これは僕らの話〜その4
「頭いた……」
どれくらい眠ったのだろう。目が覚めたら日は高く上っていて、カーテンから漏れる光が部屋全体を薄明るく照らしている。
体が重い。喉はカラカラで、頭痛も酷い。二日酔い、なのかもしれない。昨日の記憶は曖昧だが、朝日と酒を飲んでいたのは覚えている。でも、その後の記憶はない。
「………………」
ベッドの隣に感じる気配から、俺は一旦目を背けた。
水でも飲もう。そしてコーヒーを淹れよう。
俺はベッドから起き上がると、キッチンへ向かい、コップに注いだ水を一気に飲んだ。
ケトルのお湯を沸かし、冷蔵庫を開けて中を見る。
昨日のチャーハンで食材を使い果たしてしまったので、当然だが中には何も入っていない。
カップにお湯とインスタントコーヒーの粉末を入れ、スプーンでぐるぐると混ぜる。コーヒーの香りと共に、徐々に目が覚めて思考が鮮明になる。
けど、昨日のことは思い出せない。
「食べ物買いに行かないと……」
「現実逃避してんじゃねーよ、こっちを見ろ」
「あづっっっ」
いきなり声をかけられて、心の準備ができていなかった俺は盛大にコーヒーを零した。
恐る恐る声の方向を振り返ると、いかにも不機嫌な様子の朝日が半裸でベッドの上に座っている。
「お、おはよう朝日……」
「おはよう。僕にもコーヒーを入れろ」
「……床片付けて着替えてからでもいい?」
「早くしろよ」
♢♢♢♢♢
「どうぞ…………」
朝日に淹れたてのコーヒーを差し出す。ベッドの上で腕を組み、不機嫌な表情の朝日は無言のままカップを受け取った。
「………………」
気まずい空気に耐えながら、俺は床の上に正座をして朝日がコーヒを飲み終えるのを待っていた。
朝日はコーヒーをゆっくり飲み終えると、空いたカップをまた無言のまま俺に差し出した。
俺はそれを両手で受け取って、そのまま正座を続ける。朝日の前から逃げるのは、許されない気がしたからだ。
朝日の首元には、痛々しい噛み跡が見える。
「あの、俺……」
「言いたいことがあるならさっさと言え」
朝日の冷たい声色に怯みつつ、俺は深々と頭を下げた。
「すみません、俺全く記憶がなくて……」
大きなため息がひとつ聞こえる。
「お前、僕にそんな言い訳が通用するとでも思ってるのか?」
「君に酷いことしたのなら、ごめん」
俺には謝ることしかできなかった。身に覚えのないこの状態で、何をどう謝ればいいのかはもちろん分かっていない。もしかしたら、朝日の仕掛けた悪い冗談の可能性もある。頼むからそういうドッキリであってくれ、と俺は心の中で祈っていた。
「…………」
無言の時間が続く。朝日の様子が気になって恐る恐る顔を上げると、朝日はポロポロと静かに涙を流している。
「……びっくりしたんだからな。僕はお前のこと、友達くらいには思ってたのに」
「ほ、本当にごめん、俺、とんでもないことを……!」
「……反省したか?」
「はい」
「不用意に酒を置いていった佐々木は、もう家に入れるなよ」
「はい、きつく言っておきます」
「お前は金輪際、一滴も酒を飲むな」
「はい」
「よし、わかったら近くのパン屋で焼きたての食パンを買ってこい。はちみつトーストにしろ」
「はい!」
俺は家を飛び出して、全速力でパンを買いに走った。
♢♢♢♢♢
『朝日くん、ドッキリ成功しました?』
電話の向こうの佐々木は、能天気に悪ふざけの結果を聞いてくる。こいつは、大学の1限があるとか言って朝早く家を出ていった。
まあ、口の軽いこいつがいなかったお陰で、ドッキリだとバレずに完遂できたと言っても過言ではない。
「ああ、大成功だ!泣きの演技で相沢を騙せたぞ、僕はもうどんな演技でもできる!」
『おー、すごいじゃないですか。前はあんなに大根だったのに』
「コツがあるんだよ、コツが」
僕は気分よく相沢が戻ってくるのを待った。何か忘れているような気もするが、気のせいだろう。
♢♢♢♢♢
息を切らしながら、俺はパン屋への道を急いだ。
今世紀最大の後悔と罪悪感に、今にも押しつぶされそうだ。
趣味の悪いドッキリかと思ったけど、何のネタばらしもなかった。それどころか……
涙を流す朝日の姿が、フラッシュバックのように何度も脳裏に浮かんで離れない。
……あれは、嘘じゃないだろうなぁ。
たとえ演技だとしても、朝日の演技にはいつも少なからず朝日の内にある感情が反映されている。
あいつは、全くの嘘ではあんなにうまく泣けないはずだ。
あーーーー、もうどうしよう。
俺だって、友達くらいには思っていたのに。
朝日に酷いことをして泣かせてしまった取り返しのつかない事実を前に、俺はこれからどうしたらいいのか何もわからなかった。
朝日とどう接すればいいのだろう。どう償えばいいのだろう。
ひとつ確実に心に決めたことはある。
もう二度と酒は飲まない、ということだ!




