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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
一章 銀色の魔法使い
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「あんまり無茶しないでね」

 その日の夜。

 僕は湯船に浸かって今日のことを思い返していた。

 ……霊に取り憑かれた先輩たちの暴力は怖かった。

 喧嘩による被害は明らかにヤンキーたちの方が甚大だったはず。普通に病院送りのダメージを食らっていたように見えた。相手がヤンキーだったのは不幸中の幸いといえる。まさか警察に届けるようなダサい真似はしないと思うからだ。

 湯船に浸かる自分の身体を見ると、ところどころ痣になっていたり、擦り傷になっていたりするところがある。僕が覚えているのは腹に受けた蹴りとパイルドライバーくらいなので、思いのほか傷を負っていたんだなと驚く。やはり僕もアドレナリンが出ていたのだろう。

 それにしてもチホ先輩の立ち回りには驚かされた。先輩たちがやられたらヤンキーに取り付く身の軽さ。もしヤンキーたちがやられていたら先輩たちのもとに駆け寄っていったのだろう。

 チホ先輩はただ男を操りたかっただけで、誰に対しても好意を持っていなかったと思われる。世の中にはいろんな女がいるなと考えさせられる。


「いつまで入ってるの」

「うわあ!」


 風呂の壁からトリカがぬるんと現れた。

 慌てて局部をタオルで隠す。


「ビックリさせんなよ。てか風呂とトイレには入ってこないって約束だろ」

「だって長いんだもの。暇なの」


 長いとはいっても一時間かそこらだ。それくらい我慢してほしいものである。

 トリカは風呂場を眺めると、溜息をついた。


「それにしても狭いわね。これでくつろげるものなの?」

「トリカの世界の風呂がどんなものか知らないけど、これで普通サイズだと思うよ」

「ふぅん。まあ、家にお風呂があるのは凄いと思うけど」


 でかい風呂が好きならトリカを銭湯にでも連れて行ってやろうかと思ったが、指輪の制約があるから必然的に混浴になる。やっぱりやめておこう。


「別にいいじゃない。一緒に入るくらい」

「やだよ恥ずかしい。ていうか今も恥ずかしいから出てってくれよ」

「自分の思考を読まれるより裸を見られる方が恥ずかしいの?」

「どっちも恥ずかしいわ」


 さも当然のように思考を読むのでそれが当たり前のようになっていたが、よくよく考えてみると異常である。思考が筒抜けってプライバシーも糞もない。

 でもまあ、思考を読めると僕に教えてくれているだけまだ良心的かもしれない。本当に思考を読まれたくないときには指輪から離れればいいわけだから。


「確かにアキラには恥ずかしい思いをさせてしまったわね」


 トリカは腕を組んでうんうんと頷いていた。なんか胡散臭い感じがする。


「別にいいよ。どうせ影響ないし」

「それでもちょっと可哀想って思うの。だから私も恥ずかしい思いをするわ」


 言いながら、トリカの身体がぱぁっと光った。

 光が収まると、白い裸体がそこにあった。風呂場にちゃんと立っていることから無駄に諸々再現していると思われた。

 反射的に目を逸らす。


「な、なにしてんの……!」

「あなたが裸だから私も裸になったの。おかしい?」

「おかしい。着なさい」

「ええ、行くわ」

「違う。服を着ろって意味だから。こっち来いって意味じゃない」


 僕の訂正を無視して、トリカが湯船に入ってきた。もっと強く反発したいのだが、あんまり騒ぐと家族が様子を見に来る可能性がある。どこまで再現しているのか不明だが、万が一見える状態だったら大変なことになる。

