1.悪役令嬢、義兄と出会う
――あっ。私、乙女ゲームの悪役令嬢だったんだ。
今日は自分を養女として迎えてくれる家族に初めて会う日。
孤児院の院長から養父母と義兄を紹介された瞬間、七歳のヴィヴィアナの頭に流れ出したのは前世の記憶だ。
大人気乙女ゲーム『太陽と星の永遠』――通称タイエヴィ、もしくはタイ海老。
王立の魔法学園を舞台に、ヒロインのルナが恋と学業に奮闘する三年間を描いたゲームだ。
攻略対象はメインヒーローの王太子、秀才のクール眼鏡キャラ、騎士候補生の細マッチョ、おっとり癒し系後輩、ラスボスである隠しキャラ(魔族)という、しっかり乙女たちのツボを押さえたラインナップ。
もちろんみんな超美形でイケボで高身長だ。
ストーリーも糖度高めのCERO Dで、ギリギリを攻めた美麗スチルが眼福だった。
タイ海老が他の乙女ゲームと少し違うのは、学園のカリキュラムとして魔物の出るダンジョン攻略ミッションがあること。
日頃からきっちりステータスを上げておかないとクリアできない絶妙な難易度設定のため、やり応えがあると好評だった。
生徒の多くが王侯貴族の子供たちの中で平民のルナは少数派だったが、逆境にもめげず魔物討伐の才能を開花させ、攻略対象たちと愛を育んでいく。
魔物討伐のために、魔法や物理攻撃等のどのステータスを伸ばすかでルートが分岐するのが特徴だ。
健気で明るくて頑張り屋さんのルナはユーザーたちからも愛されていた。
(――けど、私が転生したのはルナじゃないんだよね〜〜!)
悪役令嬢ヴィヴィアナ・フィンスター。
緩くウェーブした鮮やかな赤髪、キツい眼差しの青い瞳、左目の下の泣きぼくろ。
如何にも気が強そうな外見のヴィヴィアナは、フィンスター公爵家の養女だ。
元は子爵家の娘だったが、事業に失敗した両親が六歳のヴィヴィアナを孤児院へ置き去りにして失踪。
けれど彼女の魔法の才能が評判となり、七歳のときに公爵家に養女として迎え入れられる。
しかし、フィンスター家の養父母も義兄も悪人ではなかったが、ヴィヴィアナへの接し方はどこかよそよそしく、ヴィヴィアナの心に空いた寂しさの穴は埋まらなかった。
結果、タイ海老の舞台であるエトワル魔法学園に入学する十五歳になる頃には、彼女の性格は捻れに捻じれまくっていた。
執心している王太子には媚び、気に入らない相手には人を使い全力で嫌がらせをして潰す。そのうえ自分の代わりに悪事を働いた人間の弱みを握り使い捨てにする。
ヴィヴィアナは学園の毒花として君臨し、どのルートでもルナを邪魔してくるまごうことなき悪役だった。
(それでタイ海老ではルナが自分より成功したことに怒り狂って、魔王を復活させるきっかけを作っちゃうんだよね〜〜!)
ヴィヴィアナが復活させた魔王のせいで学園と王国は大ピンチ。
ルナと攻略対象たちの活躍のおかげで世界は平和を取り戻すが、ヴィヴィアナは粛清されてしまう。
(そして私を粛清するのが、現在進行系で目の前にいる義兄のリヒトだよね〜〜!)
リヒト・フィンスター。ヴィヴィアナより五歳上の公爵令息。
青みがかったサラサラの銀髪に、感情の読めない紫水晶の瞳。
ゲームスタート時では二十歳で身長183cm設定の彼は攻略対象ではないものの、ファンディスクでのルート解放が熱望される人気キャラクターだった。
前世の自分に関しては『社畜過労死』という単語しかプロフィールが思い出せないが、ファンディスクが出たら是非とも彼を攻略したいと思っていたうちの一人だ。
(でもこのままゲーム通りの人生を歩んだら、リヒトを攻略するどころかリヒトに殺られる……!)
目の前にいるリヒトは現在十二歳のはずだが、既に膨大な魔力を有し、彼がその気になればヴィヴィアナを瞬殺できることは想像に難くない。
(なんとしてでもゲームとは違う未来に進まなきゃ……!)
となれば、まずはお行儀よく挨拶だ。
小さなことからコツコツと。
ヴィヴィアナは即実行で人生を立て直すために歩み始めると決めた。
「ヴィヴィアナと申します。お会いできてとても嬉しいです。フィンスター家に迎え入れていただくからには、私の魔法がお役に立てるように頑張ります」
両親が失踪して孤児院で一年暮らしていたとはいえ元は腐っても子爵令嬢。貴族としての所作の基本は身についている。
たとえ着ているのが孤児院支給の木綿のワンピースでも、ヴィヴィアナの礼は優雅だった。
ヴィヴィアナの様子を見て、フィンスター公爵夫妻が感心したように頷く。
「そのお行儀なら、我が家に来ても大丈夫そうね。ね、あなた」
「ああ。家庭教師も苦労せずに済みそうだ」
これはなかなか好感触。ヴィヴィアナは内心でガッツポーズをする。
けれど、肝心のリヒトは――――。
「よろしく。……父さん、俺はもう馬車に戻っても?」
冷めた目でヴィヴィアナを一瞥すると、さっさと院長室から出て行こうとする。
明らかにヴィヴィアナのことはどうでもよさそうだ。
(義妹ができるのに1ミリも興味がないとかある?! これから同じ屋敷で暮らすのに?!)
