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最初の終劇

 厄介な残務処理を終えると、樹は栞たちの元へと戻ってきた。

 樹は何も言わずにただ


「さぁ、帰ろう」


とだけ言った。

 樹だけ知ることとなった、いくつかの事実。それは最後まで自分の胸の中にだけしまっておくつもりだ。

 そして、それさえも僅かな時間が経てば忘れ去られてしまう運命にあった。


「ああ、そういえばとんでもない情報を手に入れたんだが、俺が眠ると今日あったことは全部忘れてしまうって、本当なのかい」


 樹がわざとらしく疑問を投げかけると、栞はかりんと顔を向き合わせる。そして、残念そうにこう答えた。


「魔法や災夢は本来、この世界の裏側にあるべきものなの。だから、一度眠って起きてしまえば、人はすべて夢の中の出来事としてしか認識できないの。そして、普段見る夢のようにその記憶もすぐに消え去ってしまう」


 それは納得のいく説明だった。昼も夜もない現代社会で、誰も魔法少女や災夢を知らないという謎に対する明快な答えだ。


「そうか。少し寂しいけど、もう二度と君たちと会えないというわけではないんだろう」


「そうね、かりんやナツの事は忘れてしまうけれど、私とオジサンが出会ったときのことや、あのビルの屋上であったことは覚えているはずよ。色々と曖昧にはなると思うけど。でも大丈夫よ。出会いから、もう一度やり直せばいいでしょう。かりんとナツも、おうちに呼んですぐに紹介してあげるよ。」


 ナツとかりんも頷く。二人がまた会いたいと思っていると知り、樹は素直に嬉しかった。

 そんな気持ちの後から、理性が一つの疑問を投げかけてくる。樹と二人はいったいどういう関係なんだろう。


「そうだな。一からやり直すだけだ。でもさぁ、かりんやナツと俺は何を話したらいいんだ。女子中高生と話す話題なんて俺にはないぞ。そうだ、今から教えておいてくれよ。どういう話題を振れば受けるのか。本人に聞いておけば鉄板だろ」


「でも、教えたって全部忘れてしまうのだよ。まぁ確かに今日のことを忘れたオジサンはただのオジサンなんだよ。つまらないことばっかりいってると、直ぐに赤の他人に降格だよ」


「うわー、それが問題なんだよ。降格って、今の俺の地位はいったい何さ。お友達あたりですか」


「お友達候補生」


「卒業できるか不安だよ。ほんと、お手柔らかに頼むよ。そっかぁ、次会う時は、みんなは俺のことを知ってるけど、俺は初対面になるんだ。やばい、心の準備が……。おっと、そうだ。面と向かって言うのは恥ずかしいから今のうちにいっておくけど、俺はまだ29歳だから、オジサンじゃないぞ。」