 トリカが湯船に足を差し入れると、お湯が揺れた。透過していない。

 嘘だろ……。僕はどうしたらいいんだよ。


「ふぅ。久しぶりのお湯だわ」

「ちょっ」


 トリカは僕の足の間に割って入り、背中を預けてきた。思わず押し戻す。いつの間にか彼女の長い銀髪は結われていた。

 僕が動揺しているのに対し、トリカはのんきなものだった。


「ぬるくないかしら。このお湯」

「……じゃあ温めるよ」


 追い焚きのボタンを押す。 

 恥ずかしい思いをするなどと言いながらこの少女、まったくそんな素振りがない。僕ごとき日陰者に裸を見られても大した問題ではないと言わんばかりだ。

 その思考に反応し、トリカが小さく笑った。


「そもそも見てないじゃない。私の裸」

「もう勘弁して……のぼせる」


 視界にはトリカの銀髪とうなじが映っている。それ以上視線を下に落とすとやべーと思い、壁や天井ばかり見ていた。

 やはり落ち着かないので、少し抵抗を試みる。


「魔力の無駄遣いじゃないっすかね」

「気晴らしも必要でしょう?」


 そう言われると反論しにくい。封印されている人のストレスは想像できない。

 あるいは、性に対する考え方が向こうの世界とこちらの世界で違うのかもしれない。僕からすれば一緒に風呂に入るなんてカップル以上の行為だが、向こうの世界では普遍的なことなのかもしれない。