確かにリヒトはタイ海老でも表情の変化が乏しいキャラではあったけれど、もう少し人間味があった。
なのに十二歳の彼は、整い過ぎた美貌と無表情が相まって動く人形のようだ。
「ヴィヴィアナ。私と公爵様は養子縁組の手続きをするから、お前は部屋に戻っていなさい」
院長に退室を促され、ヴィヴィアナの頭にある名案が閃く。
「わかりました院長。……あのリヒト様! せっかくですし院の中を見学していきませんか?! 私がご案内するので、歩きながら色々お話しできたら嬉しいです……!」
少しでもリヒトと仲良くなっておきたい。
ヴィヴィアナはリヒトとドアの間に回り込み、必死に院の見どころをアピールした。
リヒトは面倒そうに眉をひそめるが、彼が拒否をする前に公爵夫妻がヴィヴィアナの言葉を後押しする。
「あら、いいじゃないリヒト。行ってらっしゃいな」
「市井を知ることは次期当主としていい経験になるだろう」
しかし――――。
「あ、あのリヒト様……! 」
一緒に院長室を出たものの、リヒトはヴィヴィアナを振り返りもせずに前を歩いて行ってしまう。
十二歳の時点で170cmはありそうなリヒトと七歳の平均身長のヴィヴィアナでは歩くスピードが違い過ぎた。
(五歳も下の女の子が必死に追いかけてるんだから少しは歩幅を緩めなさいよ……っ! 紳士教育受けてないわけ〜?!)
土地だけはだだっ広く、手入れが行き届いていない孤児院の庭。
伸び放題の雑草の中をリヒトはスタスタと進んで行く。
(よりによって院の中でも一番映えない場所に来なくても。……ってもしかしてアレ、リヒトのちょっと先に落とし穴が掘ってない?)
孤児院の悪ガキたちの仕業だとピンとくる。
彼らはいつも来客にイタズラをしては大人たちに叱られていた。
今日もフィンスター家が訪れたのを見て、いつもの如く落とし穴制作に勤しんだのだろう。
落とし穴の製作者たちが、木や屋根の上からニヤニヤとこちらを観察していることにヴィヴィアナは気がついた。
しかも最悪なことに、彼らの手には汚水のたっぷり入った掃除用のバケツが握られている。
(あの汚い水をリヒトにかける気だ……!)
あの少年たちの過去の所業を思い出し、すぐにヴィヴィアナは彼らがバケツを持っている目的を察知する。
(リヒトを助けなきゃ……!)
考えるより先に、ヴィヴィアナの体は動いていた。
「リヒト様、危ない……っ!」
彼が落とし穴に落ちる前に引き止め、汚水から庇わなくては。
だいぶ空いていたリヒトと自分の距離を詰めるため、ヴィヴィアナは猛ダッシュをかける。
――――が。
「あっれぇぇぇッッッ?!?!?!」
リヒトはヴィヴィアナに言われる前に落とし穴の前で立ち止まり、無詠唱で展開した魔法の障壁で汚水を防ぐ。どうやら有能な公爵令息は悪ガキたちの気配にも企みにもとっくに気がついていたらしい。
ヴィヴィアナだけが勢いを殺せずすっ転び、顔から地面にダイブした。
(十二歳で無詠唱展開できるなんて凄すぎるんですけどー?!)
ヴィヴィアナも魔法の才能はあるが、リヒトのように瞬時に無詠唱で障壁を展開するなんてとてもできない。
だから身体を張って彼を守ろうとしたのに、とんだ空回りだったようだ。
「なっ?!」
派手な音を立てて顔面スライディングしたヴィヴィアナにはさすがのリヒトも驚いたらしい。紫色の瞳を見開き、焦った表情をしている。
(あ。やっぱり表情が動いたほうが魅力的だよねリヒト)
擦りむいた鼻や手がズキズキと痛むが、リヒトの表情の変化に思わずヴィヴィアナの胸が高鳴る。
(けど、今はそれよりも――!)
ヴィヴィアナはリヒトの手を借りて立ち上がると、ワンピースの土埃を払い、ヴィヴィアナが怪我をしたことで青ざめている悪ガキたちの元へ向かう。
「こぉらぁぁアンタたちっっ! 危ないイタズラはやめなさいっていつも言ってるでしょ! 今回はリヒト様がアンタたちよりうわ手だったから無事だったけど、お客様に怪我をさせたりなんかしたら困るのはアンタたちなのよ?!」
悪ガキたちの中には自分よりも年上の少年もいるが、ヴィヴィアナはかまわずに勢い良くお説教をかまし、彼らの頭に一発ずつゲンコツを食らわせる。
「痛ってぇ!」
「ヴィヴィのゲンコツは威力すげぇんだから手加減しろよ!」
「悪かったってぇ……!」
「謝るのは私にじゃなくてリヒト様に!」
彼らを一列に並ばせ、リヒトに対して頭を下げさせる。
良かった。怪我をして服が汚れたのがリヒトでなくて本当に良かった。
「本当にごめんなさいリヒト様。この子たちも反省しているので、今回は見逃してあげてください!」
公爵家の怒りに触れたら、少年たちは処罰されてしまうかもしれない。それどころか、孤児院の存続すら危うくなるかもしれない。
手入れが行き届いていないし人手も足りていない院だが、それでも一年間を過ごした場所にヴィヴィアナは恩義を感じていた。
(どうかリヒトがわかってくれますように……っ)
必死の思いでリヒトを見上げる。
彼は人形のように完璧な、冷たさすら感じさせる美貌でヴィヴィアナを凝視している。
そして数秒――――。
「あはははははっ!」
リヒトが、声を上げて笑った。
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