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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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#9 今度こそギャフンと言わせてやるんだからっ

早いものでまもなく四月。ということで、少しだけ春らしいおはなしを綴りました。

今週から翌月末辺りまでつづきます。

「よっす。久し振りじゃんアズマあ」

 などと言い、俺の背をぱんと叩く気の強いこの女。辰巳高指定の制服なれど、ボレロを廃して朱のジャンパーを羽織り、薄茶の髪に黄のアクセントを流したこの女。

 見ている分には楽しいけれど、馬鹿正直に頷いていられない、唯一にしてシンプルな理由がひとつ。


「ええと、あの……。どちらさん?」

「ばーか、何冗談言ってくれちゃってんのさ。ハルミだよ三軒茶屋晴海。戌亥高からの知り合いだったろ忘れたんか」

「いや、知らない。全然知らない」

 そもそも、いまの辰巳高に前の友達はひとりもいない。過去友達だった奴らはとっくのとうに県外だ。

「もー。ツンデレだなあアズマは。フリだろ? それ含めてフリなんだろっこのこのっ」

「あぁ、もう、うっとおしい」

 初対面のくせして肘でヒトの脇腹つつくんじゃあない。というかお前初対面じゃないだろ。

「何もかも勢いで誤魔化せると思うなよチアキ。物静かな子が駄目なら幼馴染気取ろうってワケかい」

「ぬ、ぐ、ぐ……」

 自分でも無理があると悟ったらしい。馴れ馴れしい雰囲気を解き、あの胡散臭い空気感を纏わせ地団駄を踏む。

「くそう、ジャンパーも靴も新調したってのに、それでも駄目か……」

「どちらかというと、そのキャラメイクに問題があると思うんだよな」

 まあ、俺には関係ないけどさ。鞄を開いて黒革の手帳を取り出し、赤ペンで日付と丸をきゅきゅきゅっと。


「あっ、ヒガシお前何なのさそれ」

「うん?」もうかれこれ一週間だってのに、今になって気付いたんか。「そっちがあんまりしつこいから、マルバツ形式で記録に残してるんだよ。見破れたら丸。そうでなきゃバツ」

「つまり、これは……」チアキの目は縦並びに七つの丸に釘付けだ。「ワタシ、ヒガシに七連敗もしてるの!? つかイチイチ記録に残してたってこと!?」

 カワで覆われた皮膚越しでさえ分かる怒気。奥歯をぎりりと軋ませて、俺と手帳を交互に睨む。

「なんだよ! なんなんだよ! こんな記録つけちゃって! 勝ち馬か? 勝者気分で悦に浸ってるってワケかあ?!」

「べ、別に他意はねえ」怒りのツボを突く程のもんかね? 沸点の上げ下げが急過ぎて、ちょうど良い場所がわからない。

「ぐぬ、うぬぬぅーっ」

 ああ、ああ。まーたカワの奥で涙溜めちゃって。あれ傍からみると顎下が妙に膨れてるんだよな。当人は気付いているんだろうか。

「着替えて来る」などと楽しく見ていたら、向こうさんはさっと踵を返し。

「なんだ、またキャラメイクか」

「苅野忍の方! このままじゃ登校できないだろっ」

 ヒガシのばーーーーか、と稚気染みた罵倒を残し、すぐそばにあった公共の女子トイレに全力ダッシュ。最早見慣れた光景だが、当人の心身に特段の理由が無いというのに、お前が”そっち”に入るのは許されるモンなのか? まあ、俺が喋らない限り、第三者からは「おんなのこ」以外何物でもないわけだが。


(なんだかんだで、順応してきたな……)

 はじまった当初は不安でしかなかったチアキとの付き合いも、それひっくるめて楽しんでいる俺がいる。お人よしか、馬鹿か。ドMなのか。楽しければそれでいいって享楽主義者か。

