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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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19/61

#17 末永くお友達でいてあげてくださいね

「これが……まじで、そうなん?」

 SF小説や、一昔前のスパイ映画で見たことはあった。何の変哲も無い場所に隠された空間。子どもの頃に憧れて、そこらかしこに家の合鍵を差してみたっけか。

 けれど、まさかそれが現実となるなんて。誘導されるがままに階段を下り、分厚い扉を開け放して見た先にあったのは。


「な、なんじゃ……こりゃあ」

 昨日、チアキの家であの『クローゼット』を目にしていなければ、またみっともなく声を上げていたかも知れない。

 そんな馬鹿な? この状況を見れば、誰だってそう思う筈だ。

「なっ、なま……なまま……」

 図書館の本棚めいた陳列スペースに、ハンガー干しされた老若男女のカワ、皮、革。チアキのコレクションなんてカワイイもんだ。カテゴリごとにずらりと並び、値札が付けられたその様は、とてもこの世のものとは思えない。

「騒々しい。イチイチはしゃぐな」

 傍らに立つチアキは呆れ顔で俺を見ると。「ここはウチと違って"お店"なんだ。奇異の目で見たり叫んだりするのは厳禁」

「み、店」

 そうか。そうだった。このトンデモ空間は喫茶店の地下。B級洋画のまじやば秘密基地に遊びに来ているんだ。騒ぎ立てれば俺の命が危ない。

「見ての通り、ここでカワを売り買いするの。ヒミツの符合で『客』かどうかを判断してるってわけ」

「ああ。だからあの鍵……」

 普通に生きてりゃ出会うことのないセカイだ。大っぴらに商売出来ないとあれば、こういう形もやむを得まい。

 興味本位で売り物のひとつに手を触れてみる。亜麻色の髪をした大人の女。頭頂部に人差し指の第一関節大の穴があり、指を突き入れ下になぞると、縦にどんどん拡がってゆく。


「なんだ、キミも興味あるのか」

「う、わ、あ!」

 ば、馬鹿野郎。話しかける時はワンクッション入れろってんだ。カワの中から飛び出して。てっきりお前のかと焦ったぞ。

「悪いけどヒガシ君向けの商品は無いよ。カワは容姿を変えられても、極端な体型補正は受け付けないから」

「ああ、そう」

 自明の理。カワを被って伸び縮みが出来るのなら、喜んで被ってやるとも。これはただの興味本位。やれるだなんて思ってない。

(の、だけど……)

 そう知れっと事実を突きつけられちゃうと、やたらどうしょうもなく、くやしい。



「オヨ。おやおや、やはりアナタでしたか」

 右奥のカワ置き場ががさついて、中から幼い顔立ちの女が顔を出す。長い濡れ羽色の髪をヘアゴムで一つに括り、くりくりとした丸い瞳にゆるく優しげな眉。ここの店員なのだろうか。白いタートルネックの上から薄茶のエプロンを被り、採寸用のメジャーを首から提げている。


「ああ、新名ニーナさん。どもども、ご無沙汰しております」

「ご丁寧にども、どーも。ええと……本日は、ナニとお呼びしましょうか」

「『チアキ』でお願いします。コイツと逢う時はいつもなので」

 いつも傲慢不遜なコイツが、このお姉さんを前じゃ途端にこれだ。背丈も歳もあまり変わらないってのに。

 などと傍目に見ていたら、彼女の目は俺の方を向いていて。「あ。自己紹介が遅れましたね。私は新名一海にいなかずみ。ここの店長さんです」

「はあ。宜しくお願いします」

 この異常な場所にそぐわない程優しげな声と態度。もしや、チアキがおかしいだけで普通はみんなこうなのか? そうなのか?


