因縁
一月五日。冬休み明けの最初の登校日であるこの日、呪術選抜試験の組み合わせ表が配られた。
選抜試験は参加を希望した生徒が、トーナメント形式で戦う一年に一度のイベント。これに優勝すれば、マントラ家系からも目に入れられるし、なにかと光栄な事らしい。こんな時に呑気だと思うが、これも自身を高めるためだ。その先にきっかけがあるかもしれない。
全校生徒は百人に満たず高校としては少数。参加生徒となれば、今年は六十一人らしい。
紙が一切れ渡され、それに記された相手が次の対戦相手なのだが、どんな確率だろうか――『白井健三』コイツとなにか因縁でもあるのか俺は。
今日は早く学校が終わり、体育館やら武道場が解放している。最近では仁先生も学校を休む事が多くなったせいで、頼ることもできない。マントラでのごたごたとなれば止むを得ないだろう。
仕方なく一人で自主練をして、今日は帰宅をした。三日後が本番だ。猶予は少ない。
元D組のメンバーで集まったのは、今から二日後。本番の一日前の事だった。一番、部屋が広いという理由で朝陽の新居が選ばれたわけだが。まあ六車、四之宮の問題は大丈夫らしい。先程、本人が言っていた。
大きなテーブルに座し、目の前にはコーラの入ったグラスが置かれている。こういうところは普通の学生らしい。中央には実家から送られてきたらしい苺が置かれている。ご丁寧に練乳も。
蔕を取り、一つまみしたところで本題に入るつもりだったのだが。本題というのは薫子の悩み。
だがまだ昼下がりで、ムードもおちゃらけ。それでは話せないと思ったのか、「タイミングを図らせて」と提案してきたのだ。
ならば仕方がないと俺達は四人共通の話題を模索した。そこで出てきたのが、呪術選抜試験だ。
一番、不安な朝陽がなぜか悠々な表情していたのだが、「俺の相手はD組だからなんとかなるかも」という理由らしい。
C組に入って少し浮かれてるな。いや調子に乗ってるぞこれは。
訊いてみると、天津の相手もD組らしい。人数と確率論的にいえば、おかしくはない。だとするなら、俺の相手は不運かもしれない。
「水無君の相手は?」
「白井だ」
なぜか乾いた笑いが起こる。
「因縁だね」
因縁言うな。できるならこちらは願い下げだ。
となれば気になるのは薫子の相手だ。まあ彼女の事だから大抵の相手は大した事はないだろうが、番狂わせがあるかもしれない。
そんな気持ちで訊いた彼女の答えは、「シード」だった。
「私は優秀だから、シード権を貰ったの。最初はみんなの試合を拝見してるわ」
確かに、人数的にシードシステムでも設けないと形式は成り立たないが、なぜか俺はご立腹だ。薫子の勝ち誇った目のせいだろう。
そこで朝陽の腹が鳴ったので、俺と天津で昼食を作ってやる事になった。ぱぱっとできる麺類。それもパスタ。
多数決によりカルボナーラが選ばれた為、卵や牛乳を使ってクリームを作る。下処理などを天津に任せると、いつもの半分くらいでカルボナーラは完成した。助手は大事のようだ。
四人分をふるまうと、冷蔵庫の食材はかなり減った。まあどうせ朝陽は料理をしないから構わないだろう。寧ろ腐る食材が減ったのだ。感謝してほしい。
そしてカルボナーラを食べ終え、俺が食器洗いをしている頃……。日も沈み、薫子は重い口を開いた。
「正直、悩んでる。どうしていいか分からない。誰を信じればいいのか」
薫子らしからぬ、気取らぬ素の言葉。だから俺は、それが本心だと確証できた。
「マントラの意思か。姉さんの主張か。どちらも納得できる部分はあるし、放っておける問題じゃない。選抜試験なんて呑気な行事に参加するのも……」
押し黙り、熟考。改めて問われて再び考えたところで新たな打開策がでる保証は無いのだが。
そんな矢先、朝陽が言った。「でもさ。世界が終わるなんて大それた主張してんのに、んな片鱗は全くないだろ。やっぱりマントラが正しいんじゃない」
言う通り、片鱗は無い。少なくとも俺は異常気象や、地震などの人類存続を脅かしかねない現象は知らない。だからといって証拠としては弱い。
「俺達が知らないだけかもしれないだろ」
「したら証拠として見せるんじゃないか」
むむっ。朝陽が切り返してくるとは思わなかった。
思考が疎かになってるぞ、俺。あの時、京都で俺はなにを感じたんだ。よく思い出せ。
「実は戦う意思を損失させるのが狙いなんだよ。そっからなんか、こう……」
そうだ。「それはない。自分達の呪力も消したら利益が生まれないだろ」
あの時はそう感じたから嘘ではないと思った。
「それも嘘かもしんないだろ」
確かに、勝手な自己解釈で俺は嘘でないと決めつけている。根本的に騙す為に徹底しているとしたら、全てが崩壊する。ただ、それでも俺は信じられる根拠がある。
俺達の論じ合いに割って入ったのは、天津だった。「エジ君も……いるんだよ」
