシの仲じゃない。友達だって言ってくれたじゃない!」

「や、やめ……ホント止めて」

 陽陰栞、三軒茶屋晴海、美柳先輩、蜷川先生。聞いたことのある声質を使い分け、延々と続く懇願。

 友達じゃないか、って言われると弱い。そう言って共犯関係を選んだのは誰でもない俺だ。手前勝手に突き放すのは主義に反する。


「ヒガシ君。ボクはキミしか頼れないんだよぅ……」

 あぁ、あぁ。その容姿でぶりっ子っぽい声やめろ。砂糖菓子みたいに甘々な声で囁くのやめろ。罪悪感湧いて辛くなるだってのに。

「だだ、大体な! 勃起如きでイチイチ騒ぐなっつーの。ンなもんよ、嫌なこと考えりゃ直ぐ消えるだろ!」

「イヤな、こと?」

 あれこれ考えるのは後だ後。こうなったら真面目に対処してさっさと終わらせるしかない。

「そう。理由はどうあれ、イキり立ったモンは鎮めちまえばいい。意識するから勃ち上がるんだ。気持ちを、外に、向けろ」

「そと……」余程切羽詰まっているのだろう。俺の言葉を鵜呑みにし、目を閉じてナニかを呟く。

「解った。やってみる」

「お、おう」


(『しのぶ』、『ちあき』、しのぶ……。ちあき……)

 俺は、何か嫌なことを思えと言った。だのにいの一番で出るのが自分の名前? や。偽名かそう言えば。普段何気なく使ってる名前だろうに、どうしてここで出て来るん。


「や、やった。やったよヒガシ君。引いてく、引いてく!」

「えっ。まじで」

 けれども効果は覿面らしく。スカートの上から主張していた三角テントが引っ込んで、あるべき姿を取り戻している。

「言ったろ、ンなの、目くじら立てるもんじゃねーんだって」

「ヒガシ君のおかげだよぉ。良かったア、これでようやく学校に行ける〜」

「そうだろう、そうだろう!? 勃起くらいでメソメソしやがって。学校休んでする話じゃねーだろよ」

 対象がどうあれ勃起は勃起。鎮めるくらい訳はない。狭いコンテナの中でぴょんぴょん跳ねるチアキの手を取って、事態の終息を一緒に喜ぶ。

 それが、一番の悪手であると気付かないまま。


「おや?」

「んん?」

 違和感に気付いたのはどちらが先だったか……。今となっては大した違いは無いのだが。

 手と手を取って、真上に掲げたその瞬間。俺の太腿に届いた不可思議な感触。咄嗟に視線を下向けてみれば、先程消えた筈の膨らみが。そう、あの膨らみが――。


「あ。アワワ、わわ」

 おい。チアキお前なんだその顔は。頬真っ赤に染めて、唇ぶるぶる震わせて。

「ひ、ひひひ、ヒガシの……ばかやろぉっ!!!!」

「ふぉ、ええっ!?」

 まるで下手なスケベ漫画のワンシーンだ。お約束めいたチアキの平手が俺の左頬を引っ叩く。

 野球ボールがバットの芯を捉えたかのような快音を響かせ仰け反った俺に、続けざま右頬へ腰の乗った次撃が襲う。アレか? 右の頬をぶたれたら云々。セイセイ、あれは加害側のことばじゃ無くね?!

「ヒガシのあほ! ヘンタイ! どエロ野郎!! 何で! なんでだ!! これで完全に元の木阿弥じゃんさコンにゃロオ!!!!」

「ンなもん俺が知るかぁぁ! なんだよこれ、何なんだよコレええええ!!」


 元の木阿弥とはこのことか。収拾しかけていた事案が覆り、振り出しへと戻される。

 この不毛な争いはいつまで続くのか。一学期の期末考査は落とす他ないかと落胆していた所で、チアキにとっての黙示録のラッパが鳴り響く。


「ぐ、ぬぬぬ、ぬぬ……」

 スマホに通知が来、それを目にしたチアキの顔よ。唇を噛んで声を濁らせ、憎々しげな目をしたまま動かない。

「何だよ。ぼけーっと突っ立って」

「今更、キミに言って聞かせる必要ある?」

 などと言い、通知の続くLINE会話を見せられて。苅野忍の友人たちよすまない。文句なら追い詰められたコイツに言うが良い。



 ――しのー。どうした? あたまいたい?

 ――今日水泳だもんね。アレで出てくのつらいん?

 ――ゆーさんも心配してたよー。既読スルーしないで返事かもーん。



「ははぁ……」

 そこに続くは苅野忍チアキを気遣う友人たちのメッセージ。個人としては無視したいが、『しの』としてはこの気遣いを無碍には出来ぬ。

 奴の捻じくれた行動パターンを分析したら、そんなところか。

「で、どーすんの」

「どうすんの、って」

 悪いがな、この二者択一は自分で解いてくれ。既に恐喝されてる身だ。犯罪教唆の重ねがけは御免被る。

「くうう。こういう時に限って、かぎってさ……」

 何とも七面倒な生き方である。悩みを打ち明けること叶わず、かと言ってこのコミュニティを疎かには出来ぬ。

「こう、なったら……!」

 カワの下から脂汗を滲ませて、チアキの奴が遂に動く。

 アドバイスは出来ないが、何をしようが止めるつもりはない。

 さあ、存分にやるがいい。アイコンタクトでGOを知らせたその矢先、鞄を探って取り出したるは。


「やってやる! たかが水泳! 乗り切ってやろーじゃないさ」

 や、待って。ちょっと待って。そりゃ俺ぁ止めないって言ったけど。他に手段が無いのは解かるけど、

 それ、間違いなくビニールテープだよね。これ見よがしにソレ出して、お前一体何する気……?

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