#16 七人七色?
都会の隠れ家みたいにひっそりと建つ喫茶店って良いですよね。
しかも、そこがファンタジーの入り口や何だともなると――。
なんて個人的なわくわくを、今週分と来週分に詰め込みました。
>『今駅前に着いた。お前は』
>「あと五分もしないと思う。合言葉はちゃんと覚えてる?」
>『何のコントかと思ったが、あれがそうなのか』
>「そ。答え合わせするからな。一言一句間違えるなよな」
なんて会話をスマホの画面越しに、もう十分くらい繰り返している。通話の相手はあのチアキ。昨日着付けを手伝った折に、必要だろうと連絡先を交換したのだ。
「そういやお前さ。家族とは離れて暮らしているんだろ。生活費とかどうしてんの」
あの”ファッションショー”を終えた折、何の気なしに呟いたこの一言が総ての発端となった。
「むふふ。気になる? 気になっちゃう?」
チアキは妖しく笑って言葉を濁し、「君にとっちゃ面白い見世物かもね。折角だ。明日駅前に来なよ」
話はそれからだと強引に締め、その日の会合はお開き。たまの休日を潰し、朝っぱらから人の行き交う駅前ロータリーで待たされているというわけだ。
「こういう時めんどくさいんだよなあ。チアキの奴は」
都会じゃないし、人が多いったって高が知れてる。けども、此処に来るまで面が割れないとなれば話は別。アプリで連絡と紐づけ情報を貰い、向こうを探して視線をあちこちに彷徨わす。まるで一昔前のオフ会だ。
さて、何で来るのかな。ベンチに座して行き交う人々に目線を投げ、波の満ち欠けを眺めていると、その流れに逆行し此方に迫る姿あり。
「『お前が試合を拒むのは勝手だ。けど、その場合ーー誰が代わりに出ると思う?』」
無地のベースボールキャップを浅く被り、ほんのり蒼い黒髪をバレッタでふんわりとかき上げ、ややだぼついた灰色膝下パーカーに黒のレギンス。赤茶のローファーをカンと鳴らしたこの女。
「ア。あー……」唐突に話を振った時点で正体は知れた。頭を振って困惑を追いやり、続く言葉を海馬の中から引きずり出す。
「えっと。『柳原だ』……、だっけ?」
「ふふ、ふ」カジュアルな装いの女は口角を広げて微笑み、俺の頭を何度か叩く。
「正解。せーかい。良くできましたねヒガシ君。チアキさまのご到着でーす」
「ガキ扱いすんなよな。そもそも何なのさこの合言葉」
「知らない。前にTVでやってたの真似しただけ」
「ああ、そう」
どうやら特に意味は無いらしい。アナログな奴め、なら最初から顔写真なりを送ればよかろうに。
「そんじゃ、ま。行きますか」手にした紙袋をがさっと鳴らし、俺に立つよう促す。
「待てよ。何処に行くのか聞いてないぜ」
「すっとろい奴だな」何だか知らんが怒られてしまった。「ワタシが何で稼いでるのか気になるんだろ。そのものすばりを見せてやる」
だから、それ自体が不安なんだって。俺ぁ常人やぞ。まだそーゆー闇に旅立つ準備なんざ出来てねぇんだってば。
※ ※ ※
「はい、とうちゃーく」
なんて言い訳が通る筈も無く。俺の手を引き、チアキが目的地と指し示したのは、駅から歩いて五分程の場所にある喫茶店だった。
持ち主がおらず、シャッターの閉じた二・三建ての雑居ビルが立ち並ぶその中で、三叉路の角っこを陣取る小さなハコ。
(『七人七色』……。店名か? これ)
無骨な周囲と溶け込むように、白地に赤のシンプルな看板。言っちゃあ悪いが、こんな装いじゃヒトなんて寄り付かないだろうよ。
「ほらほら。なに尻込みしてんだ、GO・GO」
「はい、はい」
気が進まないなりに入ってみれば、内装も見た目通りの地味オブ地味。
使い古されくすんだ木の床木の壁。テーブルは四人掛けが三つに五人掛けのカウンター席のみ。店先の購読雑誌は四週ほど前のもので、真新しいのは新聞くらいと来たもんだ。
スタバやドトール、前に寄った駅前喫茶程とは言わないが、こんな調子でよく経営が成り立つなと不安になる。
「いらっしゃいませ」
短く刈り込まれた白髪のオールバックに口髭がダンディな初老の男が、穏やかな笑みを浮かべて俺たちを出迎える。
店員は彼一人なのだろうか。四人席に座った俺たちに水とメニューを差し入れ、それではとカウンターに引き下がる。
「ええと、何にすっかな」
ブレンドだけで三種類。加えて浅煎り・深煎り・濃い目と続き、豆の種類までずらずらと。ガチ勢か。珈琲バリスタガチ勢なのか店長。この枯れた門構え、只者じゃないとは思ったが……。
「すみませーん、アップルパイを珈琲セットでお願いします」
「えっ」
俺が悩み迷う中、チアキの奴はメニューも見ずに即断即決。慌てて俺も浅煎りをと頼んだが、聞き入れて貰えただろうか……。
「や、ちょっと待てよ」裏ページでデザートの項を追うも、そこにアップルパイなんて記述は無い。選択ミス? けど頼んだ側も請けた方も、それが当然みたいな顔してやがる。
「まーったく、何をアタフタしてるんだか」
対してコイツは余裕たっぷりドヤ顔で。容姿も声も可愛い分、なんだか余計にムカつくな……。
「郷に入っては郷に従えってやつ。びくびくしないで大人しくしとくんだね」
「それ、今使う台詞じゃないだろ」
などと言い合っている最中、厨房の奥では香ばしいパイと焼けた林檎の良い匂い。や、ちょっと待って。まだ注文取って何分も経ってないっしょ。もう!?