「もー。アイサツ終わったら横に退けよ、じゃーまっ」

 でくの棒はどけとばかりに俺を押し退け、持参した紙袋を新名さんに手渡す。

「はい、こちらが今回依頼された分。確認の方をお願いしますっ」

「まあまあ、なんとお早い……。では早速拝見させて頂きますね」

 そう言って一礼し、店長さんは紙袋を手にカウンターの中へと消えてゆく。

「これが、お前の……仕事?」

「そ。なかなか替えの利かない、立派な仕事」

 奴はそう言ってパーカーの中を探ると、「これ、なーんだ?」

「何……って」べろんべろんになった肌色のゴム――。じゃ、ねえ! ってえことは……。

「顔、か? 誰か、別人の」

「ぴんぽんぴんぽーん」チアキは歯を見せて楽しげに笑い。「ワタシは言わば顔専門の造形師、モデラー、いやむしろ顔職人とでも呼びたまえ。褒めよ、讃えよっ」

「職人は言い過ぎだろ」定義としちゃ間違って無いけども。マウント取ったからって調子に乗っていやがる。

「カラダをイチから作るには大きな工房がいるけれど、顔だけなら個人でもやれる。で、ワタシは日常的にそれを必要としていてお金も欲しい。つまりWin-Win」

「はあ」

 初耳の情報だらけで反応に困る。門外漢からすりゃどっちも同じ手間だと思うのだが。

「じゃあ、今まで出て来たアレは全部」

「顔に限ればワタシの自作。どぉだいヒガシ君。キミがどきどきしたあれやこれやが、総てこの手の中で造られたものだと知った気分は」

「どう、って言われても」あの時なら真剣に怒ったかも知れないが、慣れた今じゃあどうだっていい。いい加減、そのハイスペックぶりにも動じなくなって来たな……。

「つーかさ。作るって言ったが、それ一体どーやって」


「はいはーい。確認完了しましたっ」

 俺の素朴な疑問を遮って、新名さんがにんまり顔で戻って来た。

「流石はチアキさま。今回も良き仕事でした。総て当方が責任を持ってお預かりさせて頂きます」

「はい。宜しくお願い致します」

「今日は納品だけですか? まだまだ日が高いですが」

「ですね。なら……、少し見せて貰っても?」

「ええ、喜んで。お眼鏡に叶うものがあると良いのですが」


(礼儀正しいのな)普段が普段だから、こういう面は貴重極まりない。顔さえ変えれば媚びへつらうことも無かろうに。


「ええと、アズマさま……でしたっけ?」

「うひゃあ!」

 い、いつの間に俺の背後に? あんた今までチアキの側に居たんじゃなかった!?

「ああ、はい……。アズマです、北西アズマ」

「チアキさまとは――、どのようなご関係で?」

 名前を尋ねたその直後、冷ややかな声でこの質問。あの温和な雰囲気はそこにはない。貼り付いたように変わらぬ微笑みが、こうなると怖ろしくてしようがない。

(そりゃあ、警戒するよな)

 化けの皮を売り買いする卸問屋だ。脛に傷持つ連中の溜まり場だってのはガキでも解る。

 そこにツレとはいえ一般人が乗り込んで来たのだから、経営者としちゃたまったもんじゃない。

「と、友達ですよ。アイツの正体知ってて一緒に居るんです」

「ほ、ほ、う」

 意を決して真実を話せど、向こうさんの表情は動かない。マズった? けれど他に言えることもなし。どうする俺、どうなる俺!?


「あ。新名さーん」

 そこで来たかよ助け舟ぇ! カワに埋もれたチアキの奴が、声を此方に投げ掛ける。

「心配しなくていーよ。そいつの『弱み』はしっかり握ってるから。バラそうとしたら社会的に抹殺してやるからー」

「ふぁっ!?」

 間違ってない。なにひとつ間違っちゃいないが、お前今この場でそれ言う!? 助け舟を期待した俺が馬鹿だった。んなもん話したところで……。

「左用でしたか。なら、問題はなさそうですね」

「ぎえっ!?」

 いいんか。それで納得できるんすか新名さん。してくれるんならそれでいいけど。俺だけなんかいたたまれないけど!


「先程は大変失礼致しました。何分、公には出来ない職業ですので」

「いえっ、こちらこそ」なんとなく、馬鹿にされてる気がするのは気のせいか?

「けれど、安心しました」チアキの気配が奥に消えたのを見計らい、新名さんが温和な笑みでそう漏らす。

「あんな風に笑うチアキさま、手前も初めて目にしました故」

「笑う……」なんて、台詞が出るってことは。「長いんですか、チアキと」

「ええ。かれこれ十年ほど」

(成る程ね)あれは気取ってるんじゃなく一種の敬意か。このヒトがチアキに取って何なのか、何となく解る気がする。

「昔は笑わない方だったのですよ」店長の話はなおも続く。「何をお選びしても心ここに在らず。必要だからと手に取って、古くなったり着られなくなれば直ぐ替える。カワに対する愛着も、演じるその人物にも、まるで興味を示しませんでした」

「へえ……」今とはまるで間逆だな。あんなねじ曲がった性格してるんだ、かつてはもっと酷かったのだろう。


「親でもない私がこんなことを言うのはおこがましいのですが」そこへ来て店長は妙に畏まり。「どうか、チアキ様と末永くお友達でいてあげてください。あの方の為にも、貴方様の為にも」

(うぅむ)最初に脅しつけられてるからか、深々と頭を下げられてもコメントしづらいのよな……。

 けど、まあ。

「出来る範囲で、頑張ります」

 俺からそうなると言った手前、断るわけにもゆかないしな。全く以て、おかしな関係になっちまったもんだ。


…………

……


「それじゃね店長。また来るよ」

「ええ。またのご来店をお待ちしております」

 その後、店長の小言とチアキのウィンドウショッピングに小一時間付き合わされ、やっと地下から脱け出すことが出来た。あのダンディな店長に会釈して、この百鬼夜行ともようやくおさらばだ。

「な~~に疲れた顔してるんだよヒガシぃ。まだまだお昼でしょーがっ。これからまだまだ遊ぶんだろ~~?」

「無茶を言いやがる……」誰がここまで疲れさせたと思ってんだ。「というか、一仕事終えたからってテキトーでいいんか」

「うん? 何故に?」

 この軽い調子は何なのだ。ここはもう地上だぜ。さっきみたいな売り場じゃないのに、チアキ丸出しでいいのかって話だろうに。

「だって……。この店はこの店でしょ。何に、気兼ねしろと?」

「誰ってそりゃあ」

 待てよ。そういやずっと店長の方に動きがない。表向きの隠れ家とはいえ一本で繋がっているんだ。それって、つまり。

「”チアキ”さまのこと、宜しくお願いしますね、アズマさん」

「え」

 すげーダンディな声で、さっき聞いたような台詞が来たぞ。待て待て、ヘンじゃないか。どうしてこの人が、今さっき下で話していたことを知ってるワケ?!