「ははは、オジサン面白い」


 栞が上品な笑い声を上げる。


「いや、栞ちゃん。面白いじゃなくて、これは重要なことなんだぞ」


「じゃあ、何とお呼びすればよいのですか?」


 そう問うナツの目は少し意地悪そうだった。


「……樹お兄さんとか?」


「ははは」

「ひひひ」

「ふふふ」


 三人揃って腹を抱えて笑う。

 笑うなよと制止する樹の声をかき消して、三人はしばらく笑い続けた。樹は正直何が面白いのかわからなかたけれど、ただ茫然と笑い声が止むのを待つしかなかった。


「よかったよ。再開後の第一声は『樹お兄さんだよ』に決定なんだよ。これで大爆笑間違いなしだよ」


「いや、全く理解できないんだが。何か面白いところありましたか。じゃあ、樹大兄でもいいよ。ブラザー樹とかさ、ねぇねぇ」


 三人の少女は、もう用件は終わったとばかり樹を置きざりにするように揃って駆け出した。

 いそいで、それを追いかける樹。

 4人は戯れながら山を下りて行く。

 その道中くぐり抜けたのは、紅孔雀と死闘を繰り広げたトンネルだ。

 それも何カ月の前のことにように思える。

 気が付けば空は白み始め、街は音を立てながら、再び動き出そうとしている。

 ふっと吸い込まれるような眠気が樹を襲う。

 下り坂を降りる足が絡まるように不規則なステップを踏む。


「あれ、なんだか急に。あ……ほわわわわわ……」


 前のめりに倒れ巣になる樹を三人が抱きかかえる。

 少女たちに支えられた樹はもうすっかり眠りの中に落ちていた。

 樹は樹なりに別れの言葉を用意していたのだけれど、それを披露する機会は永遠になかった。


「お休みオジサン。

またあとで会いましょう」


 栞は優しくオヤスミの挨拶をした。


「ようし、オジサンを誰が家まで抱きかかえていくかジャンケンで決めるのだよ」


「負けませんわよ」


「えーと、これって勝ったら人がオジサンを抱えていくの。あおれとも、負けた人が抱えていくの」


 拳をグーに握ったまま見つめ合う三人

 しばしの沈黙


「「「うーん。負けた方かな」」」


三人の答えが綺麗にハーモニーを奏でた。


                  ◇


 次の日の朝。

 四人はそれから丸一日眠ったままで過ごした。

 魔法少女は眠らないなのだが、この時ばかりはぐっすりと眠らなければならないほどに疲労困憊だったのだ。

 戦争の最中、無防備この上ない状態であったが、幸い彼女たちが次なる刺客に襲われるようなこともなかった。

 僅か3日の間に、首都圏全域で数多の戦闘が繰り広げられ、多くの死者が出た。

 生き残った者たちは皆、傷つき疲れ果てていた。

 

 樹は、影咲邸の庭先で安楽椅子に腰を掛け、ある少女が書き綴った手帳を読んでいた。

 影咲邸の庭は手入れというものが全くされていなかったので、不気味な森の入り口のような有様だったが、それはそれで趣があって樹は気に入っていた。

 あれだけ大騒ぎをしておいてなのだが、結局、樹が記憶を失うようなことはなかった。

 栞は、樹の体を心配して使い魔の首輪をすぐに外すつもりだったのだが、使い魔との契約は一年と一日の間、当事者を拘束する。つまり、樹はあと1年の間、栞の使い魔であり続けるということだ。