はっとした顔になり、朝陽が顔をそむける。「そうだった……」
彼等が自己利益の為に騙そうとしている。その可能性は消えたといってもいいだろう。
ただ、利益を気にするかどうか。と問い詰められていれば、俺は回答に困っただろう。桜子さんはそんなのを気にしなさそうだ。
「振り出しかぁ」伸びをした朝陽がぼやくように言った。
あの日、桜子さんに会った事を言うべきだろうか。
いや、止めよう。真意もわからなければ、周りを混乱させるだけだ。まだその時じゃない。
不意に、薫子は言った。「さっきは迷ってると言ったけど、私はマントラを、お父様を信じたい。そして姉さんは――信じられない」
感情論。あまりに説得力に欠ける理論だ。ただ同じ家族の間で彼女にここまで落差を与えている環境。いったい過去にはなにがあったのだろうか。
まあ俺には知る由もないが。
ただこのまま堂々巡りでいいわけではない。俺達の中で答えを出して、迷いを断ち切る。
「だったら信じればいい。未来は不変だからな。それが正解かもしれない」
「こんな杜撰な案に賛成なんて。甘やかしすぎよ」
別にそういうわけじゃない。「一番の問題はうだうだ悩んで、目の前の事に手が付けられないことだろ。悪いが俺は、今回の試験で一位を取る気でいる」
沈黙が下りる。少し空気の読めない発言だっただろうか。後悔の念に襲われた時、笑いが起こった。
「私の前でよく優勝なんて言えるわね」
誇らしげな薫子の顔が、俺の目に映る。
「悪いが、俺は既にお前を超えている」
「おーい、なに二人で話進めてんだよ」
大きな朝陽の声で耳を劈きそうになる。
「そうだよ。みんなで優勝を目指そうよ」おー、と一人で天津が拳を上げる。
俺達は一緒に手を左右に振る。「いやいや、個人競技だから」
偶に天津は天然な一面を持っている……。
いつの間にか夜も更け、それぞれの家路を歩き出した。明日は本番だ。どうなるかも想像できなければ、あいつ等と戦う事もあるかもしれない。ただ迷いは無い。友達とは遠慮なく本気でぶつかり合える相手だ。
あいつ等は友達だから。
その日、久々に薫子と登校をした。別れたなど、離婚など噂もされていたが、案の定周りには騒がれた。とはいえみな、試験で緊張感も持ち合わせている為、粘着質ではなくて助かった。
今日はクラスの隔たりも関係ない試験日だ。誰もが一番、大きな武道場へと足を運んだ。
先ずは試験の注意や詳細などを伝えるらしい。みなの目線を集める、ステージに登壇したのは珍しく学校に来ていた仁先生だ。最近は京都の件で学校に顔を出していなかった。そのおかげで俺は、一人での修行を強いられてしまったわけなのだが。
マイクのテストをし終えた後、仁先生は説明を始める。「えー、初めての人もいると思うので説明をするね。選抜試験は勝ち上がり式の、実技試験。今回の参加者は六十一人。例年よりは少ないけど少子化だからしょうがない」
笑いを誘っている。のだろうか。
「人数の都合上、優秀な生徒はシード権を得ている。初戦で勝った生徒は二回戦をするんだけど、相手はランダムで決まるからよろしく。流れはその繰り返し。試合での細かなルールだけど――」
それからも話は続いた。仁先生らしからぬ真面目さで。
広さ三十メートル四方のフィールドでの戦いとなり、使える全ての呪術を使って良いそうだ。勝敗はギブアップを宣言するか、先生が負けだと判断し止めるまで。ごく簡単なルールだ。
早速、試合は始まる。最初に選ばれた数名を残して、生徒は設けてある観客席に移動する事になる。試験事態に参加しない生徒も席にはいるようで、誰が優勝するかなど予想をしている。
皮肉にも俺の名前が霞める事はなかった。
詰めながら座った為、隣は知らない生徒なのが辛かったが、喋りかけると意外にも話が合った。
人数的にはやはりD組が多いのだが、順調に人数を減らしている。実力の差ばかりは数押しでもどうにもならない。
大きな武道場を二つに分け、同時に試合を行っている為、スムーズに試合は進むのだが目は追いつかない。片方に夢中になっていると、いつの間にか終わっていたりする。そのせいで朝陽が戦っている試合を見逃した。横が熱戦だったせいだ。
思わず、微笑が漏れる。勝ったようで一安心だ。
次に俺の名前が呼ばれたので、そそくさと下へと降りた。
「次の試合は、D組――水無良太郎。C組――白井勇作」
アナウンスの声の後に、武道場のフィールドへと踏み入る。立ってみると広く感じる。四方の観客の目線。これは少し緊張するな。前に行事で戦った時より、人数が多いし。
「よお、こんな形でリベンジマッチができるなんて嬉しいぜ」
闘志を剥き出しにした白井が、木刀を構える。俺は嬉しくともなんともない。
ただ……。「歯ごたえのあるやつと喧嘩できるのは楽しい」
――始め!