「そんなわけないでしょ。そこの価値観はあまり差はないわね」

「マジかよ。だったら今これは異常だよな?」

「でも友人とお風呂に入ることはあるわ」

「でも異性じゃん」

「だから最初に言ったじゃない。あなたばかり恥ずかしい思いをしてるから私も、って」

「うーん」


 なんとなく納得出来ないので風呂を出ようとすると、トリカに足を抑えられた。


「お話ししましょう?」

「えぇ? 今? ここで?」

「私の世界では、お風呂は雑談の場だったわよ?」


 トリカの世界の風呂は複数人で入るのが常のようだった。


「ええ、だいたい街には大きなお風呂屋さんがあって、そこで入浴するのが普通なの。こんなふうに一家にひとつなんていうのは裕福な人間の話ね」

「そうなんだ。なんか特別な効果があるの?」

「別に普通よ。温泉だと精霊が棲んでたりするからはっきり効果が現れるけど、そういうところのお湯はもっぱら飲むものね」

「へぇ~」


 トリカの世界の話をしていると、自然と落ち着いた。邪な気持ちより知的好奇心が勝っているからだろう。それに何かいつも以上に風呂が気持ちいいような気がする。


「ってあれ? 傷がなくなってる」


 なんとなく自分の手を見た時、手の甲にあった擦り傷がなくなっていることに気付いた。


「あなた無茶してたからね。回復してあげたわ」

「マジっすか。そんなこともできるんだ」


 腹の痣も確認してみると、すっかり消えていた。

 僕は誤解していた。てっきり魔力量が多いだけの脳筋魔法使いだと思っていたのだ。だから攻撃魔法しか使えないものと勘違いしていた。


「それは全くの誤解ね。もはや失礼を通り越して侮辱だわ」

「すみません」

「でもね、あなたと同じようなことを知り合いに言われたことがあるの。『トリカって複雑な魔法が好きみたいだけど、簡単な魔法を全力で使った方が強いよね』って」

「複雑な魔法って例えば?」

「例えば、魔法を見えなくする魔法とか、離れた空間を繋げる魔法とかね。そんなことしなくても太陽みたいな炎を出せるんだからそっちの方がいい、ってよく言われたわ」


 太陽ってやばすぎるだろ……。


「比喩に決まってるでしょ」

「本当かよ」


 話を聞くと、トリカは結構魔法オタクらしく、幅広い魔法の習得に励んでいたという。中でも火を扱う魔法が得意なんだとか。こっちの世界じゃ使い道がなさそう。

 魔法で思い出したが、今回トリカは霊をひとつ吸い込んだ。


「あの霊でどれくらい魔力は回復したの?」

「あなたの魔力四日分くらいだったわ」

「すげーじゃん。ああいう悪霊を吸い込んでいけば、魔力も溜まりそうだな」

「でも、使った魔力も四日分だから収支ゼロなのよね」

「あ、そうなんだ……」

「ちなみに今の回復魔法で二日分の魔力を使ったわ」

「恩を着せる気か!」

「その物言いは性格悪すぎね」


 トリカがこちらを振り返り、微笑んだ。


「恩を着せるつもりはないけど、あんまり無茶しないでね。じゃないと私の魔力が永遠に溜まらないわ」


 時折わかりやすく優しいことをトリカは言う。

 なんだかむず痒い気分になり、ぶっきらぼうになってしまう。


「僕の性格を考えれば、普段どんだけ無茶したくないかわかるだろ。今日みたいなことは今回限りだよ」

「うふふ、そうだといいけど」


 そうして人心地つくと、トリカがお湯をすくって呟いた。


「……ぬるいわね」

「えぇ? 今温めたじゃん」


 トリカはかなり熱めの風呂が好きらしかった。



  ◇◇◇



 翌日の昼休み。モロとトシと一緒に昼飯を食べていると、クラスメイトの女子に声をかけられた。

 嫌な予感を感じ、警戒心もマックスである。


「守谷くーん、お客さんだよ」

「誰?」

「わかんないけど、女の先輩。廊下に居るよ」


 廊下を見ると、そこにはチホ先輩a.k.a魔性の女が立っていた。今日もモロ風に言えば、「ロッ」といった感じの雰囲気だ。

 モロとトシは、廊下に立っているチホ先輩を見て気色ばんだ。


「おまっ、俺らに黙って彼女作ったんか!?」

「すっげ上物。しかも先輩とかやるな陽」

「違うんだよなぁ。あの先輩は男六人侍らせる姫だぞ」


 モロたちは以前中庭で見た先輩であることを忘れているようだったので、真実をしっかり伝えてから廊下に向かう。

 チホ先輩は僕の姿を認めると、にこっと微笑んだ。


「守谷くん、急にごめんね」

「はあ。で、なんですか?」


 昼飯を食べ終えていないので手短にしてほしかった。


「昨日はお礼が言えなかったから……。ありがとう。助けてくれて」

「あ、気にしないでください」


 結果的にそうなっただけであり、積極的に助けたわけではないのだ。それよりチホ先輩を無意味に土下座させたことの方が僕の心には引っかかっている。できれば忘れていて欲しいと思う。


「先輩たちは大丈夫だったんですか?」

「うん。皆怪我はあるけど、学校に来てるよ」

「そうですか。それで、皆さんの関係はどうなったんですか?」


 相も変わらずドロドロの昼ドラを展開しているのかと思ったが、チホ先輩は晴れやかな顔をしていた。


「皆には謝って、フッてもらった。写真も消したし」

「清算できたんですね」

「うん。みんな優しいから……」


 チホ先輩が自嘲的な顔になる。

 あの先輩たちのことだから、本当に何の後腐れもなくフッたのだろう。惚れた初めての女だからそれも自然なのかもしれない。あるいは憑き物が落ちたことで色々目が覚めたのかもしれない。

 チホ先輩の顔を見るに、さすがに罪悪感を感じているようだ。


「ミツヒロくんたちがね、守谷くんに感謝してるって。自分のことを止めてくれて助かったって。多分後で会いに来ると思うよ」

「そうですか。大したことはしてないですけどね」


 彼らが暴走したのは霊による後押しであったと理解しているので、悪い感情は持っていない。チホ先輩に対する感情も理解できるし。

 先輩の暴走には霊が関わっているが、その元凶たるチホ先輩はナチュラルな存在なんだと思うと、どっちが怖いのかわからなくなってくる。

 暴走といえば、先輩たちと同様に気になる存在がある。


「ヤンキーたちは?」

「わからない。けど、私はもうアドレスも変えたし、連絡しない」

「そうなんですね」


 もしかしたら今後、チホ先輩にヤンキーの報復があるかもしれない。そうなったら今度こそ警察を呼ぶべきだろう。それで秩序が保たれる。

 まあ、チホ先輩もこれに懲りて不用意に男を弄ぶようなことはもうしないはずだ。チホ先輩には一途に純愛などしてもらって、真っ当な道を歩んでほしいものである。

 一件落着したことに他人事ながら安堵していると、チホ先輩がぽんと手を叩いた。僕の目をまっすぐに見つめた上に、手を握ってくる。


「え」

「守谷くん、身を挺して私を守ってくれたでしょ? 本当に感謝してるの。だからちゃんとお礼がしたいんだぁ。ね? だから守谷くんの連絡先教えて? ね?」


 僕は一目散に逃げ出した。

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