 そういうわけで、樹も立派なにこちら側の人間として扱われているようだ。

 もしかして、それは別れの日を一年先延ばしにしただけのことかもしれないが、一年も先のことは、そのときになってから悩めば良い。


 そこには一年弱に渡る少女たちの冒険の日々が書き綴られていた。

 樹にとっては随分立派な魔法少女に見える栞も、初々しい時期があって、恵という少女はそれを温かく見守っていたことが伝わってきた。

 3人に慕われる恵という人物が広く他人に好かれる性格なのだろうということは、彼女自身が綴った手帳からでも十分に伝わってくる。

 しかし、樹は恵という少女のもう一つの側面を感じ取っていた。


「他人をこれだけ冷静に評価できる人間というのも、これはこれで怖いものがあるね」


 それは樹が最も苦手とすることだ。

 恵という少女は、他人にも自分自身に対しても、過剰な期待を持たなかった。

 希望を持たなかった。

 そんなネガティヴな発想が浮かんでくるのは、図らずも恵が前任者として樹のライバルのような関係になってしまったゆえの嫉妬のようなものだろうか。


「オジサンは何を見ているのだよ?」


 建物の陰から突然かりんが現れた。

 樹は慌てて手帳を背広の内側に隠す。


「た、ただの仕事の資料だよ。大人の世界には色々秘密にしなきゃいけない書類があるんだよ」


「ふーん。ベッドの下のエロ本なら、処分したよ」


「いやいや、俺は男子中学生じゃないんだからっ」


 幸いかりんはそれ以上の追求をすることはなかった。

 ケーキの用意ができたよと伝えると、つたつたと食堂に戻っていく。


 そう、ケーキなのだ。

 眠りから覚めた三人がまず初めにしようと決めたこと、それがケーキを作ることだった。

 三人それぞれが腕によりをかけたケーキを作り、一番を決めようということらしい。

 全く人の心の機微に疎い樹にも彼女たちが何をしようとしているのかは理解できた。

 栞たちは戦いを終えると、恵さんのつくったお菓子を味わって、その日の勝利を祝ってきたのだ。

 当たり前のように栞たちを迎えていた彼女はもうここにはいない。

 栞たちは、一人一人が恵さんの後を継ぐという決意表明なのだろう。

 食堂に行くと真新しいテーブルクロスが目に眩しい。

 テーブルは8人がけで、核家族で使うには大きすぎだ。

 まして、栞一人で使う気になれなかったのは当然だろう。

 数年ぶりに使われるそれは、出社一日目の若者のように凛々しく整えられていた。

 少女たちは未だキッチンにいるようなので、樹はそのまま椅子に腰かけて待っていても良かったのだが、一人くつろいでいては何を言われるか分かったものではない。


 幸い、影咲邸に送った私物が届いていたので、段ボールの中から電子ケトルを取り出し、お湯を沸かすと、とっておきの紅茶を入れることにした。

 ティーポットは一人暮らし用の透明で無骨なデザインのものだったが、茶葉には自信があった。樹自身はコーヒー党だが、栞の叔母が紅茶好きだったのを覚えていていたのだ。

 

「あら、素敵な香り。アールグレイね。少し私の想定とは違いますけど、構いませんわ。さぁさ、召し上がれ」


 キッチンから最初に姿を現したのはナツだった。

長身の彼女には少し小さいメイド服を着ている。「本格的にやりたいから」という理由で屋敷のメイドから借りてきたらしい。

 テーブルの上には、ホールのチョコレートケーキがでんと置かれる。

 丸いスポンジの上に万遍なくチョコレートがコーティングされた本体にイチゴとチョコレートクリームでトッピングがされたものであるが、なぜかイチゴは上空から投下されたようにケーキに埋没し、渦巻くチョコレートクリームは黄金率を導くフィボナッチ数列のように、不安定な曲線を描いて、表面を縦横無尽に走っていた。


「ご……豪快だね」


 何とかひねり出した言葉は全く褒め言葉ではなかったのだが、ナツはさっさと口に入れなさいと期待の眼差しを向けていた。

 8分の1にカットされたケーキが小皿に盛りつけられる。


「うん……これは美味しいね」


 お世辞抜きで樹は感嘆した。

 確かに見た目は豪快だけれど、その中には彼女独自の直感やセンスが発揮されている。

 チョコレートとアプリコットのバランスが絶妙で、いくら食べても飽きることがない。

 確かに見た目にやや難はあるけれど、ケーキを最初に完成させたのが彼女であって、その見切りの良さは彼女らしいと言える。


「お褒め頂いて光栄ですわ。でも、褒め言葉の半分くらいは後の二人に残しておかないと可愛そうですわね」

 

 樹が感想を述べるとナツは得意満面だった。


「悪いけど、今日は負けるつもりないからね」


 着席した二人に今度は、栞がケーキを運んでくる。セーラー服の上から、手作りのチェックのエプロンという装いだ。トレイの上に並べられていたのは1ダースのカップケーキだった。

 オーブンで焼いたシンプルなカップケーキの上には、白、ピンク、水色、薄紫といったパステルカラーの食玩で着色されたクリームがトッピングされ、その上からさらにチョコチップなどで飾り付けがされている。

 その姿はとても繊細で美しく見えるが、どこか控えめでこじんまりとしているようにも見えた。


「いただきまーす」


 見た目はおいしそうなのだけれど、一抹の不安を胸にそれ口にはこぶが、杞憂に終わった。

 樹は大きく頬張って、丸々一個を口に放り込んだが、気が付くと甘さを振りまきながら溶けるように消えてしまっていた。

 不安になるほど繊細な装飾だが、その味はケーキの基本をきっちり抑えた王道ともいえる味だった。

 パクパクパクと気が付けば3つ目を完食。その様子だけで感想などは不要だった。


「やったー、オジサン。私の分も食べていいよ」


「まあ、栞さんもよくぞここまで精進したと褒めてつかわしましょう」


澄まして紅茶をすするナツだが、ケーキは2つ消えていた。

 

