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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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17/61

#15 でもこれ、全部チアキなんだよな……

「ほら、次。袖の方お願い」

「そう言われても。ンなもん出来るわけが」

「出来るできないじゃないでしょ。やーるーのー」

 俺は一体何をやっているのだろう。いや、何がどうしてこうなった。

 銀髪の美少女が眼前で背を向け、着物の肌襦袢はだじゅばんと長襦袢を纏い、腕で抱えるこの振り袖を通せと待っている。

 振袖に彩られた女子は好きだ。髪を結い、わいのわいのと下駄を鳴らされると、否が応でも目線が行く。

 けれどそれは美少女だからであって。弱みを握られ、カワでガワを形造ったコイツが着ると不気味以外の何者でもない。


「あれさ、この部屋だけで収まる広さじゃないよな」

「何、"クローゼット"のこと?」

 気晴らしにふと聞いてみたが、お前はあれを洋服箪笥と同一だと考えているのか。実際そうだから言い返せないが。

「夢野って表札が二つあるってのは、まさか」

「そ。ワタシが両方借りてるの。向こうの部屋は丸ごと、カワと服でぎっしりさ」

「です、よねえ……」

 つまり、あの中にある分だけ『変身』バリエーションがあってことで。付き合わされる俺はたまったものじゃないわけで。いやはや、こうもブッ飛んでると驚きよりも笑いが来るな。


「おう、良し善し。やるじゃんヒガシ。んじゃ次、帯腰から通してー」

「まっ、待てコラ。まだ途中だっての、にっ!」

 見た目はカワイイ女の子。その腰に手を回し、帯を結ぶこの瞬間。ああ、お前はなんでチアキなんだ。これが普通の女の子であったなら。カワを被った同性でさえなかったら。


「おっけ。さんきゅーヒガシ君。後は自分でやるからさ」

「あ、ああ」

 ネットで調べたと思しき手順通り、下手なりに結んでみたのだが、奴はこれで満足なのだろうか。まさか男の俺が同じオトコに振り袖を着せることになろうとは……。

「うっし。それじゃあーあとはーこれにあうー髪型選びーっ」

 空気マイクで唄を歌い、その場でくるんと一回り。ここだけ見てるとおしゃれに憧れるうら若き乙女に見えるのがどうにも悔しい。

「そこを動くなよッ。珈琲飲んで待ってろ。いいか! そこを動くなよっ」

 などと念押しし、あの化け物小屋に消えるチアキ。あれは『羊たちの沈黙』を観たことがないんか。あの身も凍る絵面を観たことがないんか。


「しかし、まあ」

 すっかり温くなった珈琲を手に客間から周囲を見やる。趣味らしきものは皆あの部屋に詰めてるとして、こっちは不思議なくらい整頓されている。

 自室と思しき扉の前に置かれた本棚に目をやり、その背表紙にズームイン。

「表情筋を鍛える百の方法、ひとりで出来るモテカワメイク、今季はこれがクる着回し……」

 その他人格形成、だましのテク、女の子向けのオシャレ雑誌がびっちり縦詰め。苅野忍というガワを本物にする為にゃ、これだけの努力が必要不可欠って訳か。正体バレでぴぃぴぃ喚くとこばかり見ていたけれど、影じゃ奴も苦労してるのな。