 向こうさんがどう思っているかは知らないが。



※ ※ ※



「しのー、おはよう」

「アー……。おはよ、美波ん」

 外のトイレで雑に着替えて来たせいか、『カワ』がいつもよりごわごわする。指でつついて確かめて、これで行けるって確信持ったのになあ。

 怪しまれてる? それはない。流石にない。今日もカンペキ。もんだいなし。

「今日は……なんだかちょっと気分悪い? もしかして、『アレ』?」

「うーん。それとはちょっと……違うかも」

 そのアレが、どのアレを指すのかは知らないけれど、直接の原因ならワタシの対局、窓際の席で友人たちと談笑している。

 北西ヒガシめ。まさかあんな手を使ってワタシのプライドを折りにかかろうとは。あちらの非なら動画で脅してはいサヨナラだけど、こればっかりは自分の未熟。騙し切れないワタシが悪い。

(とは、言ったものの)

 このままキャラを作って挿し込むだけじゃ、あいつの手帳に丸が増えるだけ。手間暇かけても無駄ってことになる。小手先だけじゃ駄目だ。何か、ここらで起爆剤的なものがあれば良いのだけど……。


「ありゃりゃー。今度は考え込んじゃった」

 目を細め、唇を尖らせ遠くを眺めるワタシを観、美波んは鞄を開いて「じゃあさ」と話題の転換。

「これ。明日市の体育館でやるんだって。三年から二年への引き継ぎ兼ねてって。折角だから観にゆこうよー」

「これ、って?」

 引っ手繰ったチラシに躍るは、『辰巳高運動部・定期発表会』の文字と、女子高生らしいデコりまくった統一性の薄いイラスト群。陽キャの仕事だな。自分たちさえ楽しければいいって空気を感じる。

「ウチの高校、チアリーディングが凄いって評判なんだよ。ほら、三年の美柳真帆先輩、知ってるでしょ?」

 チア、ねえ。県内でも有数の強豪とは聞いてたけれど、発表会で体育館貸し切りに出来るくらいお客が来るんだ。


「ね、しのも興味あるでしょ? でしょ?」

「うーん、そだねー」

 一度、面白半分でカワと衣装を合わせて着たことがある。けど、短いスカートをはためかせ、見せパンをするのは抵抗がある。外見には自信があるけど、内面の方はちょっと……。

「ご、ごめんね美波ん。その日はちょっと用事が」

 時間の無駄だし、作り笑いを浮かべてやんわり断ろうとしたのだけど。


 ――なぁおい見ろよアズマ! これだよこれこれ!


 こっちの話を聞いてたのか、タイミングドンピシャで背後より響く下品な声。ちょっとごめんと伸びする体で、そちらに首を向けて観てみれば、ヒガシの友達が彼を囲い、今ワタシが見せられたあのチラシを拡げていて。


「前に話したろ。辰巳高チア部主将の美柳先輩。フィールドに舞う朱の女神! あのヒトだよ、あの人のラストステージなんだって!」

「これを見ない手は無いだろ? なあなあ行こうぜ? 燃え尽きようぜぇ!?」

 OK、話は読めた。男子ってば節操無いのーっ。チアったって学生でしょ。それをどこかのアイドルみたいにちやほやして。ああ、ああ。馬っ鹿みたい。


「うーん……。チア、か」

 えっ。

 ちょっと待ってよヒガシ。

 まさかキミ、考えてる?

「明日体育館でだっけ? そこなら時間合うし、行ってみるかね」

「ふぉおお、流石だフレンズ!」

「お前は解るやつだと思ってたよ!」

「だからさ、お前ら言い回し古いって」



「な、あ!?」

「お。どしたんしの。元気出た?」

「あ。違う。あのね、これは違くて……」

 なんだ。なんだよヒガシのやつ。ワタシの先生姿にはノーコメントなくせに、同世代のお姉さんには鼻の下伸ばすってワケ。あー不潔。あぁいうのホント不潔っ。

 当人の顔も知らないくせに、想像だけで鼻の下伸ばしてさ。童貞か。お姉さんに幻想抱いた思春期男子のヤンチャか何かか。叶わぬ恋と知らず、無駄でしかない恋心にその身を焼かれ……。

(ん。待てよ……)

 ヒートアップする気持ちにブレーキを掛けて、聡明なるこの頭で暫し沈思黙考。

 来週って言ったねそのチアリーディング。丁度キャラメイクに行き詰まってたとこだ。これはちょっと、面白いことになりそうだぞ。ふふふ、ふふふのふ。


「お、おーい。しのォ。お顔が、ちょっと怖いよー?」


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