(基本に忠実、芯の通った強さ。それが栞の強みかな)


 エプロンを外し、おいしそうにチョコケーキを頬張る栞を見ながらそんなことを思う。


「じゃじゃーん。オオトリはこのボク。10000以上のケーキのデータを分析して、完璧なケーキ理論を完成させたボクのケーキに敵うモノはないのだよ」


 いきなり不安なセリフを吐くかりん。


「ま。丸太だぁぁ」


 思わず大げさに驚いてしまうほど、巨大ケーキがテーブルを占拠する。

それはブッシュ・ド・ノエルと呼ばれるクリスマスケーキの一種だった。


 ブッシュ・ド・ノエル

 輪切りにしていないロールケーキの表面をココアクリームで覆って、波型の筋を作って樹皮を表現する。その上に雪を模したココナッツを振り掛け、イチゴやチョコレートなどを盛り付ける。クリスマスケーキという性格上、砂糖菓子で作られたサンタクロースやヒイラギの葉が盛り付けられ、賑やかな装いとなっている。


「最強のケーキ理論にボクの感性を加えて出来上がったのがこれなのだよ。データ入力を間違ったおかげで、本来の10倍の体積になってしまったけれど、味の方は保証するんだよ」

 

 かりんは相変わらずの体操服にブルマ。本人がキャラづくりを自白している以上、誰にも止めることはできない。

 出てくるセリフはすべて不安だけれど、こんな巨大な残飯を出すわけにはいかない、樹は覚悟を決めてえいやぁと丸太の幹の一部をえぐって口に放り込んだ。


 味は案外悪くなかった。

 データ重視のかりんだけあって、大きく外すことはないわけか。

 過剰ともいえる装飾もなんだか楽しく思えてくる。


「サンタさんはオジサンにあげるね」


(どんなに可愛く言われても、サンタさんを貰って喜ぶ歳じゃないぞ俺は。

だいいちクリスマスは2か月も前じゃねーか。

……

クリスマス……か)


 あのシルエットという少女にとっては。それは地獄の一日だったのだろうな

 と、一瞬だけ樹は心の奥を曇らせた。しかしそれもそこまでそれは樹の仕事ではない。


 少女たちは、お互いのケーキを食べ合って、好き放題に感想をぶつけている。

 彼女たちの儀式は終わったのだ。


(俺は、恵さんの代わりにはなれない。でも彼女たちと同じように、恵さんの続きくらいにはなってやろうじゃないか)


 樹は胸の手帳にそっと手を当て、熱く誓うのだった。


「さあ、貴宮のオジサマ。誰のケーキが一番なのか答えていただきましょうか」


「ボクのが一番だよね。ちなみに一番以外だったら一生口を聞かないのだよ」


「一生口を聞かないって……ひどいよね、栞ちゃん」


「オジサン、正直に答えてね。後の二人に気を遣う必要なんてないからね」


「あれ、栞ちゃんも俺の逃げ道塞いじゃう。みんなで手を繋いで一等賞~、ってね」


 どうにかその場をごまかそうとする樹だが、そんなことで済むはずがない。


「ボクたちがオジサンに求めているのは、その場しのぎの大人のいいわけではないのだよ」


「どんな難局でも乗り切る、機転と決断力」


「そして私たちを受け止める、包容力とリーダーシップかなぁ」


三人は絶妙のコンビネーションで樹をじりじりと追いつめる。


「「「なんちゃってね。冗談だよ。オジサンはオジサンのままでいいんだよ、だけど一位だけはちゃんと決めてね」」」


 女の子は甘くはないものですね


おしまい


おわりです!!!!!!


最後まで読んでくれた皆さん本当にありがとうございます。

予定していた25話は伏線回収的なお話ですが、蛇足だと思ってすっぱりと切りました。


まっこと拙い文章だと思いますが、今後精進していきます。お世話になた皆様には成長という形で恩返しさせていただきます。

この続きの話は書くつもりですが、新しく連載を立ててアップしていくつもりです。


魔法少女は眠らない2 ~富士樹海地獄廻り変~(仮)でお会いしましょう

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