「おーまたせーっ。ヒガシヒガシっ、こっちを見ろぉおおっ」

 そうして物思いに耽っている中で、背中に響く奴の声。まるで無邪気な子供そのものだ。鏡相手でなく、対人相手に見せられることがそんなに嬉しいのだろうか。

「ほぉら見ろ。しかと見よ。これが振り袖に彩られたチアキさまなのさ。なのよ。なんだってばっ」

 苅野忍の顔をベースにし、髪色は茶、肩口より少し伸びたそれにゆるくウェーブをかけ、後ろでお嬢様っぽく編み込んだ成人式スタイル。なんというか、とてもオトナっぽい。

 けらけらと笑い、裾を大袈裟に振って、可愛こぶりっ子してさえ、来なければ。


「うん、可愛いよ。すごくカワイイ」

 コスプレしといて何も言わないのは酷と思い、世辞で感想を言ってやるのだが。

「あっヒガシお前。今目ェ反らしたろ。気持ち込めて言ってないだろ!」

「そ、そんなばかな」

 コイツの前じゃ、下手な嘘など通用しないか。チアキはむっと頬を膨らますと、ヒトが変わったように蠱惑的な表情を浮かべ、俺の眼前にぬるりと近寄って来る。

「アズマはん、もっとわっちのことを見なんし。こ・れ・で・も、そんなヨマイゴトが言えるでありんすか?」

「な、なんだよ急に」

 静と動の切り替えというか、唐突に外面が変わるもんだから見ているこっちがどぎまぎする。

「お前それ振り袖だろ。どうしてそこから花魁になるんだよ!」

「綺麗ならそれでいいでありんしょう。ほぉら、このスマホで写真を撮っておくんなんし」

「あーもう、解った。わぁったっての」

 折角着飾った着物をはだけ、見せかけの胸元を晒されちゃたまらない。抓む端末を掴み取り、ピントを合わせてハイポーズ。


「ほぉら。ほらほら。光栄に思いなんし。都一番の花魁・さざなみ太夫の艶姿を間近に出来ることを」

「何処の都だよ……」

 駄目だ。完全に悦に浸ってやがる。どこから出て来た漣太夫。振袖纏ったくらいで花魁名乗るんじゃねえっての。


「うんまあ。こんなもんかな」

 苦々しい顔で二十枚くらい写真を撮ったくらいだろうか。漣太夫は唐突にそのキャラを放棄し、はだけた胸元を隠すと、カワで覆われたクローゼットの中へと潜り込む。

「おい、お前何処に」

「喜べ、ヒガシ君」衣擦れの音と吊られたカワが揺れる中、聞き知ったチアキの声が響く。「手伝って貰ったお礼だ。チアキ様のファッションショーを観てゆくがいい」

「ふぁ、ファッションショー……?」

 慣れてきたのか、最早この命令口調すら気にならない。一月くらい親密にしていると、それが何を指すか、言葉少なに解ってくる。


「というわけで一発目っ」

 こちらの準備を待たず、カワの隙間をすり抜け飛び出した美少女がひとり。

 腰まで伸びた黒髪ストレートを振らし、薄手の半袖シャツをグレーのサスペンダーパンツで吊って、赤のベレー帽を合わせたオトナめ女子。

 あの中で着替えと共に『外側』まで換えてるんだろうか? 器用っつーか、その業を何か別のことに活かせないのかと言うべきか。

「どう? どうよ? イカしてるっしょ? 今夏来そうでしょ?」

「何がだ」どう答えるべきか分からず、渋い顔で拍手をひとつ。可愛いのは分かる。お前のセンスに間違いはなかろうさ。でもよ、中身を知ってる人間に意見求められてもよう。


「けーっ。なんだよノリ悪いなっ」向こうさんは勝手に駄目出しをし、不満げな顔付きで再びカワの中へ。ガサゴソとブツを漁り、再びと俺の前に姿を見せる。

「だったら二発目。艶やかさならこっち負けない、チャイナドレスぅ」

 無尽蔵にようやるよ。今度は薄茶の髪を左右シニヨンに纏め、目元に薄っすらアイシャドウ。朱にオレンジの差し色をしたアオザイを纏った中華風。つーか、アオザイはチャイナドレスじゃねーぞ。

「どうよ! どうよ? なんならここでヌンチャクワークでもしちゃおうか? ほあたーっ」

「キャラ一つに統一せんかい」

 いつもこんな風っちゃ風だけど、家の中ともなると不気味なくらいテンション高いなコイツ。

 慣れて来たのはいい。それは良いのだけど、今度はヒトの理性を玩びやがってお前。女の子が目の前で蠱惑的に近付いて、甘く囁く様は童貞男子にゃ刺激が過ぎる。

 チアキ――。苅野忍はオトコだ。男が男に心惹かれるなんておかしいだろ。あ、いやそういう世界があるのは知ってるけども、俺とコイツは『そういう』関係じゃない。断じて違う。

(コイツはチアキ。カワの下に俺と同じモンぶら下げたアブないやつ。女の子じゃない女の子じゃない女の子じゃない女の子じゃない……)

 目と目を合わせないように努め、気持ち離れて奴と接する。向こうとしちゃあそれがまた気に食わないらしく、造り物の可愛い顔をぷうと膨らます。


「なんだよ。なーんだよさっきから。そんなんじゃ、此処にお前を呼んだ意味が無いじゃんさ」

 アオザイにも飽きたのか、再び肉の匂いのするクローゼットに潜り込み、先程まで纏っていた服を脱ぎ散らかす。

「だったら最終手段。これを視ても、そんな体でいられるかな?」

 いや、あのね。既に『そう』なってます。これ以上なるとやばいんです。だからもう勘弁してくれと言いたいが、それより先にクローゼットから飛び出すあの姿。


「じゃ、じゃーん! どぉだ見ろ、そぉら見ろ。とくと見よぉおっ!」

 だから、言われんでも見るさそりゃ。カワの中からパットを水増しし、白黒ボーダーのビキニにひらひらのパレオを合わせ、淡い桃色のビーチサンダル。季節外れな口の広い麦わら帽子を浅く被り、室内なのにわざわざ掛けたサングラス。

 しかも。

 しかもだぜ。

 そこから腰まで届く黒髪ロングと来たもんだ。どストライク過ぎるだろ……。なんでこんなえげつない真似が出来るんだよ畜生……。


「お。どーしたヒガシ。こっちを見ずに下向いてぇ」

「いや、もう……。敗けでいいです、俺の」

「はあ?」

 屈辱だ。屈辱極まりない。こいつの姿を目にして、前屈みになったまま動けないなんて。

・カワをハンガーに吊って並べているさまを、映画『羊たちの沈黙』のとあるシーンになぞらえて台詞にしたのですが、これやっぱり主人公がしていい絵面じゃないよね、と。

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