「お待たせ致しました。アップルパイと本日のブレンド――、そちらのお客様はアメリカン……で宜しかったですかな?」
「あ、ハイ」
カップをそっと目の前に置く仕草、低いけど通る声。鼻孔をくすぐるメンズシトラスの香り。まずいな、思った以上にスキが無い。
じゃあ、無くて! 四コマ漫画でさんコマ目飛ばしたみたいなノリで、眼前に湯気立つ珈琲来ちゃったよ!? ナニコレどーなってんの!?
「騒々しい。食事の時くらい落ち着いたらどうだ」
どぎまぎする俺を小馬鹿にしたいのか、そのカワにそぐわぬ冷淡さでパイを捌き、悠然と口に運ぶチアキさま。視ていてサマになってるのがまた腹立たしい。
「なんなんだよその態度。俺はね、お前の稼ぎがどーだって話を」
「だから、『ここ』に連れて来たんだって」うんざりとした表情で顔を拭き、手元にある金色の『鍵』を抓む。
待てよ。鍵? 一体何処からそんなものを。というか、俺の席にアメリカンコーヒーがあるのは解る。けど、こいつの盆に乗ったのはアップルパイと伏せられた珈琲カップ。
セイ、セイセイ。セットを頼んで珈琲が出ないってどういうことよ。どうしてなんだと尋ねるより早く、パイを粗方食べ終えた(やけに早いな)チアキが唐突に席を立つ。
「マスター。化粧室を借りるよ」
「どうぞ。ごゆっくり」
ここへ来てトイレ? そんな高らかに宣言して行くもんでも無かろうに。
などと他人事めいて傍観していたら、チアキの右手は俺の腕を掴んでいて。
「ほら、キミもだよヒガシ君。立て立て、立つのっ」
「は、あ?」またトイレか。これ以上お前のナニを見たいとは思わない。なんでなんだと訴えるも、掴む力はやたらと強い。
「ウダウダ言わんでついて来な。そうすりゃ解る」
「わかるって、何がさ」
「何もかも」
納得出来たような、行かないような。兎角俺は抵抗を諦め、マスターに一言かけて、カウンターバーの隣から化粧室の引き戸を開く。
「珍しいな。男女共用かよ」
男性用小便器は無く、便座カバーの付いた洋式トイレの個室が二つに清掃用具入れがひとつ。壁は赤煉瓦のタイル張りで、手洗い場の蛇口は色剥げのない金メッキに覆われている。
普通のトイレだ。不可思議なところなどひとつもない。
「えぇと、八番……はちばん……」
けれど、チアキがそれらに興味を示すことはなく。手洗い場のタイルに手の平を這わせ、何か――探ってる?
「お前、トイレで何やって」
「トイレじゃない、化粧室」その声は妙に神経質そうで。「確かここ、ここなんだけど……」
まるで、金庫を前に格闘する泥棒だ。指の腹で煉瓦をなぞり、あぁでもないこうでもないと苦心している。
「良し。ここだ、間違いないッ」
何か確信が持てたのだろうか。チアキは口角を吊り上げ、触れたタイルにあの鍵を『挿し込んだ』。
「嘘、だろ」
何もない煉瓦に刺さったそれは『がこん』と音を立てて壁に吸い込まれて行った。洗面台が手前側に『開き』、その中にゃ先の見えない真っ暗闇。
「ここまで来たら、イチイチ説明しなくても解るだろ」
人のカワを被って立ち振る舞う人間が、カネを得る為にする仕事。そりゃあ当然合法じゃなかろうさ。アングラななんかを見せられることにもなるだろう。
そういう心づもりで此処へ来た。覚悟を決めてきた――筈だったんだけど。
「ようこそ北西ヒガシくん。此処がワタシの御用達。『カワ』の調達場さ」
実物を観ると、身の毛がよだって仕方がない。




