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あたしはアヒル3  作者: るりまつ
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タケルくんも、やるよな?


 不意にケンジが振り向いた。


「今、何時?」


 ササラは右手首にはめたデジタル時計を見ながら答えた。


「もう二時半、回っちまいましたね」

「もうそんなんなるか?……よう、そろそろ上がんべや」


 ケンジがグーフィー側の本郷の舎弟A、Bに声を掛けると、二人は素直に頷き、それから揃って本郷の顔色を伺うように見た。

 それを見てケンジは、ようやく真後ろに本郷がいることに気が付いた。


「あれ?!ゴウまだいたのかよ?」


「え?!何言ってんすか、ケンシさん、、、さっきオレ、こいつらと一緒に戻って来たの見てたじゃないっすか!!」


 本郷はケンジのボケっぷりに唖然とし、小さな奥目を二、三度しばたかせた。


「そうだっけ?ところでオマエ、まだ粘る気なの?俺はもう、つまんねーから上がるよ。ササラとタケルには悪ぃけど、これ以上待ってても意味ねーや」

「ケンジさんの言うとおり、クソ波待つより上がったほうが利口だぜ、本郷」


 ササラはケンジに同意して、本郷に大人しく帰るよう促した。

 タケルはただ目を細めただけで、何も言わずに黙っていたが、跨ったサーフボードの下で秘かに両足を叩いて拍手した。

 波面がこれ以上悪くなる前に、さっさと本郷にはいなくなって欲しかった。

 そうすれば落ち着いてなんとか数本、いや、ハナコとの約束通り、 たった1本でもまともな波に乗れればそれで良い。



 まともな波が来ればの話だけど……


 カッコつけてあんな約束しなけりゃ良かった。


 『ハナ、待ってろよ!海、上がったら、速攻ヤリに行くからな!!』


 くらいに、軽く言っておけば良かったな……


 なーんて、言えるわけねーけど



 タケルは、ハナコとキス寸前まで行った今朝の出来事を思い出し、いつの間にか顔にスケベそうな笑みを浮かべていた。

 もうすでに集中力さえ無くなり始めている。


 そんなタケルの、本カガミを舐めきったようなニヤケ顔と、海面から長く突き出た、ニューギニア原住民の紳士の誇り『コテカ』のような、真新しいサーフボードの先端を見て、本郷はいかにも目障り、と言うようにツバを吐いた。

 それからふと何かを閃めき、小さな目を怪しく光らせケンジに後ろから声を掛けた。


「そうだ、ケンジさん!今日はタケル君も仲間に加わったんだし、せっかくだから、ケンジさんの好きなアレでもして遊__」

「本郷、バカ、てめぇっ!!」


 本郷が言い終わる前に、ササラが細目をカッと見開き、その言葉を遮った。

 それから小さな声で、脅すようにつぶやいた。


「……頼むから、、、今さら、余計なコト、言いだすんじゃねぇ、、、」


 それは聞き分けの悪い子どもに対する、最後通告のようにも聞こえた。

 すると今までタケル同様、大人しく黙っていた舎弟A、Bまで、か細い声で本郷に哀願した。


「ゴ、ゴウさん、、、こんな日にふざけるのはやめましょうよ……」

「そ、そうっスよ……アレは、、、勘弁して下さいっ!」

「何言ってんだ、こんな日だからこそ面白いじゃねーか。 これじゃフツウに乗ってもつまんないべ?ね、どうすかケンジさん? タケル君にも、ケンジさんの考えたゲームで楽しんでもらいましょうよ!」

「ん?……や、でも他の奴らが、、、なあ?」

「あいつらだって本当はやりたいクセに遠慮してるんす。よぉ、ロミオ?おめー、まさかケンジさんのゲームにケチつける気じゃねえよな?」

「ぅ、、、」


 本郷にそう言われ、ササラは口ごもり、そしてもうワクワクし始めているケンジの横顔から目を逸らして黙ってしまった。

 有無を言わさぬ本郷の横で、それでもAは激しく首を横に振り、Bはボードのレールを両手で掴んで半泣きになっていた。

 そして本郷の視線がササラを通り越して、タケルに挑むように向けられた。



「タケル君もやるよな?」



 ケンジさんの考えたゲーム……?



 タケルは本郷の言葉に警戒した。

 心優しきインチキ修理屋。

 そんなケンジの考えるゲームなんて想像もつかない。

 と同時に、およそロクなもんじゃ無いという予感がした。


 カガミハマのローカル達の間では、波を内輪でまわす為の様々なゲームが存在する、というのは聞いた事があった。

 けれど、果たして実際どんなことが行われているのか、ササラが今まで具体的に教えてくれた事は一度も無い。

 なので、まずはゲームの内容を確かめようと、自分の少し前に浮かんでいるササラの顔を覗き込み……



「・・・・っ!?」



 それを見て、タケルの心臓は危うく止まるところだった。

 その時ササラは、額にミミズのような太い血管をドクドクと浮かび上がらせ、鶏の首でも絞めそうな鋭い目付きで、自分の右手を睨んでいた。

 退色した光彩は赤く充血し、そして薄い唇を思い切り歪めながら、トウモロコシのようにきれいに並んだ歯をギリギリと噛みしめている。

 あんまり強く食いしばっているので、タケルはその歯が口から音を立て、弾け飛ぶのではないかと思った。

 それはまるで吸血鬼の変身中の一コマのようにも見えた。


「なにっ?!どうしたの?!手が、手がどうかしたの???」

「あ?……あぁ、、、いや、なんでもねーよ……」


 ササラはタケルに、今の変身中のような自分の姿を見られて動揺すると、 急いで沖を見渡しながら、右手を海中に沈めて股の間に隠した。

 しかしその不自然な動作が、ますますタケルを不安にさせた。


「まあ確かに、フツウに乗るだけじゃつまんねーよな、うん! じゃあせっかくだから、上がる前にタケルも俺らと一緒に、ちょいと遊ぼうかね?」

「そうっすよ、やりましょ、やりましょ!」

「あーじゃあ、オレも最後に一発、派手に散って見せますよ〜」


 本郷にすっかり乗せられて、眉尻を下げたケンジが嬉しそうに言うのを聞いて、やる気になっているのはコンノ少年だけだった。

 ササラは本郷を睨みながら、口の中で何か呪いの言葉を唱え、舎弟AとBはがっくりと肩を落とし、3対3でクッキリと明暗を分けた表情を浮かべている。

 そんな中で、タケルはどんな顔をして良いのか、まったく分からなかった。


「あ、遊ぶって、、、何やるんすか、ケンジさん……?」


タケルは恐る恐るケンジに訊いた。


「まあ、大したことじゃねえよ。一回見ればすぐ分かるって。おし、時間がねえや、さっさとおっぱじめんぞ!そんじゃー、、、順番は『A対コンちゃん』、次『B対ササラ』 最後に『ゴウ対タケル』でいいやな? Aとコンちゃんは、ここに並べや。あと残りの4人はそっちの奥で待機しろ!」

 

 ケンジは急に人が変わったように、大きな声でテキパキと指示を出し、舎弟AはBと引き離され、コンノと一緒にピークの一番良い位置に移動した。


 Aとコンノがボードに跨り、ノーズとノーズを突き合わせる。

 

 いったい何が始まろうとしているのか、タケルは固唾を飲んで見守った。





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