いきなり加速をして距離を縮めてくる。そして木刀を振り上げた。ド直球な動きを見切り、護で攻撃を防ぐ。
ここで木刀から発。そうやって前みたいに攻撃してくるはずだ。俺は予め仕掛けておいた発で攻撃し、白井は後方へと吹き飛ぶ。
「あの呪力をちっとコントロールできるようになるだけで、こんなに強いのかよ。こりゃ俺も本気でぶつかるしかねえな」
なにか秘策でもあるのだろうか。少なくとも前回戦った時の白井に、なにかを隠したり持て余している感じはしなかった。
危惧した時、白井は懐からもう一本の木刀を取り出した。――二刀流。
「コイツは龍虎二号だ。悪いが成長してるのはお前だけじゃないんだぜ」
今度は二つの木刀を手にした白井が、迫ってくる。
力が未知数の相手と戦う時、仁先生はこう言ってた。一つ目は確実に攻撃を躱し、隙を与えずに敵を倒す。二つ目は攻撃をあえて受けて、力量をはかるパターン。
どちらが良いかは判断しかねるが、コイツとは真正面からぶつかりたい。
二本での攻撃を護で受け止めるが、数が増えた分先ほどよりも重い。白井は更に打ち合う速度を上げる。
何度か止めて分かったが、守り切れない威力じゃない。だとするなら……。
「おいおいどうしたよ! 防戦一方か?」
「今、丁度、反撃してやろうと思ってたんだよ」
一瞬の隙から縛を発動させ、大きな鎖が白井の背後から迫る。それに対し、白井は木刀を持つ手に力を込めた。
あれを断ち切るのは容易ではない。幾ら白井でも……。
二本の木刀を華麗な立ち回りで、白井はその鎖をあっさりと断ち切った。
マジかよ……。思わず声が漏れてしまった。
「こんなんが反撃か?」
挑発をし終えた後、白井はまたも俺へと迫る。
前より冷静で、つけ入る隙が無くなってる。さすがに一筋縄じゃいかないな。ただこのまま、長期戦になれば勝機はある。二本になった分、呪力の消費も激しいはずだ。ここは距離をとるのが吉。
背後へ飛んだ時、ボールを投げるときのように白井が振りかぶった。
なにをするつもりだ。
俺がその答えを導き出すよりも早く、白井は答えとも呼ぶべき行動を取った。木刀を素早く投げつけてのだ。
加速はしているが避けきれない速さじゃない。冷静に躱し反撃に転じようとした時、その木刀は破裂するようないきおいで呪力を放出した。
これは――間に合わない。
脇腹のあたりに痛みを感じる。どうやら打ち付けられたらしい。結界に打ち付けられると痛いのはよく知ってる。
立ち上がり白井の姿を捉える。彼は容赦なく、こちらに加速している。
避けるか……反撃か。
今度は足に違和感を感じた。白井の事だからちょこかまかした呪術はしていないと勘ぐっていたのが、仇となったらしい。足元に縛をしかけられ、今から躱すのでは間に合いそうにもない。
「行くぜ、白井流! 龍虎一迅!」
木刀での突き。先の一点に呪力を込めての一撃。最大火力での攻撃か。
俺は迷わず手に呪力を籠めた。ありったけの。そして腕を引き、思い切り前へと突き出す。
「水無パンチ!」
正面からぶつかり合った俺の拳と白井の木刀。
大きな音と拳のじりじりとした痛み。目の前には白井が倒れていた。
「勝者は水無良太郎!」
その声をきき、地面へとへたり込む。
呪術での戦いってよりは本物の喧嘩だなこれ。だからそれ以上にじりじりするし、緊張感もある。それに恐怖心も。
けどやれて楽しかった。のびている白井の顔を見て、思わず微笑が漏れた。