「何ボケボケしてんのヒガシちゃん。さっきあれだけ話をしといて、今更ナニを恥ずかしがってんだって」

「ええ、え?!」

 奴の言わんとしていることがわかってきた。けど、それってつまり……、そういうことだよね?

 カワを売り買いする商売の店主だ。そうあったって不思議じゃないけど――。

「な、なあ。チアキ」

「何」

「いや、なんでもない」

 どっちが、本当の店長なのか。

 どちらに転んだとしても、怖くて聞けない。

 意図せずして、セカイの闇に足を踏み入れた、そんな気がした。



※ ※ ※



「あの、さー。チアキ」

「何だよ」

 カワ屋敷からの帰り路の中、ふと思った疑問をひとつ。

「お前のその姿……。苅野忍の方だけど。あれってファッション誌に載ってた奴なんだよな」

「そーだよ。それが、何か?」

「何か? って言うかさ……。バレたり、しないの?」

 かつて見たあの画面をスマホに映し、チアキのそれと見比べる。竹を割ったように、というか実際瓜二つ。

 けれどクラスの皆は。俺だって違うと気付くまでは、ここに載ってた『稲森れいか』ではなく、苅野忍という人間として受け入れられていた。

「あー。それね」チアキは人差し指でこめかみをつつき。「最初は確かに大変だったかな。けど、『稲森さんのフォロワーです』って話したら、女子はみんな受け容れた」

 ちょろいもんよねー、と得意のお下品笑い。実際そうだから何とも言えんが、それでいいのか辰巳高。

「OK、それはもういい」けど、浮かんだ疑問はもう一つある。「じゃあさ、ホンモノはどうなん」

「本物?」

「ここに載ってる稲森れいかその人だよ。名前変えただけのドッペルゲンガーが居るって知ったら、向こうだって黙っちゃいないだろ」

「は、はは。ヒガシ君それまじで言ってんの?」

 割と深刻な話題のはずだが、向こうはだからなんだと下品な笑い。

「ワタシとこの子が出逢う? どうして? 理由が無いでしょ。そんなこと考えるだけ無駄っしょー」

「無駄、か? ホントに」

「あっちもワタシも、何処に住んでるかすら分からないのに、どうやって追ってくるって言うんですかあ」

 まあ、言わんとすることは的を射ている。片や読モのクイーン、片やその姿を借りただけの地方民。接点なんざ生まれる筈がない。

「もー。ヒガシくんってばビビリなんだ。びーびーりーなーんだあー」

 何かツボに入ったのか、俺の背中をバシバシ叩いて笑う。確かにそうだが、本当にそうか?


「んん?」

 目線を投げた――。その先には、目ん玉ひん剥いて大口を開けたチアキの顔? セイセイ、なんだよいきなり。今の今まで余裕ぶっこいてたくせしてさ。

「ひ、ひがし。あれは」

「あれ?」

 一体何だと声のする方へ首を向ける。


「――あなた、本当に辰巳で良いの? あそこは県内屈指の進学校って」

「――そんなの、ママに言われなくても解ってるから。決めるのはあくまでアタシ。そーでしょ?」


 OK把握。俺たちと道路を挟んで向かい側。さんざん見知った苅野忍の顔した少女が、母に連れられ知らない制服を纏って歩いている。


「あば……、あばばばば……ウソ、だろ……!」

 チアキの顔から余裕が失せ、作り物の端正な顔立ちをくしゃくしゃに歪ませている。対して向こうはどうだ。無反応。というかこっちを見てすらいない。

「安心しろ、向こうは別に……えっ!?」

 怯えるなと声を掛け、首を横向けてみれば、そこには澱んだ瞳にハンカチとペットボトルを構えた立派な不審者。

「アイツさえ……アイツさえいなければ、フフ、ワタシは忍。苅野忍……」

「セイ、セイセイセイ! それ駄目な奴だから! ムショ行くやつだから!!」

 向こうさんは此方に気付いてすらいないんだから、そこまで怯えることもあるまいよ。なんて宥めてその場を収めたが――。


 けれど、まさかチアキの懸念が現実のものとなるなんて。この時の俺たちには知る由もなかった。

・店長の性別に関しては現状なにも決めておりません。むしろ、どちらかわからない方が楽しそうですし。

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